72 / 118
隠した傷
しおりを挟む
目が覚めると辺りは真っ暗だった。魔力が体に満ちているのが分かる。三分の一程度は回復したようだ。うっすらと明かりをつけると、隣にはユリウス殿下が寝ていた。
うわ、寝顔初めて見た。めっちゃ美形なんだけど……!
かっこいいのは知っていたが、目を閉じていると整った顔立ちがさらに分かりやすい。いつも私が起きた時には既に起きているか、すぐに起きるから見たことがなかった。
こうして覗き込んでも起きないなんて珍しい。というか初めてだ。随分疲れているのだろう。殿下のお腹を見る。服の上からではわからない。
怪我のことは聞いても素直には言わないだろう。今はチャンスだ。殿下はまだ寝ている。起きる気配はない。
魔法で……いや、殿下は魔力に対して敏感だ。そっと服のボタンを外す。
一つ、二つ、三つ……。
四つ目を外そうとした時、手を掴まれた。ああ、起きちゃった。
「何してるの?」
起き上がる殿下。やはりおなかが痛いのか、腕で支えるようにしている。
「えっと……夜這い、でしょうか?」
誤魔化すように笑ってそう言うと、殿下は「そういうことなら」と自分でボタンを外し始めた。
「嘘です!ごめんなさい!冗談です……!」
半ば叫ぶように言うと、殿下は「知ってるよ」と可笑そうに笑った。
「君はよく寝るね」
今の今まで寝ていた殿下に言われたくないが、確かに最近は寝てばかりな気がする。魔力を使うことが多いのが原因だと思う。殿下が私の頬に触れる。少し冷たい手だ。
「そういう時期なんです」と適当に答える。殿下は笑う。
「君の寝顔を見ていたら思わず襲いたくなっちゃうよ」
冗談が本気か分からない。しかし今度は戸惑わなかった。
「いいですよ」
真顔ではっきりとそう言う。怖いとか恥ずかしいとか、どうでもよかった。殿下は驚いたように私を見る。
「それでユリウス殿下も全てを見せてくれるなら」
どうぞ、と腕を広げると、殿下は少ししてため息をついた。
「ほんと、君には敵わない」
体を差し出すこと自体は最初から別に嫌ではない。ただ恥ずかしいだけ。だけどそれで殿下も私に隠し事をしないのならいいかな、と思っただけだ。脱いでくれたら怪我だって見れるし。
「それで?どうしますか?」
「……今はいいかな」
引くつもりのない私から殿下は視線を逸らした。そのままベッドへと横になる。
「死ぬほど痛いから、そんな余裕なんてないよ」
「知ってます」
だから言ったんだもん。座っている私は殿下を見下ろす形だ。そっと殿下の服に手を伸ばすが、今度は止められなかった。中の服のボタンも全て外し、ゆっくりと服をはだけさせる。
できるだけ傷に触らないように包帯を切っていくと、そこには思わず目を背けたくなるような酷い傷があった。
言葉が出なかった。ヘンドリックお兄様がお腹に穴が空いていると言ったのは比喩かと思っていた。
殿下がふふっと笑った。それに合わせて傷も揺れる。
「顔色が悪いよ」
そりゃ悪くもなる。こんなに酷いなんて聞いてない。
「……人間って、こんな傷を負っても動けるんですね」
「無理だよ。真似しないでね」
「しません」
即答すると、殿下は可笑そうに笑った。私は笑うことなんてできない。無言で見つめると殿下は言った。
「魔力でどうにか血を止めてるんだよ」
そんなことできるんだ、とどこかで思う。
「……殺す気で止めろ、なんて偉そうに言っておいて、いざそうなったら自分ができないなんて笑うよね」
笑えない。こんな怪我しておいて、笑えない。
「少なくともわたくしが今ここにいるのは殿下のおかげだと思いますが」
私がこれを受けていたら死んでいるだろう。生きているのは殿下だからだ。
「怒ってる?」
怒ってる?私は今怒っているの?それに頷くのは少し違うような気がした。
「怒ってるから、治してくれない?」
「いえ、そういうわけでは……」
そう、早く治せばいいのに。そう他人事のように思った。しかし私はそうしない。
「……楽しかったですか?」
そう聞くと、殿下は微笑んだ。そして「うん」と頷く。やっぱり私は少し怒っている。
「本気で戦ったのは久しぶりだ」
「こんな怪我をしたのに?」
私の言葉に殿下は少し口をつぐんだ。そしてやはり微笑んだ。
「君を庇って負った怪我だ。誇らしいよ」
「……ありがとうございます」
治癒魔法をかける。みるみるうちに塞がっていく傷。数秒後、そこには微かな跡すらもなかった。
「ありがとう。助かったよ」
殿下が起き上がる。
しっかりついた筋肉。だけどヴェルナー様みたいにがっしりはしていない。細いけど均整のとれた体。そっと触れる。殿下はくすぐったそうに目を細めた。
「もう怪我は隠さないでください」
「分かったよ。ところで、僕の怪我のことは誰に聞いたの?」
それを答えたら殿下はどうするのだろう。正直に答えてもいいのだろうか。浮かぶのはヘンドリックお兄様の顔。
「クリスではありませんよ」
私がそれだけ言うと、殿下は「そっか」と笑った。
うわ、寝顔初めて見た。めっちゃ美形なんだけど……!
かっこいいのは知っていたが、目を閉じていると整った顔立ちがさらに分かりやすい。いつも私が起きた時には既に起きているか、すぐに起きるから見たことがなかった。
こうして覗き込んでも起きないなんて珍しい。というか初めてだ。随分疲れているのだろう。殿下のお腹を見る。服の上からではわからない。
怪我のことは聞いても素直には言わないだろう。今はチャンスだ。殿下はまだ寝ている。起きる気配はない。
魔法で……いや、殿下は魔力に対して敏感だ。そっと服のボタンを外す。
一つ、二つ、三つ……。
四つ目を外そうとした時、手を掴まれた。ああ、起きちゃった。
「何してるの?」
起き上がる殿下。やはりおなかが痛いのか、腕で支えるようにしている。
「えっと……夜這い、でしょうか?」
誤魔化すように笑ってそう言うと、殿下は「そういうことなら」と自分でボタンを外し始めた。
「嘘です!ごめんなさい!冗談です……!」
半ば叫ぶように言うと、殿下は「知ってるよ」と可笑そうに笑った。
「君はよく寝るね」
今の今まで寝ていた殿下に言われたくないが、確かに最近は寝てばかりな気がする。魔力を使うことが多いのが原因だと思う。殿下が私の頬に触れる。少し冷たい手だ。
「そういう時期なんです」と適当に答える。殿下は笑う。
「君の寝顔を見ていたら思わず襲いたくなっちゃうよ」
冗談が本気か分からない。しかし今度は戸惑わなかった。
「いいですよ」
真顔ではっきりとそう言う。怖いとか恥ずかしいとか、どうでもよかった。殿下は驚いたように私を見る。
「それでユリウス殿下も全てを見せてくれるなら」
どうぞ、と腕を広げると、殿下は少ししてため息をついた。
「ほんと、君には敵わない」
体を差し出すこと自体は最初から別に嫌ではない。ただ恥ずかしいだけ。だけどそれで殿下も私に隠し事をしないのならいいかな、と思っただけだ。脱いでくれたら怪我だって見れるし。
「それで?どうしますか?」
「……今はいいかな」
引くつもりのない私から殿下は視線を逸らした。そのままベッドへと横になる。
「死ぬほど痛いから、そんな余裕なんてないよ」
「知ってます」
だから言ったんだもん。座っている私は殿下を見下ろす形だ。そっと殿下の服に手を伸ばすが、今度は止められなかった。中の服のボタンも全て外し、ゆっくりと服をはだけさせる。
できるだけ傷に触らないように包帯を切っていくと、そこには思わず目を背けたくなるような酷い傷があった。
言葉が出なかった。ヘンドリックお兄様がお腹に穴が空いていると言ったのは比喩かと思っていた。
殿下がふふっと笑った。それに合わせて傷も揺れる。
「顔色が悪いよ」
そりゃ悪くもなる。こんなに酷いなんて聞いてない。
「……人間って、こんな傷を負っても動けるんですね」
「無理だよ。真似しないでね」
「しません」
即答すると、殿下は可笑そうに笑った。私は笑うことなんてできない。無言で見つめると殿下は言った。
「魔力でどうにか血を止めてるんだよ」
そんなことできるんだ、とどこかで思う。
「……殺す気で止めろ、なんて偉そうに言っておいて、いざそうなったら自分ができないなんて笑うよね」
笑えない。こんな怪我しておいて、笑えない。
「少なくともわたくしが今ここにいるのは殿下のおかげだと思いますが」
私がこれを受けていたら死んでいるだろう。生きているのは殿下だからだ。
「怒ってる?」
怒ってる?私は今怒っているの?それに頷くのは少し違うような気がした。
「怒ってるから、治してくれない?」
「いえ、そういうわけでは……」
そう、早く治せばいいのに。そう他人事のように思った。しかし私はそうしない。
「……楽しかったですか?」
そう聞くと、殿下は微笑んだ。そして「うん」と頷く。やっぱり私は少し怒っている。
「本気で戦ったのは久しぶりだ」
「こんな怪我をしたのに?」
私の言葉に殿下は少し口をつぐんだ。そしてやはり微笑んだ。
「君を庇って負った怪我だ。誇らしいよ」
「……ありがとうございます」
治癒魔法をかける。みるみるうちに塞がっていく傷。数秒後、そこには微かな跡すらもなかった。
「ありがとう。助かったよ」
殿下が起き上がる。
しっかりついた筋肉。だけどヴェルナー様みたいにがっしりはしていない。細いけど均整のとれた体。そっと触れる。殿下はくすぐったそうに目を細めた。
「もう怪我は隠さないでください」
「分かったよ。ところで、僕の怪我のことは誰に聞いたの?」
それを答えたら殿下はどうするのだろう。正直に答えてもいいのだろうか。浮かぶのはヘンドリックお兄様の顔。
「クリスではありませんよ」
私がそれだけ言うと、殿下は「そっか」と笑った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる