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早く帰りたい私
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「ほら、早く帰るわよ。急いでくださいませ」
領主の館を出た私は自分の馬ーーブランに乗り、三人を見下ろした。少しでも早く出発したいのだ。先に行こうかな。なんて思っているとクリスが不満そうに私を見上げた。
「もともとの予定だったら今頃もうついていたと思うんだけど……どうして私たちはまだここにいるんだろうね」
「本当に。とても急いでいるようには見えないですよね」
その隣で頷くのはクルトお兄様。二人の言葉に私はぎくりと顔をこわばらせた。
「だ、だって、町の人たちが必死に働いて収穫した物を奪われているなんて話、聞いたら黙っていられませんもの」
実際、私以外の三人も気が付いていたはずだ。この町に入った時から。
町の大きさの割に活気がないこと。外から来た人間への必要以上な警戒。そして、報告に上がっている収穫高よりも明らかに実っている田畑の様子。
旅の途中で何度も目にしたそれらは、何かを抱えた町特有のものだった。
ついでに言えば破落戸たちに困っていると泣きついて来た領主の顔色の悪さも。
クリスはやれやれとため息をついた。しかしその表情は笑顔だ。
「まあ、それでこそエレナなんだけどね」
「そう言うクリスこそ。わたくし知っているわよ。あんな状況を見て見ぬふりできるクリスじゃないって」
もう長い付き合いなのだから。私の言葉にクリスはへへ、と笑った。
「とりあえず先を急ぎましょう。こうしている間にも時間は進んでいるのですから」
お兄様がそう言うとクリスもひらりと馬に跨った。ユリウス殿下はもう既に乗っている。いつの間に乗ったのだろう。まあいい。これで出発できる。
「ではお先に!早く来ないと置いていくわよ」
私は皆を置いて走り出す。本当に置いて行くつもりはない。どうせ何処かで追いついてくるだろう。そう思っていた。
「そう急がなくても報せはまだ来ていないよ」
「ユリウス殿下……!」
私は全速力で走っていた。今だってスピードは全く緩めていない。だってほら、クリスとお兄様との距離は縮まっていない。
顔色ひとつ変えず、またまだ余裕そうなユリウス殿下。
この人のこういうところが嫌い。私が必死でしていることを軽く超えてくる。いつもそうだ。本当に腹が立つ。
……だけど他の人から見たらきっと私だってそういうところがあるだろう。自信とかそういうのではない。私が、エレナが優れているのは事実だ。
「……いつその時が来るのか分からない以上、少しでも早く帰っておきたいのです!」
ブランよろしく!心の中でそう言うとさらにスピードが上がった。
『落ちないでちょうだいね』
ブランの声が聞こえた。これも魔法だ。この世界でたった二人だけが使える魔法。
私はブランに何も答えず、ただ落ちないことだけを考えた。正直に言うと、少し、いやだいぶ無理をしている。私は馬に乗ることは得意ではないのだ。
しかしそれでもユリウス殿下を引き離すことはできなかった。
「そう心配しなくても」
ユリウス殿下は私が引き離そうとしているのが分かっているはずだ。それでもそれには一言も触れずに言った。完敗だ。
私はため息をついてスピードを緩めた。すっかり息が上がってしまっている。頑張らせてごめんね、ブラン。
ユリウス殿下は私と同じようにスピードを落として言葉を続ける。
「出産なんて皆していることじゃないか」
出産。そう、出産だ。私の学生時代からの友達のリリー。生まれるのは次期皇帝の子供だ。
「皆がしているからと言ってそれは無事に終わるとは限りません。ですから光属性を使えるわたくしがそばにいたいのです。もしもの時のために」
光属性。それは傷や病気を癒やす、奇跡の魔法属性。使えるのは私とリリーのみ。
「あの娘はヒロインなんだろう?そう案ずることはないよ」
馬で駆けながらだというのに全く揺れない声を聞きながら、私は前だけを見て走った。
ここはゲームの世界だった。よくあるタイプの乙女ゲーム。私はかつてそれを傍観する側だった。あの日、あっちの世界の愛玲奈とこっちの世界のエレナが入れ替わるまでは。
高校生だった私、西野愛玲奈は下校中に池に落ち、そして気が付けばゲームの世界に入り込んでいた。八歳のモブキャラ、エレナ・フィオーレとして。
エレナはすごかった。魔力量は人の何倍、何十倍もあり、普通の人には一つしか使えない魔法属性の四つを全て持ち、さらにヒロインしか使えないはずの光属性を持つ。その上魔法の才に恵まれていた。モブキャラだとはとても思えないほどのチートキャラだ。
そして色々あり、私はかつて敵として立ったユリウス殿下と結婚し、皇家へと入った。とは言ってもユリウス殿下は私との結婚と同時期に継承権を放棄しているので皇帝になることはない。だから次の皇帝はユリウス殿下の弟、カイだ。
そしてカイこそが乙女ゲームの攻略対象であり、その妻のリリーが平民の光属性の使い手、ヒロインなのだ。2人は無事に結婚して、ついに子供が生まれる。
そう、つまりゲームは数年前にもう終わっている。今はゲーム内では語られなかったその後だ。当たり前だが、ゲームは終わってもこの世界に生きる人達の人生は続く。この世界の人間として生きてきた私も。
ユリウス殿下はこの世界がゲームの世界だったということを知っている唯一の人間だ。
「どうしてそう案ずるのかよく分からないけど、君がそこまでする必要はないんじゃない?」
「……ユリウス殿下には分からないかもしれませんね」
私だって別に出産の時に何かあるなんて思っているわけではない。だけど出産なんてものは命懸けだ。何もない、なんて楽観的ではいられないだけ。
「もう正産期に入っているのです。何もなければそれで良し。とにかく少しでも近くにいたいのです。今日はこのまま夕方まで走ります」
私はそれ以上何も話す気をない、とユリウス殿下から意識を逸らして、ただひたすらに駆けた。
領主の館を出た私は自分の馬ーーブランに乗り、三人を見下ろした。少しでも早く出発したいのだ。先に行こうかな。なんて思っているとクリスが不満そうに私を見上げた。
「もともとの予定だったら今頃もうついていたと思うんだけど……どうして私たちはまだここにいるんだろうね」
「本当に。とても急いでいるようには見えないですよね」
その隣で頷くのはクルトお兄様。二人の言葉に私はぎくりと顔をこわばらせた。
「だ、だって、町の人たちが必死に働いて収穫した物を奪われているなんて話、聞いたら黙っていられませんもの」
実際、私以外の三人も気が付いていたはずだ。この町に入った時から。
町の大きさの割に活気がないこと。外から来た人間への必要以上な警戒。そして、報告に上がっている収穫高よりも明らかに実っている田畑の様子。
旅の途中で何度も目にしたそれらは、何かを抱えた町特有のものだった。
ついでに言えば破落戸たちに困っていると泣きついて来た領主の顔色の悪さも。
クリスはやれやれとため息をついた。しかしその表情は笑顔だ。
「まあ、それでこそエレナなんだけどね」
「そう言うクリスこそ。わたくし知っているわよ。あんな状況を見て見ぬふりできるクリスじゃないって」
もう長い付き合いなのだから。私の言葉にクリスはへへ、と笑った。
「とりあえず先を急ぎましょう。こうしている間にも時間は進んでいるのですから」
お兄様がそう言うとクリスもひらりと馬に跨った。ユリウス殿下はもう既に乗っている。いつの間に乗ったのだろう。まあいい。これで出発できる。
「ではお先に!早く来ないと置いていくわよ」
私は皆を置いて走り出す。本当に置いて行くつもりはない。どうせ何処かで追いついてくるだろう。そう思っていた。
「そう急がなくても報せはまだ来ていないよ」
「ユリウス殿下……!」
私は全速力で走っていた。今だってスピードは全く緩めていない。だってほら、クリスとお兄様との距離は縮まっていない。
顔色ひとつ変えず、またまだ余裕そうなユリウス殿下。
この人のこういうところが嫌い。私が必死でしていることを軽く超えてくる。いつもそうだ。本当に腹が立つ。
……だけど他の人から見たらきっと私だってそういうところがあるだろう。自信とかそういうのではない。私が、エレナが優れているのは事実だ。
「……いつその時が来るのか分からない以上、少しでも早く帰っておきたいのです!」
ブランよろしく!心の中でそう言うとさらにスピードが上がった。
『落ちないでちょうだいね』
ブランの声が聞こえた。これも魔法だ。この世界でたった二人だけが使える魔法。
私はブランに何も答えず、ただ落ちないことだけを考えた。正直に言うと、少し、いやだいぶ無理をしている。私は馬に乗ることは得意ではないのだ。
しかしそれでもユリウス殿下を引き離すことはできなかった。
「そう心配しなくても」
ユリウス殿下は私が引き離そうとしているのが分かっているはずだ。それでもそれには一言も触れずに言った。完敗だ。
私はため息をついてスピードを緩めた。すっかり息が上がってしまっている。頑張らせてごめんね、ブラン。
ユリウス殿下は私と同じようにスピードを落として言葉を続ける。
「出産なんて皆していることじゃないか」
出産。そう、出産だ。私の学生時代からの友達のリリー。生まれるのは次期皇帝の子供だ。
「皆がしているからと言ってそれは無事に終わるとは限りません。ですから光属性を使えるわたくしがそばにいたいのです。もしもの時のために」
光属性。それは傷や病気を癒やす、奇跡の魔法属性。使えるのは私とリリーのみ。
「あの娘はヒロインなんだろう?そう案ずることはないよ」
馬で駆けながらだというのに全く揺れない声を聞きながら、私は前だけを見て走った。
ここはゲームの世界だった。よくあるタイプの乙女ゲーム。私はかつてそれを傍観する側だった。あの日、あっちの世界の愛玲奈とこっちの世界のエレナが入れ替わるまでは。
高校生だった私、西野愛玲奈は下校中に池に落ち、そして気が付けばゲームの世界に入り込んでいた。八歳のモブキャラ、エレナ・フィオーレとして。
エレナはすごかった。魔力量は人の何倍、何十倍もあり、普通の人には一つしか使えない魔法属性の四つを全て持ち、さらにヒロインしか使えないはずの光属性を持つ。その上魔法の才に恵まれていた。モブキャラだとはとても思えないほどのチートキャラだ。
そして色々あり、私はかつて敵として立ったユリウス殿下と結婚し、皇家へと入った。とは言ってもユリウス殿下は私との結婚と同時期に継承権を放棄しているので皇帝になることはない。だから次の皇帝はユリウス殿下の弟、カイだ。
そしてカイこそが乙女ゲームの攻略対象であり、その妻のリリーが平民の光属性の使い手、ヒロインなのだ。2人は無事に結婚して、ついに子供が生まれる。
そう、つまりゲームは数年前にもう終わっている。今はゲーム内では語られなかったその後だ。当たり前だが、ゲームは終わってもこの世界に生きる人達の人生は続く。この世界の人間として生きてきた私も。
ユリウス殿下はこの世界がゲームの世界だったということを知っている唯一の人間だ。
「どうしてそう案ずるのかよく分からないけど、君がそこまでする必要はないんじゃない?」
「……ユリウス殿下には分からないかもしれませんね」
私だって別に出産の時に何かあるなんて思っているわけではない。だけど出産なんてものは命懸けだ。何もない、なんて楽観的ではいられないだけ。
「もう正産期に入っているのです。何もなければそれで良し。とにかく少しでも近くにいたいのです。今日はこのまま夕方まで走ります」
私はそれ以上何も話す気をない、とユリウス殿下から意識を逸らして、ただひたすらに駆けた。
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