ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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嫌な噂

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朝ご飯も食べずに村を出発し、馬を走らせていると別の村が見えた。

先頭を走るクルトお兄様は村の方へと向かっている。馬を交換するのだろう。

ブランだってもう結構無理をさせている。このペースで走るのはあそこが限界だと思う。

……ごめんね、ブラン。とりあえず置いて行くけど、絶対に迎えに来るから。

心の中で謝ると『気にしないで』と返事が返ってきた。本当に賢い、いい子だ。

村の入り口でブランから降りると、クルトお兄様が言った。


「僕が馬を選んできます。その間にエレナ様達は何か食べ物を買って来てください」

「いえ、そのような時間は、」


ありません。そう言いかけ、すぐに口を閉じる。私は平気でも皆は何か食べたいだろう。食べる時間も惜しいだなんて、そんなのはただのわがままだ。


「なんでもありません。行って参ります」


頷く私にお兄様は困ったように微笑んだ。


「エレナ、食べることは大事だよ。特にこんな時は。食べずに倒れたら王都に帰ることもできないからね」

「……はい、お兄様」


騎士としてではなく兄として忠告してくれるお兄様。私のことを本当に心配してくれているのが分かる。


「はい、じゃあ行っておいで」

「すぐに戻りますわ」


歩き出すとクリスが後をついてきた。どうやらユリウス殿下は来ないようだ。別にいい。こんな小さな村、女二人でも何か起こるとも思えないし。

少し歩くとすぐにお店は見つかった。おにぎりと串焼き肉を人数分注文し、待つ。貴族が珍しいのか、お店の中だというのに道行く人たちからの視線をすごく感じた。


「いい匂い。私もうお腹すいたよ」


全く気にした様子のないクリスについ笑ってしまう。何もしていないのに見られることなんて珍しいことではない。確かに気にしていてはキリがない。

鼻から大きく息を吸うとお肉の焼ける匂いがした。それと同時にお腹が鳴る。つい今の今まで空腹など感じていなかったけど、体は素直だ。


「本当、いい匂い。早く食べたいわ」


わくわくしながら待っていると店の外から声が聞こえてきた。


「おい、聞いたか、あの話」

「ああ、なんでも例のお貴族様が近くまで来ているんだろ?」

「このあたりだとあの村か?本当だとしたらあの村も終わりだな」

「ここだって他人事じゃない。貴族を見たら先にやるしかないか……?」


小さい声ではない。だけどヒソヒソと少し隠れるような声。物騒な気配。

クリスと顔を見合わせて頷く。先に店を出たのはクリスだった。すぐに声の主を探す。


「あの人たちだわ。声をかけましょう」


私の言葉に頷き、クリスが男達に近付いた。


「すみません、その話、もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」


男達はクリスの顔を見るやいなや、悲鳴を上げ、顔を引き攣らせて頭を下げた。


「な、何でもありません!お貴族様に聞かせるような話では、決して……!」

「お許しください!」


その尋常じゃない様子に思わずたじろいでしまう。いくら私たちが貴族だと言ってもここまで怖がられたことはない。何かあったのだろうか。

二人の前に出てにっこりと笑う。


「怖がることなどありません。どうかお話を聞かせてくださいませ」

「へ、へぇ……」


男たちは本当に話していいのか分からないのだろう。戸惑ったように顔を見合わせ、そして私の顔を見た。


「……旅の行商人に聞いた話で、俺たちも詳しくは知りません」


そう前置きをして男は話した。

曰く、平民の村で好き勝手して暴れる貴族がいるらしい、と。無理なことが分かっていて無茶な要求をする。それも女や子供を人質に取った上で。要求に応えられなかったらもちろん人質の命はない。

これまでもその貴族のせいでいくつもの村が絶望に突き落とされてきたらしい。中には村人の半分が殺された村もあるとか。


「一通り楽しんだら莫大な金を置いて行くそうですが……」

「この辺りの貴族なの?」


クリスが不快そうに顔を顰めて聞く。


「分かりません。ですが教えてくれたのは西の方から来た行商人でした」


それなら普通に考えると西の方の貴族ということだろう。そんなアホみたいなことをするなんて王都の貴族ではない。……と信じたい。

あっちの世界では漫画の中にそんな貴族が出てきた。とても安っぽいありふれた貴族像。だけどこちらの世界に来て、実際にそんな貴族を見たことはない。

なぜなら貴族と平民はほとんど関わりがないからだ。貴族は平民を蔑む以前に、そもそも興味がない。唯一関わりがあるのは平民の商人くらい。しかしその商人達は貴族相手に商売ができるほどには身なりが整っていて、礼儀作法も身についている。こんな田舎の平民とは全く別物だ。

困らせて楽しむなんて超悪趣味。

詳しく聞くとやはり男達が話していたのは私たちが泊まった村のことだった。


「もしかして宿で一緒になった人たちかしら?」


顔は合わせていないからどんな人たちなのかは全然分からないけど。でもあの宿のほとんどの部屋を使っていたということは結構な人数だろう。さらに宿の外を警護の騎士っぽい人たちが何人も歩いていた。いくら貴族と言ってもあの人数は過剰すぎじゃないかとは思った。てっきり身を守るためかと思っていたけど、あれはそのための人員なのだろうか。


「……すぐにお兄様達のところへ戻りましょう」
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