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村へ
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8歳からは私だった。本物のエレナと入れ替わって今まで生きていた。
クリスやカイ、それに他の攻略対象キャラたちともその頃に知り合い、それから学校を卒業するまではずっと一緒だった。決して浅い付き合いではない。
リリーとは学校で会い、二年間は一緒にいた。優しくて純粋で可愛いリリー。この世界の唯一のヒロイン、リリー。
リリーに何かあってはいけない。何かあったらきっと、カイが、皆が悲しむ。だから私がそばにいないと。だって今はもうゲームは終わっているのだから。
光属性の魔法を自在に使える私が側にいたら万が一なんて起こらないはずだ。
馬で駆けながら考えていたのはただそれだけだった。
早く、早くーー。
お城に勤める上のお兄様から連絡があったのは3日前。正産期に入り、そう遠くないうちに産まれるとお医者さんが言っていた、と。
しかし少し無理をして走ってもまだ近くはない距離だ。もっと早く帰っていたらよかった。そう考えても王都から離れた場所に住む民たちを見捨てることはできなかった。
「……レナ、エレナ!」
強くそう呼ばれてはっとした。スピードを緩めて横を見るとクリスがいた。
「ご、ごめんなさい、どうしたの?」
ぼーっとしていた。慌てて周りを見回すと少し先に小さな村が見えた。
「もう日が落ちるし、今日はあの村で休もう」
そう言われて気が付いた。確かに太陽はもう傾いている。どころか、あと十数分で地平線に隠れてしまいそうだ。
日が暮れる。私は考える。日が落ちたら周りは見辛くなるだろう。だけど走れなくはない。
「いいえ、もう少し行きましょう。時間はそう残されていないわ。体力もまだ大丈夫でしょう?」
クルトお兄様とユリウス殿下は当たり前に私よりも体力があるし、クリスだってまだまだ平気そうだ。
クリスとお兄様が困ったように顔を見合わせる。早く帰りたいのはきっと二人だって同じだろう。押せばいけそう。
そう思い、言葉を続けようとした私だったが、言うことはできなかった。
「エレナ」
ユリウス殿下が私の名前を呼んだからだ。それは咎めるような響きを含んでいた。
ぎくりとする。別にユリウス殿下は怒っているわけではない。顔を見なくても分かる。だけどそれがとても真剣な声色だったから。
ゆっくり振り向くとユリウス殿下はいつもの柔らかい笑みを浮かべていなかった。真っ直ぐに私を見る目を見返すことができない。そっと目を逸らす。
「夜の間の移動はしないと、城を出た時に約束しただろう?」
「……分かっております」
ユリウス殿下は基本的に私の言うことに反対しない。それでもこうして咎められる時がある。そしたら私は逆らえない。
身分が上だと言うのもある。だけどそれだけじゃない。ユリウス殿下はいつだって私のことを一番に考えてくれていることを知っているから。だからユリウス殿下がそう言うのなら私にとってもそれが一番いいことだと、頭では分かっている。
不満を全面に出している私にユリウス殿下はため息をついた。
「一番疲れているのは君だろう?」
意味が分からなくて首を傾げた。するとそれと同時に世界が傾いた。いや、傾いたなんてレベルじゃない。世界が回った。
やばい。そう思った時にはもう遅い。咄嗟に体が受身を取ろうとする。が、私が地面に叩きつけられることはなかった。
「……全く、君は本当に目が離せないね」
反射的に閉じた目をおそるおそる開くとすぐそこにユリウス殿下の顔が。私は殿下に抱えられていた。
結婚をしたのが16歳の時。その日の夜にお城を飛び出して早6年とちょっと。今更抱き抱えられたところで羞恥など欠片もない。ただあの一瞬で馬から降りて私を受け止めることができるユリウス殿下に驚くばかり。
「申し訳ありません。ありがとうございます」
お礼を言って下ろしてもらうように促したが、ユリウス殿下は私を下ろしてはくれなかった。
少し疲れているけどもう大丈夫。そう思って、実際に口に出してみたが、ユリウス殿下は動かなかった。
「恐らく普通に立つことも難しいと思うよ。大人しく抱かれておいたら?」
……ユリウス殿下がそう言うのならそうかもしれない。私は思考を停止して大人しく抱えられていた。
「じゃあ私たちは先に行って宿を探しておくね。エレナたちは後からゆっくり来て」
「いつもありがとう。二人とも」
そう言うと二人は村へと駆けて行った。
本当に二人には、いや、ユリウス殿下も含めて三人にはいつも助けられている。最初は三人だったこの旅だが、少しすると顔を真っ青に来たクルトお兄様が飛んできたのだ。
あの時ばかりは本当に怖かった。あの優しいクルトお兄様が鬼の形相で怒ったのだから。私もクリスもびっくりだった。
しかし怒りながらも連れ戻そうとはしなかった。代わりに自分を側に置いてくれ、と。私の気持ちを汲んで、さらに自分にとって一番いい選択肢を選ぶ。優しく、強か。私はそんなクルトお兄様が大好きだ。
「さて、ゆっくりと村へ向かおうかな」
ユリウス殿下が私を抱えたまま歩き出す。村はもう見えている。歩けない距離ではないだろう。しかしまだ少し遠い。
身体中に巡る魔力に集中する。……よし、いけそう。
「大丈夫です、殿下。宿までくらいでしたら、魔力で体を強化したら行けそうです」
さすがにこのまま歩かせるのはとても申し訳ない。私重いし。
私の言葉にユリウス殿下は足を止め、じっと私を見つめてきた。
それが少し気まずくて私は視線を逸らした。手でユリウス殿下の胸元を押し、地面へと下りる。少し足元がふらつくけど大丈夫そうだ。
姿勢を低くしてくれたブランに跨り、ゆっくりと歩き出す。背中に感じる殿下の視線には気付かないふりをした。
クリスやカイ、それに他の攻略対象キャラたちともその頃に知り合い、それから学校を卒業するまではずっと一緒だった。決して浅い付き合いではない。
リリーとは学校で会い、二年間は一緒にいた。優しくて純粋で可愛いリリー。この世界の唯一のヒロイン、リリー。
リリーに何かあってはいけない。何かあったらきっと、カイが、皆が悲しむ。だから私がそばにいないと。だって今はもうゲームは終わっているのだから。
光属性の魔法を自在に使える私が側にいたら万が一なんて起こらないはずだ。
馬で駆けながら考えていたのはただそれだけだった。
早く、早くーー。
お城に勤める上のお兄様から連絡があったのは3日前。正産期に入り、そう遠くないうちに産まれるとお医者さんが言っていた、と。
しかし少し無理をして走ってもまだ近くはない距離だ。もっと早く帰っていたらよかった。そう考えても王都から離れた場所に住む民たちを見捨てることはできなかった。
「……レナ、エレナ!」
強くそう呼ばれてはっとした。スピードを緩めて横を見るとクリスがいた。
「ご、ごめんなさい、どうしたの?」
ぼーっとしていた。慌てて周りを見回すと少し先に小さな村が見えた。
「もう日が落ちるし、今日はあの村で休もう」
そう言われて気が付いた。確かに太陽はもう傾いている。どころか、あと十数分で地平線に隠れてしまいそうだ。
日が暮れる。私は考える。日が落ちたら周りは見辛くなるだろう。だけど走れなくはない。
「いいえ、もう少し行きましょう。時間はそう残されていないわ。体力もまだ大丈夫でしょう?」
クルトお兄様とユリウス殿下は当たり前に私よりも体力があるし、クリスだってまだまだ平気そうだ。
クリスとお兄様が困ったように顔を見合わせる。早く帰りたいのはきっと二人だって同じだろう。押せばいけそう。
そう思い、言葉を続けようとした私だったが、言うことはできなかった。
「エレナ」
ユリウス殿下が私の名前を呼んだからだ。それは咎めるような響きを含んでいた。
ぎくりとする。別にユリウス殿下は怒っているわけではない。顔を見なくても分かる。だけどそれがとても真剣な声色だったから。
ゆっくり振り向くとユリウス殿下はいつもの柔らかい笑みを浮かべていなかった。真っ直ぐに私を見る目を見返すことができない。そっと目を逸らす。
「夜の間の移動はしないと、城を出た時に約束しただろう?」
「……分かっております」
ユリウス殿下は基本的に私の言うことに反対しない。それでもこうして咎められる時がある。そしたら私は逆らえない。
身分が上だと言うのもある。だけどそれだけじゃない。ユリウス殿下はいつだって私のことを一番に考えてくれていることを知っているから。だからユリウス殿下がそう言うのなら私にとってもそれが一番いいことだと、頭では分かっている。
不満を全面に出している私にユリウス殿下はため息をついた。
「一番疲れているのは君だろう?」
意味が分からなくて首を傾げた。するとそれと同時に世界が傾いた。いや、傾いたなんてレベルじゃない。世界が回った。
やばい。そう思った時にはもう遅い。咄嗟に体が受身を取ろうとする。が、私が地面に叩きつけられることはなかった。
「……全く、君は本当に目が離せないね」
反射的に閉じた目をおそるおそる開くとすぐそこにユリウス殿下の顔が。私は殿下に抱えられていた。
結婚をしたのが16歳の時。その日の夜にお城を飛び出して早6年とちょっと。今更抱き抱えられたところで羞恥など欠片もない。ただあの一瞬で馬から降りて私を受け止めることができるユリウス殿下に驚くばかり。
「申し訳ありません。ありがとうございます」
お礼を言って下ろしてもらうように促したが、ユリウス殿下は私を下ろしてはくれなかった。
少し疲れているけどもう大丈夫。そう思って、実際に口に出してみたが、ユリウス殿下は動かなかった。
「恐らく普通に立つことも難しいと思うよ。大人しく抱かれておいたら?」
……ユリウス殿下がそう言うのならそうかもしれない。私は思考を停止して大人しく抱えられていた。
「じゃあ私たちは先に行って宿を探しておくね。エレナたちは後からゆっくり来て」
「いつもありがとう。二人とも」
そう言うと二人は村へと駆けて行った。
本当に二人には、いや、ユリウス殿下も含めて三人にはいつも助けられている。最初は三人だったこの旅だが、少しすると顔を真っ青に来たクルトお兄様が飛んできたのだ。
あの時ばかりは本当に怖かった。あの優しいクルトお兄様が鬼の形相で怒ったのだから。私もクリスもびっくりだった。
しかし怒りながらも連れ戻そうとはしなかった。代わりに自分を側に置いてくれ、と。私の気持ちを汲んで、さらに自分にとって一番いい選択肢を選ぶ。優しく、強か。私はそんなクルトお兄様が大好きだ。
「さて、ゆっくりと村へ向かおうかな」
ユリウス殿下が私を抱えたまま歩き出す。村はもう見えている。歩けない距離ではないだろう。しかしまだ少し遠い。
身体中に巡る魔力に集中する。……よし、いけそう。
「大丈夫です、殿下。宿までくらいでしたら、魔力で体を強化したら行けそうです」
さすがにこのまま歩かせるのはとても申し訳ない。私重いし。
私の言葉にユリウス殿下は足を止め、じっと私を見つめてきた。
それが少し気まずくて私は視線を逸らした。手でユリウス殿下の胸元を押し、地面へと下りる。少し足元がふらつくけど大丈夫そうだ。
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