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決断
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俯く私に最初に言ったのはクリスお兄様だった。
「決めるのはあなたです、エレナ様」
その言葉は決して冷たくはないが、いつものあたたかさもなかった。
……私は第一皇子の妻。皇家の人間。
はっきりと言われなくてもわかる。私は今、エレナではなく皇家の者としての選択を迫られているのだと。
「エレナ、君が決めたことなら僕は、僕たちは反対しない。安心して選ぶといいよ」
顔を上げて三人を見る。きっとここで私が王都へ戻ると言っても誰も責めないだろう。今も、今後も。
それでも、それでもーー。
「……エレナ、リリーが心配な気持ちは私だって分かるよ」
クリスがポツリと言った。
「でもさ、ここで村人達を見捨てるのは多分、違うよ」
言われなくても分かっている。それでも選べないことはある。クリスの表情は必死だ。私に戻ると言って欲しいのだろう。
「殿下の言ったとおり、エレナが選んだことだったら私は何も言わない。エレナが選んで、納得できることだったら。でもここで帰ったら、エレナ絶対後悔するでしょ」
ハッとした。確かにそうかもしれない。村人を見捨てて帰って、一番後悔するのは私だろう。
例えばリリーに私が必要な状況になっていたとして。それに私が間に合ってリリーを助けたとして、それは村人達の犠牲で成り立つことなんだ。そんなこと、あの優しいリリーが辛くないわけがない。そんなリリーを見て私は何て言う?
……答えは一つしかない。
深く長く息を吐く。そして私は三人を真っ直ぐ見た。
「申し訳ありません。少し迷ってしまいました」
クリスが嬉しそうに目を輝かせる。
「すぐに戻りましょう。助けることのできる命が目の前にあるというのに、それを救わないなんてわたくしらしくありませんもの」
「はい」
クルトお兄様は私の答えが分かっていたのだろうか。全く驚く様子も見せずに頷くと、すぐに馬の準備へと取り掛かった。
私は手に持っていた残りのおにぎりを食べる。そして手のひらに鳥を作り出した。
「ヘンドリックお兄様、申し訳ありませんが少し帰りが遅れます。リリー様のことはお願いします」
王都のお兄様のところへ。そう思いながら手を上げると、鳥はすぐに飛んでいった。私の作った魔法の鳥。確実にお兄様へ伝えてくれるだろう。
「全く、君はお人好しだね」
ユリウス殿下がため息をつきながらそう言う。呆れたような雰囲気を出しているが、どことなく嬉しそうに見えるのは私の気のせいだろうか。
「そのようなこと、ずっと前からご存じでしょう?」
「まあね」
そう笑うユリウス殿下。機嫌がいい。
クルトお兄様が戻って来て、準備ができた馬のところへ向かう。どの馬も見た感じそこそこだ。小さな村にそう上等な馬がいるとは思っていなかったけど、やはりそれなり。
「僕は自分の馬に乗るよ。まだ走れそうだし」
どうもユリウス殿下のお眼鏡には敵わなかったらしい。それもそのはず。ユリウス殿下の愛馬はこの国で一番といっても過言ではないレベルにすごい。スタミナも速さも兼ね備えているのだ。
……クルトお兄様はできるだけいい馬を選んでくれているけど、それでもブランには劣る。そう時間は残されていないんだもん。そんなちんたら走っていられない。
とは言えブランにはそれ以上走ることは無理だ。
仕方がない。
「申し訳ありませんが、ユリウス殿下。わたくしを一緒に乗せていただけませんか?」
元々乗馬は得意ではない。それならユリウス殿下の後ろに乗せてもらったほうがいい。
ユリウス殿下は嬉しそうに微笑み、「もちろんだよ」と頷いた。
そして、私たちはすぐに来た道を引き返した。
「着いたよ、どうする?」
村の入り口で馬から飛び降りるように地面に下りる。そしてそのまま走り出しそうになるのを堪えて、私は村の様子を探った。
自分の五感を魔力強化し、更に風でどこに人がいるかを確認する。
視力強化は意味がない。建物で遮られて見えないから。聴力からの情報は少しおかしさを感じる。
ガヤガヤと言うかザワザワって感じだよね。なんか不自然に静かっていうか……。
「……家の中にちらほら。そして村の大半と見られる人数が広場に固まっています」
これは黒だろう。今現在何かが起こっている可能性が高い。
「クリス達を待ちますか?乗り込みますか?」
こんなことを聞く時間があるならさっさと乗り込んでしまいたい。はっきりと何が起こっているかが分からない以上、少しの時間も無駄にしたくない。だけどこう言う場合の最終決定はユリウス殿下がすると決めているのだ。理由は単純。私よりも判断が正しいから。
「待とう。相手の戦力が分からない。情報が少なすぎる。君を危険に晒すわけにはいかないからね。どちらにしろもうすぐ来るだろう」
村民のことを考えなければ確実に勝てるのは分かっている。だけど民を巻き込む訳にはいかない。こちらもできる限りの戦力を投入し、余裕で勝利をおさめたい。
ちなみにクリスとクルトお兄様はここへ来るまでの間にぶっちぎって来た。馬のスペックと乗り手の腕が違いすぎた。
耳に集中するが、悲鳴は特に聞こえない。多分まだ大丈夫。しかし血の匂いがする。そして村から恐怖が溢れている。これは早くどうにかしないといけない。
そんなことを考えていると、二人の姿が見えた。二人はグングンと近付き、そして到着した。
「お待たせー!」
「お待たせしました」
馬を降りた二人に私は言った。
「この先の広場に大人数が集まっております。何が起きているかは分かりません。今すぐ乗り込みましょう」
「はい」
クルトお兄様が真剣な表情で頷いた。クリスも隠し持った短剣を服の上から触っている。
「民からの死者はもちろん、怪我人も出さないことが目標です。しかし、一番優先することは自らの身です。無理はしないようにしてくださいませ」
にっこりと笑ってそう言うと、二人とも「分かってるよ」と頷いた。毎回戦闘の前に必ず言っているので聞き飽きているだろう。だけど言わないわけにはいかないのだ。
ユリウス殿下と目が合った。殿下は穏やかな表情で微笑む。緊張など全くしていないようだ。
そのいつもと同じ笑顔に少し心が落ち着いた。私も微笑み返して前を見る。
大きく息を吸い、吐く。そして私たちは走り出した。
「決めるのはあなたです、エレナ様」
その言葉は決して冷たくはないが、いつものあたたかさもなかった。
……私は第一皇子の妻。皇家の人間。
はっきりと言われなくてもわかる。私は今、エレナではなく皇家の者としての選択を迫られているのだと。
「エレナ、君が決めたことなら僕は、僕たちは反対しない。安心して選ぶといいよ」
顔を上げて三人を見る。きっとここで私が王都へ戻ると言っても誰も責めないだろう。今も、今後も。
それでも、それでもーー。
「……エレナ、リリーが心配な気持ちは私だって分かるよ」
クリスがポツリと言った。
「でもさ、ここで村人達を見捨てるのは多分、違うよ」
言われなくても分かっている。それでも選べないことはある。クリスの表情は必死だ。私に戻ると言って欲しいのだろう。
「殿下の言ったとおり、エレナが選んだことだったら私は何も言わない。エレナが選んで、納得できることだったら。でもここで帰ったら、エレナ絶対後悔するでしょ」
ハッとした。確かにそうかもしれない。村人を見捨てて帰って、一番後悔するのは私だろう。
例えばリリーに私が必要な状況になっていたとして。それに私が間に合ってリリーを助けたとして、それは村人達の犠牲で成り立つことなんだ。そんなこと、あの優しいリリーが辛くないわけがない。そんなリリーを見て私は何て言う?
……答えは一つしかない。
深く長く息を吐く。そして私は三人を真っ直ぐ見た。
「申し訳ありません。少し迷ってしまいました」
クリスが嬉しそうに目を輝かせる。
「すぐに戻りましょう。助けることのできる命が目の前にあるというのに、それを救わないなんてわたくしらしくありませんもの」
「はい」
クルトお兄様は私の答えが分かっていたのだろうか。全く驚く様子も見せずに頷くと、すぐに馬の準備へと取り掛かった。
私は手に持っていた残りのおにぎりを食べる。そして手のひらに鳥を作り出した。
「ヘンドリックお兄様、申し訳ありませんが少し帰りが遅れます。リリー様のことはお願いします」
王都のお兄様のところへ。そう思いながら手を上げると、鳥はすぐに飛んでいった。私の作った魔法の鳥。確実にお兄様へ伝えてくれるだろう。
「全く、君はお人好しだね」
ユリウス殿下がため息をつきながらそう言う。呆れたような雰囲気を出しているが、どことなく嬉しそうに見えるのは私の気のせいだろうか。
「そのようなこと、ずっと前からご存じでしょう?」
「まあね」
そう笑うユリウス殿下。機嫌がいい。
クルトお兄様が戻って来て、準備ができた馬のところへ向かう。どの馬も見た感じそこそこだ。小さな村にそう上等な馬がいるとは思っていなかったけど、やはりそれなり。
「僕は自分の馬に乗るよ。まだ走れそうだし」
どうもユリウス殿下のお眼鏡には敵わなかったらしい。それもそのはず。ユリウス殿下の愛馬はこの国で一番といっても過言ではないレベルにすごい。スタミナも速さも兼ね備えているのだ。
……クルトお兄様はできるだけいい馬を選んでくれているけど、それでもブランには劣る。そう時間は残されていないんだもん。そんなちんたら走っていられない。
とは言えブランにはそれ以上走ることは無理だ。
仕方がない。
「申し訳ありませんが、ユリウス殿下。わたくしを一緒に乗せていただけませんか?」
元々乗馬は得意ではない。それならユリウス殿下の後ろに乗せてもらったほうがいい。
ユリウス殿下は嬉しそうに微笑み、「もちろんだよ」と頷いた。
そして、私たちはすぐに来た道を引き返した。
「着いたよ、どうする?」
村の入り口で馬から飛び降りるように地面に下りる。そしてそのまま走り出しそうになるのを堪えて、私は村の様子を探った。
自分の五感を魔力強化し、更に風でどこに人がいるかを確認する。
視力強化は意味がない。建物で遮られて見えないから。聴力からの情報は少しおかしさを感じる。
ガヤガヤと言うかザワザワって感じだよね。なんか不自然に静かっていうか……。
「……家の中にちらほら。そして村の大半と見られる人数が広場に固まっています」
これは黒だろう。今現在何かが起こっている可能性が高い。
「クリス達を待ちますか?乗り込みますか?」
こんなことを聞く時間があるならさっさと乗り込んでしまいたい。はっきりと何が起こっているかが分からない以上、少しの時間も無駄にしたくない。だけどこう言う場合の最終決定はユリウス殿下がすると決めているのだ。理由は単純。私よりも判断が正しいから。
「待とう。相手の戦力が分からない。情報が少なすぎる。君を危険に晒すわけにはいかないからね。どちらにしろもうすぐ来るだろう」
村民のことを考えなければ確実に勝てるのは分かっている。だけど民を巻き込む訳にはいかない。こちらもできる限りの戦力を投入し、余裕で勝利をおさめたい。
ちなみにクリスとクルトお兄様はここへ来るまでの間にぶっちぎって来た。馬のスペックと乗り手の腕が違いすぎた。
耳に集中するが、悲鳴は特に聞こえない。多分まだ大丈夫。しかし血の匂いがする。そして村から恐怖が溢れている。これは早くどうにかしないといけない。
そんなことを考えていると、二人の姿が見えた。二人はグングンと近付き、そして到着した。
「お待たせー!」
「お待たせしました」
馬を降りた二人に私は言った。
「この先の広場に大人数が集まっております。何が起きているかは分かりません。今すぐ乗り込みましょう」
「はい」
クルトお兄様が真剣な表情で頷いた。クリスも隠し持った短剣を服の上から触っている。
「民からの死者はもちろん、怪我人も出さないことが目標です。しかし、一番優先することは自らの身です。無理はしないようにしてくださいませ」
にっこりと笑ってそう言うと、二人とも「分かってるよ」と頷いた。毎回戦闘の前に必ず言っているので聞き飽きているだろう。だけど言わないわけにはいかないのだ。
ユリウス殿下と目が合った。殿下は穏やかな表情で微笑む。緊張など全くしていないようだ。
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