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第9章 ちる
ちる 4
しおりを挟むこの式の最中、ベルはずっと俯いていた。
あの元気いっぱいの娘がこんなしおらしくしておるなんて何か変な物でも食べたんじゃ無いかと心配になる。
「ちる様」
「な、なんじゃ?」
ようやく口を開いたベルの声は震えていて弱々しいものだった。
「ちる様、一体何を考えているんですか?」
「な、何とは?」
ベルの声にこの場が一斉に静寂に包まれる、まるで大きな嵐の前の静けさの様に。
「べ、ベルよ。 何があったか知らないが一体どうしたのじゃ??」
「何があったか知らないですって?」
「ひっ!」
ま、間違えないベルは完全に怒っている。 しおらしくしてたなんて検討違いも甚だしい、ベルはずっと怒りを溜め込んでたんじゃ。
「ちる様、私は怒っているのです」
「う、うむ。 それはわかるが一体何に怒っているのじゃ?? そ、それがわからんのじゃ」
我は困った様にユーノに視線を向ける、ユーノは額に汗を流し怯える様に震えていた。
まさかユーノまでもベルの威圧に怖がっているとは。
ベルを怒らせたらこんなに怖いとは我も思っていなかったぞ。
「ちる様の身勝手さにです」
ベルは顔を上げ我を睨みつける。
その眼光があまりに鋭く我は少しの恐怖を覚えながらベルの続きの話を待った。
「ちる様!!」
「は、はい」
「な、なんで!! なんで全てを自分の中で決めてしまうのですか!!
ちる様の願いがこの世界から存在を消す事なのは先の話の中でも理解しました!! ですが、例えそうであったとしても何故それを自分一人だけで決めてしまったのですか!! 誰かに、私にも話してくれても良かったではありませんか!」
「そ、それは……」
我は言葉に詰まった。
確かにベルの言う通り誰かに相談していて最後にこの様な式典を開いて貰えたならそれはとても幸運な事だったのだと今なら思うからだ。
だけどそれ以上に我は怖かったのだ。
世界を見捨てて自分勝手に消えようとしている我を皆は許してくれないのでは無いかとも思っていたし、何よりもしこの様な未来が誰かになしえていたとしてもどうせその記憶は皆の前から消えて無くなる事になる。
それが我にはなんだかとても虚しい事に思えた。
「はぁー、どうせ相談しても私達に祝福されないかもとか、最後には記憶を消す事になるから関係ないとか思っていたんでは無いんですか??」
びっくりするほど正確に我の心の中を的中させてベルは呆れた様に頭を振る。
「そ、その通りじゃ。 我がやってきた事は感謝される様な事ばかりではない。
もっと上手く、もっと皆が幸せに暮らせる世界を作れた筈なのに失敗ばかりしておったし、むしろ我が居たせいで起きた悲劇も数知れずあったのじゃ!! そんな我に感謝している者などこの世界には居ないのではないかと思っていたのじゃ!!
だから、せめて最後ぐらいは誰にも、誰からも忘れ去られる事で過去の償いのを精算したかったのじゃ! それが我に出来る最後のっ」
「ちる様は大馬鹿です!!」
止めどなく出る我の不安を一蹴する様にベルは大きく声を上げて我の言葉を遮った。
「世界の皆が感謝していない?? 黙って消える事が償い?? 本気でそれを思っているならちる様は本当に大馬鹿者です!! 確かにちる様に不満を持つ者達もこの世界にはいるかも知れないでしょう。
その者達に気を使って消えようとするちる様の優しさも理解はできます。
ですが!! この場に集まってくれた者!! この映像を遠く離れた地で見てくれている者!! この者達は皆ちる様に感謝を伝えたかったのです!!
その者達の気持ちを考えてくれても良かったではありませんか!! もしあのまま黙って消えてしまっていたら私は、私達は一生ちる様にお礼を言えなかったのですよ……」
ベルは両目から大きな滴を溢して真っ直ぐと我を見据えて言った。
「黙って消えていくなんてあんまりです。 私達はそんなの頼りなかったのでしょうか?? 記憶が消えるからお別れを言わないなんて勝手すぎますよ、そんなの誰一人として望んでいません。
記憶や記録が消えたってちる様と過ごした現実が、絆が消える訳じゃない。
せめてお礼くらい言わせてくれても良かったではありませんか。 私が一番怒っているのはちる様にでは無いのです……ちる様にそんな決断をさせてしまった自分自身にどうしようもない怒りがこみ上げてくるのです」
声のトーンを下げ涙声を必死に振り絞る。
弱々しく泣きじゃくるベルからは先程までの威圧感は無くなっており、その姿は親友との別れを嫌がる少女の様だった。
……どうやら我は最後の最後でまた一つ大きな失敗をしてしまったらしい。
あのまま姿を消す事が一番良い形だと思っていたのはどうやら我の勘違いだった様だ。
少なくともここに集まってくれた者達、こんなにも大勢の者達の支持を得られていなかったのだ。
記憶が消えるからと言い訳して皆に黙っていた事を我は深く反省した。
「すまなかったなベル。 どうやら我はまた失敗してしまったらしいのぅ、ベルが、いやお主達が頼りなかった訳では無いのじゃ。
あの時の、神であった時の我はどうやらまだ未熟だったらしい。 こんなにも世界が見えていなかったのじゃからな」
「ぐすっ、本当ですよ。 ちる様だってまだまだ未熟なのです、私達と同じです!! 今度はちゃんと私達を頼ってくださいね」
「勿論じゃ、約束する」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしてベルはそう言った。
その表情は我が今まで見た表情の中で最高の笑顔だった。
「ふふっ、最後に怒られてしまいましたね」
ユーノが静かに我に耳打ちする。
「あぁ、じゃが怒られて当然じゃったな、母親にも怒られたことのない我がまさか千年後にその子孫に怒られる事になるとはな。 くくっ、やはり人生と言うのは最後まで何が起こるかわからんものじゃな」
「そうですね。 神様ですらわからないのですから」
そう言うとユーノは大きく息を吸い込み今迄で一番大きな声を上げた。
「では、最後にこの世界代表ちる様!!
よろしくお願いします」
「なっ!!」
我は急いでユーノに視線を向けた。
「き、聞いてないぞ! もう終わりの雰囲気ではあったでないか!!」
「言ってませんからね」
「な、何を話せば良いんじゃ。 我の気持ちはもう十分皆に伝えたと思うのじゃが!!」
「いいえ、ちる様にはまだ私達に聞きたい事が有る筈です。 先程私にする予定だった質問、その答えは私が一人で勝手に言うべきものでは無かった。
今一度その質問を、今度は私一人では無くここにいる皆に、世界の皆に訪ねるべきです」
ユーノの言葉に先程まで賑やかだった辺りが急に静寂に包まれる、皆我の言葉を待っているのだろう。
ベルもサーシャもラズベットもヴァンも司もそしてユーノも皆一様に我に視線を集めていた。
「……ちる様」
ベルが静かに口を開く。
「不思議な事だとは思いませんか??
私達五人は互いに言いたい事をちる様に言わせていただきました。
一人は感謝を、一人は尊敬を、一人は疑問を、一人は不安を。 一人は……いえ、私は怒りを。
全員、自身の心に嘘をつく事なく正直な気持ちをちる様に話した結果なのにこんなにも違うのです。 なんだが少し笑ってしまいますよね」
ベルは微笑みながら周りを見回す、その笑顔に導かれる様に目があった者達も次第に笑みを浮かべていった。
「ちる様は私達の言葉を真っ直ぐに受けとめてくれました。 では私達には一体何が出来るのでしょうか??
それは今度はちる様の言葉を真っ直ぐに受け取り嘘偽りなく答える事だけです。
ですからちる様、差し支え無ければどうかちる様の心を私達にも見せてくださいませんか??」
ベルの言葉に今迄静かだった空間に再び活気が戻る。
上からも下からもベルの言葉を後押しする声が、我の事を応援してくれている声が響く。
そしてその言葉は我の身体を随分と軽くしてくれた。
……我とした事が何をびびっておったのじゃ。 最後ぐらい自分の言いたい事を、聞きたい事を聞いてみようではないか。
どのみちあと数刻の命なのに変わりはないのだしのぅ。
「わ、我はちる。 こ、この世界で二千年程神をしていた者じゃ」
「……存じております」
叙々に静かになる空間で、我が話す事をためらわない様にか気を遣ってベルが相槌を入れる。
「今日は我が生きてきた中でも一番特別な日であると言っても過言ではない。
この様な式典を開いてくれた事を、我は、我は」
「……頑張ってくださいちる様」
今度はサーシャが静かに告げる。
何故こんなにも上手く話す事が出来ないのだろうか、息が苦しく視界がぼやける。
手で拭っても、こんなにも我慢しようとしても涙が止めどなく溢れるのは我がもう神では無くなったからであろうか??
さっきも同じ事を考えていた気がする、全く人間の身体とは不便なものだ。
「わ、我は今、幸福を感じている。 本当にありがとう」
ようやく絞り出して我は皆に伝える。
この日の……いや、今までの感謝を。
「どういたしまして」
優しい声で司が答え、ヴァンが続く。
「我が姫、あと少しです」
ヴァンに促される様に我は顔を前に向けた、溢れる涙に構う事はせずにずっと聞きたかった質問を世界の皆に向けて叫ぶ様に訪ねた。
「この世界に生きる者達よ……我が、我なんかが神で良かったのじゃろうか??」
ずっと聞きたかった、生まれた時からずっと思っていた。
もしあの時、ソフィアが想像した神が我で無かったなら、神谷が作った入れ物がこの姿では無かったら、我の性格が思考がこんな弱々しく無かったらもっと違う未来が、もっと幸せな世界がそこにはあったのでは無いかと。
返事はまだ聞こえんない。
我の目に映る者は皆、驚いた様に目を見開き困惑した顔を浮かべていた。
……それもそのはずじゃな。
最後の最後に神の責任を放棄した我を、神で良かったなど本気で思っている者などいないのだろうから。
「くくっ、やっぱ答えにくい質問じゃったよな??
いいんじゃ、この沈黙が答えと受け取っておく。 それに言いたかった感謝は伝えられたからのぅ」
逃げる様に早口で我は言葉を紡いだ。
「さぁユーノ、これで我の質問は終わりじゃ。 ありがとうのぅ、最後にこんな思い出を我に作ってくれて。 これで思い残す事はもうなっ」
「がはははっ!!」
周囲の困惑する空気をぶち壊す豪快な笑い声と共に我の声をラズベットが掻き消した。
「全く!? あんまりにも馬鹿馬鹿しい質問で一瞬頭が真っ白になったじゃねぇーか!! 聞いてた話の通りなのにいざ本人から聞くと思っていた以上の衝撃だな。 本当にそれがずっと言いたかった事なのか?」
「なっ!! 何を笑っておるのじゃ! 馬鹿馬鹿しい質問じゃと? 我がどんな思いでっ!!」
「いえ、ちる様。 私も不本意ではありますがそこの獣人と同じ気持ちです」
サーシャが呆れた様に溜息を吐く。
二人の反応が予想外過ぎて我は呆気に取られる。
もしかして我は我が思っている以上に嫌われておったのか?? それに聞いてた通りとは一体どう言う事じゃ??
ようやく笑い終えたラズベットは我の顔に視線を向けたのち今度はその顔をベルに向ける。
「この質問には俺が答えても良いんだが……まぁ今回はお前に譲ってやるよ。 名前なんつったっけ?? ベルスロットって言ったか??
お前だけちる様にまだ言いそびれた事があるだろうしな。 代表して言っていいぞ」
「え? 私は後で言おうと思っていただけなんだけど??」
「ちっ、態々譲ってやったんだ。 文句言うな」
「はいはい。 わかったわよ、但し私が言うのは途中までよ?? どうせなら最後は全員で答えましょう、真っ直ぐに偽りなくね」
ベルとラズベットの会話はお互い同じ答えを持っていると知っている様だった。
「ではちる様!! 先程の質問に御答えします!! 直ぐに答える事が出来ずに申し訳ありません。 私も少し驚いてしまっていましたので。
ちる様が神様で良かったかどうかでしたよね?? その答えはここにいる全員で答えたいと思います」
そう言ってベルは我に背を向け、上空にいる者、地上にいる者の全てに聞こえる様に大きく叫ぶ。
「せーの!!」
『私達の神様がちる様で本当に幸せでした!!』
今まで一番の声量がこの場に響き渡る。
城が軋み、空が割れそうにも感じるその衝撃に我は感じた事ない感銘を受ける。
こんなにも大勢の者達がベルの合図で一斉に同じ言葉を発する、まるで練習でもしていたかの様だった。
……だけどそんな事は今の我にはあまり関係なかった。
練習したのかどうかなんて事よりも、その答えがとても嬉しかったのだから。
「これが皆の答えですよ、ちる様。 嘘偽りのない答えです」
ベルは振り返って我に微笑む。
「ほ、本当に我なんで良かったのだろうか??
我は、ソフィアと神谷の……両親の願いをちゃんと叶えられたのだろうか??」
「勿論です。 この世界の神は、私達の神様はちる様だけです。
私達はちる様と言う神様の元で過ごせた事を幸運に思います。
私からもお礼を言わせてください。
本当にありがとうございました!!」
ベルは我に深く頭を下げた。
「……わ、我の方こそ、本当にありがとう。 最後に皆に会えて良かったのじゃ」
最後の言葉を我は出来る限りの笑顔で言った。
別れる時は笑顔の方が良いと我は知っているから。
「……そろそろ時間ですね。 行きましょうかちる様」
ユーノは我の肩に手を添えて言う。
「これにて退位の礼を閉会とします!!」
そう言い残してユーノはゆっくりと我の手を引き入ってきた扉へと足を向けた。
我が一歩進むのに比例する様に辺りはその騒がしさを増していった。
「……ユーノ、ありがとうな」
鳴り止まない祝福の中、我は小さく言った。
一体どうして、こんな事が起きているかはわからない。
でもおそらくはこれはユーノの仕業なのであろうと我は思っていたから。
「……その言葉も私一人だけが聞くべき言葉ではありませんね」
振り向く事なくユーノは呟く。
最後の最後まで照れているのだろうと我は思い、これ以上は何も話す事はせず扉の前まで歩く。
お母様、お父様。 私は如何やらこの世界を守る事が出来ていたみたいです。
この祝福はお母様とお父様に捧げられているものです。
貴方達の想いが、願いが、この世界を救ったのです。
生んでくれてありがとうございます……私の人生はとても幸せでした。
心の中で両親に感謝を伝えながら我は扉を越えた。
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