ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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碌でもない噂

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一晩寝て魔力は全回復した。殿下もそうだろう。何事もなかったかのような顔をしている。

朝ご飯をクリスと三人で食べながら私は殿下を見た。


「確かめたいことというのは確かめられたのですか?」


これで無理だったなんて言われたら皆が怪我をした意味がなくなってしまうので、頷いて欲しいところだ。殿下は「うん」と私を見た。


「確かめたかったことは二つ。一つ目は魔力が見えるか。これは君の言動から見えていたと分かった」

うん、見えた。それは覚えている。


「もう一つは属性のことだ。前回君が使ったあの魔法は闇属性の魔法なんだよ、エレナ」

「……はい?」


そんなわけがない。闇属性の魔法なんて私は使えないのだ。似た別の魔法だったんじゃない?


「今回、ベアトリクスに見てもらって確認できた。あの薬を飲んだ直後から、君は闇属性も持っていたそうだ」


魔力が増えて属性も増える?そんなの何でもありじゃないか。クリスを見るとクリスは頷いた。


「クルト様だけが怪我が少なかったの、不思議じゃなかった?」

「ええ、まあ」


思わなかったわけでもない。気にしてはいなかったけど。でも確かにそう言われたらそうだ。ユリウス殿下ですら、あの大きな傷の他にもたくさん怪我をしていたのだ。クルトお兄様だけは包帯の数が明らかに少なかった。


「皆ね、エレナと殿下からの攻撃で怪我してたんだけど」


ユリウス殿下を見る。私を止めるために戦っていたんじゃないの、と。殿下は「つい楽しくて」と笑った。


「クルト様だけは殿下からの攻撃しか受けてないの」


ほお、なるほど。クリスが「理由は分かる?」と聞く。私からクルトお兄様に攻撃をしていない理由。ぱっと浮かんだのはひとつだ。


「日頃の恨みがないから、でしょうか?」


クリスがジトっとした目で私を見た。そして呆れたように言う。


「それなら兄様とヴェルナー様も怪我が少ないはずでしょ」

「確かに……!」


それは盲点だった。ユリウス殿下が「君たちね……」と苦笑する。いけないいけない、つい本音が。

しかしそれが違うとなると他にどんな理由が……。

はっとした。闇属性の魔法。


「わたくしが操っていたから?」


それなら私は味方であるクルトお兄様を攻撃しないだろう。そしてきっと殿下以外もクルトお兄様に攻撃することはできない。だから他の人の怪我が多かったのか。

クリスは頷いた。


「最初は殿下がやってるのかと思ったんだけど、ベアトリクス様がエレナがやってるって」


私が闇属性の魔法を使った。それはものすごく重大なことなのではないだろうか。うまくいけば魔法の属性を増やすことが出来るかもしれないのだ。


「このことが公になったら結構やばいのでは?」


言葉遣いが乱れてしまったが誰も何も言わなかった。


「やばいよね。昨日の今日だけど、もう噂になってるみたいだよ。見た人がいるんだって」


それはやばい。噂が広がればいつかはあの薬もバレるかもしれない。ユリウス殿下を見る。どうするつもりなのだろう。


「好きに言わせておいていいよ。どうせ碌な噂にならないから」


そう言って殿下は紅茶を飲んだ。



そしてそれは本当に碌な噂にならなかった。

カイとリリー、ベアトリクスは大丈夫なのか、と思ってカイの執務室へ顔を出した時だった。そこにはカイ、リリー、レオン、マクシミリアンがいた。


「お!エレナ!」


最初に話しかけてきたのはレオンだった。


「ちょうど聞きたいことがあったんだ!」


レオンが面白いことを見つけたとばかりに言う。その後ろではカイが頭を抱えて、リリーが苦笑を浮かべている。


「昨日、エレナを賭けて殿下とエレナのお兄さん達とヨハンと騎士団長が戦ったって本当?」


マクシミリアンの静かな声はすぐにクリスの笑い声にかき消された。


「なにそれ、すっごい面白い!そんな話になってるんだ!」


心底可笑そうに笑うクリス。私も少し笑ってしまった。ほんと、殿下の言う通り碌な噂になってない。


「カイとリリーは違うって言うんだけどさ、実際皆が怪我してたところは色んな人が見てるし……」

「で?やっぱり殿下の一人勝ち?」


レオンはすごく楽しそうである。


「ベアトリクスからは何も聞いておられないのですか?」

「ベアトリクス?あいつも一緒にいたのか?部屋から出てこないから会ってないんだよな」


部屋から出てこない?


「昨日から、ですか?」

「ああ、部屋にも誰も入れないし、昨日も今朝も俺が行っても大丈夫だから放っておいてくれって、扉も開かねぇんだ」


昨日のあれと関係がないとは思えない。昨日行っておけばよかった。クリスを見ると、真剣な表情で頷いた。同じ考えだろう。


「飯も食ってないみたいだし、悪いけどエレナも行ってみてくれねぇ?」

「ええ、この後伺ってみますわ」

「さんきゅ!」


レオンは良い夫だ。本気でベアトリクスを心配しているのが分かる。


「先ほどの話ですが、事実無根ですわ」

「あ、やっぱりそうなんだ」


マクシミリアンの言葉にリリーは頷いた。


「だから言ったでしょう?噂ですよって。それに、それならカイ様がそこに入ってないのはおかしいでしょう?」


言葉が何も出なかった。私はそれにどう反応すればいいのか。リリーはふふっと笑う。

学生の頃、カイに告白されたことがある。それは仲よかった人たち皆が知っていることだ。もちろんリリーも。今となっては過去のことで、カイがリリーのことを心底大切にしていることは知っている。リリーも悪意や嫌味などで言ったわけではないだろう。しかし冗談にしては鋭すぎる。


「……勘弁してくれ、リリー」


カイの言葉にリリーは「冗談です」と朗らかに笑った。カイは困ったように微笑む。一瞬、ドキッとした。


「それ!」


クリスが急にカイを指差した。皆が何事かとカイを見る。カイも目が点だ。


「今の顔、殿下にすんごい似てた!」


そう、それだ。ドキッとした理由。そもそもが似ているうえ、不意に見せる表情が同じなのだ。「ねぇ?」と同意を求められ咄嗟に頷いた。


「やはりお二人は似ておられるのですもの。だけど殿下の方がきりっとされてます。ユリウス殿下はもう少し雰囲気が柔かい……」


思ったまま口に出すとマクシミリアンが「エレナにはそう見えるんだ」と呟いた。まあいくら似ているとは言っても別人だ。違いは色々とある。


「とはいえ、今のは一瞬だけどときめいてしまいましたわ」


カイが微笑む。


「兄上に似ているから?」

「ええ」


私は迷わず頷いた。
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