ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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エレナ22歳

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剣と剣のぶつかる音が室内に響く。しかしそれはすぐに鈍い音に変わった。


「ああ、もう!なんでこんなにいっぱいいるのよ!」


私は苛つきを隠さず、叫びながら剣を振り回した。切るのではなく、殴るために。

剣の柄で殴られては倒れていく破落戸たち。意識を失っている人もいるし、そうでない人も見える。だけどどちらにしてもすぐに立ち上がることはできないだろう。


「死ね!おらぁ!」


後ろからそんな声が聞こえ、振り下ろされる剣の音も聞こえる。しかし私は振り返らず、ただ目の前の男たちを見ていた。

恐怖などない。不安も一ミリもない。

キン、ともカン、とも聞こえる音が響き渡り、後ろで人が倒れる気配がした。こういう時に誰かが一緒だととても楽だ。


「エレナ様、背中がガラ空きですよ。もう少し気をつけてください」


私、エレナはその言葉に笑う。剣は止めることなく。


「分かっておりますわ。だけどいつだって助けてくれるではありませんか。クルトお兄様?」


言い終わると同時くらいに私は最後の一人となったごろつきを昏倒させた。


「これで全部かしら?」

「そうみたいですね」


クルトお兄様が周りを見ながらそう言ったのを聞いて、手の中にあった剣を消した。

それと同時にドアが開き、こんな場所には似つかわしくないワンピース姿の可愛い女の子が顔を出す。


「エレナどう?終わった?」

「ええ、ちょうど今。クリスの方は?」

「後はここだけだよ。全く、エレナってばどんどん突っ込んでいくんだから」


女の子ーークリスは不満そうにそう言いながら手に持っていた縄を数本ずつ私とお兄様へと手渡した。

私たちは動けなくなった破落戸たちを次々と縛り上げていく。すっかり慣れた作業だ。


「はい、これで全部」


クリスの言葉に、私は縛られた破落戸たちを魔法で一箇所にまとめた。屈強な男たちがふわりも浮いて移動している光景も、もう珍しくない。


「いやー、魔法って本当に便利なものですね」

「クルトお兄様はいつもそう言いますね」


何度目ですか、と笑いながらお兄様を見ると、お兄様は「僕は魔法陣がないと使えませんから」と笑った。


「ところで、私は今兄ではなく騎士としてここにいるのです。『お兄様』も敬語もなしですよ、エレナ様」


数日に一度は言われるその言葉。もっともではあるけど、素直に頷く気にはなれない。身分が違えどお兄様はお兄様なのだから。


「ここにはわたくしとお兄様とクリスしかいないのですから別にいいではありませんか。それに、お兄様だって先程『僕』とおっしゃっていましたよ」

「……気をつけますのでエレナ様も努力くらいはしてください」

「分かったわよ、クルト」


不満を隠さずにお兄様から離れながら、小さな声でぼやく。


「全く、少しくらいクリスを見習って欲しいわ」


小さいけれど聞こえる声量。お兄様が呆れたようにクリスを見ているのが分かる。


「クリスの方がおかしいのですよ。エレナ様の側仕えっていうのに、呼び捨てタメ口……」


クリスがさっとお兄様から視線を逸らし、私もまるで聞こえなかったかのように何も言わない。

ことはない。


「お兄様のお小言って始まったら長いのよね」

「うんうん、もう何回も聞いたしね」


ヒソヒソとわざとらしく話をする私たちにお兄様はため息をついた。


「もう何度も見ましたよ。エレナ様とクリスの紙面上だけの主従関係も、たった今終わったばかりの戦場で息も上げず、戦いの後だということを微塵も感じさせないエレナ様の姿も」


……褒められたかな?

突如、ガチャリと音がしてドアが開いた。お兄様もクリスも、もちろん私も慌てない。だって破落戸たちは全て倒したのだから。


「終わったかい?」


顔を出したのはユリウス殿下だった。

落ち着いた様子で私たち三人をさっと眺めているのが分かる。大方、怪我がないかを確認したのだろう。

さすが年上なだけある。私とクリスとはひと回り、クルトお兄様とも十は離れているユリウス殿下。私たちの中では保護者的立ち位置だ。とてもそんな年齢に見えないのが常々不思議に思っている。


「ええ、ユリウス殿下。そちらも?」

「ああ、案の定だったよ。じゃあ領主のところへ行こうか」

「そうですね」


そうして私たちは振り返ることなく破落戸のアジトを出た。



「お望み通り、破落戸たちを戦闘不能にしてきましたよ」


領主の館について真っ先にそう言ったクリスだ。領主はその言葉にほっとした顔を見せた。心の底から安堵しているであろうその表情。

……本当に愚かだ。

次の瞬間、領主は顔を真っ青にした。その視線の先にはお兄様が。いや、正確に言うとお兄様が領主に見えるよう広げて持った一枚の紙だ。


「そ、それは……!」


明らかな動揺にため息が隠せない。悪いことをするならバレないようにすればいいのに。そしたら私の仕事も無駄に増えなくていい。なんてとても口には出せないことを考える。


「まあそんなところだろうとは思っておりましたが……よくわたくしたちに破落戸退治を頼めたものですわね」

「やっぱりこれって領主の印だよね?」


クリスがそう聞いてくる。分からないわけがない。分かった上であえて口に出しているのだ。周りの人間にも理解できるよう。


「内容は、えーっと……農民を襲い収穫物を強奪すること。そしてその半分を領主へと渡すこと。その見返りとして色々優遇する。……だね」

「……まあ簡潔にいえばそうね」


簡潔すぎるとは思うけど間違ってはいない。まあ他の人には分かりやすくていいだろう。


「さて、どう罪を償ってもらおうかしら」

「とりあえず領主は拘束して拷問かな。まだ余罪はありそうだし」


笑顔で恐ろしいことを言うユリウス殿下。驚きはしないし、反対もしない。


「そうですね。叩けば埃が出そうな顔をしておりますもの。とはいえ、わたくしあまりここに長居はしたくありませんの。とりあえず領主代理はそちらの方にお願いしましょう」


私は隅のほうにいる気弱そうな男の人を指差した。


「わ、私ですか……!?」


この人は領主の次男だ。領主を拘束する以上、誰か代わりが必要だけど、誰でもいいわけではない。

私たちだってこの街に来て遊んでいたわけではない。色々な噂を聞いている。例えば、領主の長男は湯水のようにお金を使い、常に女の人に囲まれているだとか、次男は領民のことを考え、自ら力仕事を進んでするような人だとか。

そんなことを聞いたらとりあえず領主代理は次男に任せるほかない。正式にはもう少し調べてからだけど。

驚く次男の横で面白くなさそうに舌打ちをしている長男。領主そっくりだ。


「わたくし、人を見る目はありますの」


にっこりと笑顔を浮かべてそう言うと、次男は覚悟を決めたように顔をあげて私を見た。

この人は多分大丈夫。上手くやってくれる。


「調査が終わり次第、詳しい報告を王都へとあげてくださいませ」


私の言葉に自信なさげに頷いた次男にお兄様が言う。


「大丈夫ですよ。後ほど人を派遣する予定です。エレナ様の仕事に抜かりはありません。あなたは安心して罪人を捉え、調査をすればよいのです」


その言葉から私への絶対の信頼が伝わってくる。こういう風に言われると素直に嬉しい。顔がにやけそうになるのを我慢して、私は出口へと向かう。後ろを三人が付いてくる気配がする。

私たちの歩みに合わせて使用人たちが戸惑いながらも道を開けた。


「あ、あれがエレナ様。皇帝陛下の長子であるユリウス様の奥様……」


小さく聞こえたのはそんな声だった。誰にもバレないようにため息をつく。気持ちは分かるけれど。

私はともかく、殿下の名を軽々しく呼ぶことはとても不敬だ。ユリウス殿下の機嫌が悪ければどうなるかも分からない。

こっそりとユリウス殿下の方を伺うが怒ってはいなさそうだ。

……それにしてもこんな王都から離れた地方の使用人ですら私達の名前を知っているとは、すっかり有名になってしまった。

青ざめた領主一族を置いてすたすたと部屋を出ていく私たち。

皇帝の長男ユリウス殿下と、私の友人であり一応側仕えのクリス。私の兄であり騎士のクルトお兄様。そして、ユリウス殿下の妻であり、元乙女ゲームのモブキャラであり、異世界からの転生(?)者な私。エレナ・アルベルト、22歳。世の為人の為に旅をしている四人である。
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