ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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トラウマ

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ベアトリクスの部屋をノックする。返事はなかった。クリスと顔を見合わせる。レオンの話だと部屋にいるはずだ。クリスがもう一度叩いた。


「ベアトリクス様。クリスとエレナですよー」


少ししてガチャと扉が僅かに開いた。私からは中の様子は見えない。ボソボソとベアトリクスがクリスに何かを言った。クリスが何度か頷き、私を見た。


「大丈夫ですよ、いつものエレナです。ほら」


うん?私が何か?

首を傾げると一瞬、ベアトリクスと目が合った。が、ものすごい勢いで扉を閉められた。鍵のかかる音も聞こえる。


「ベアトリクス様!?」


なに、どういうこと?

クリスがドンドン扉を叩くのを見て、私は状況が飲み込めずにいた。私を見て閉めた?少ししてクリスは叩くのをやめて私を見た。


「なんて言っていたの?」

「いやー、んー、なんというか……ちょっとやばいかもしれない」


何が!?

はっきり言ってくれないと分からない。昨日からということはあの戦いが原因だろう。そして私を見て扉を閉めた。


「……わたくし、何かしたのかしら?」

「あー、うん、したと言えばしたし、してないと言えばしてない、かな」


曖昧に笑ってそう言ったクリスは、「とりあえず殿下に相談しよう」と歩き出した。


「……っと」


最初の曲がり角でクリスが誰かにぶつかった。その人は驚いたように私たちを見る。


「ああ、君たち来たんだ」

「殿下……!どうしてここに?」

「彼女に用があってね」


そう言うと殿下はノックもせずにベアトリクスの部屋の扉を開けた。勝手に開けたことや鍵のかかった扉を造作もなく開けたことに驚く。そんな私に、殿下は中に入るように言った。

え、そんな勝手に入っていいの……?

ベアトリクスは部屋の隅で震えていた。明らかに私を凝視している。


「君にはどう見えている?」


ユリウス殿下が私の肩に手を置いて言った。ベアトリクスは震える声で答える。


「ば、化け物……」


……誰のこと?もしかして私?私の方見てるよね。ユリウス殿下じゃなくて?私?

結構本気でショックを受けていると殿下が魔法を使う気配がした。振り返る。


「少し記憶をいじらせてもらうよ」


微笑む殿下。それしかないと判断したのだろう。昨日の実験で私のことがトラウマになってしまったのだろうか。……そんなに怖かったのかな。

記憶を操作する魔法。本当はあまり使って欲しくない。きっとよくないものだから。

しかし私は止めることができなかった。こんな状態になるなんて忘れた方がいい。殿下が魔法を使い、次の瞬間にはベアトリクスはけろりとして私を見た。


「あら、エレナ様。どうしてここへ?」


その変わり様が激しくて少し戸惑ってしまった。


「あ、いえ、元気がないって聞いたから……」

「まあ、誰に聞いたのかは知らないけどわたくしは元気よ」


そう言ってベアトリクスは笑った。その笑顔はいつも通りで少しほっとする。


「エレナ様こそ、昨日の疲れは残ってませんの?」

「ええ、たくさん寝たから魔力も全回復よ」


昨日のことは覚えている様子。だけど普通。


「君への過剰な恐怖の記憶だけを消したよ」


へぇ、器用だな。


「もう一度聞くよ。君にはエレナがどう見えている?」


ベアトリクスが私を、私の周りを見る。


「魔力に闇属性の色が少しだけ混ざっています」


闇属性の色……それは私が闇属性の魔法を使えるってこと?ユリウス殿下は表情ひとつ変えない。


「僕が近くにいるから見間違えてる可能性は?」

「ありません。ほんの僅かですが、確かにエレナ様の魔力です」


きっぱりと言い切ったベアトリクス。クリスが後ろから言った。


「それって昨日の薬が原因ってこと?そんなことあり得るの?」

「これまでの調査でそういう例はない。エレナだけが特別な可能性もある」

「わたくしはもうこれ以上の設定ははいりませんわ……」


殿下が笑った。それではっとした。いけないいけない、この世界がゲームだって言うのは殿下しか知らないのだ。しかしクリス達には聞こえていなさそうだ。ほっと胸を撫で下ろす。


「データがたくさん取れると調査も進むんだけど……」

「それはよくないと思います!」


クリスが手を上げた。私もそう思う。あの薬は表に出すべきではない。今は私にしか作れないはず。無かったことにするのが一番いいと思う。


「そうだね。いくらでも悪用ができるものだ。絶対に公にはできない。最初から無かったことにするか、調査するにしても秘密裏に進めるよ」


ユリウス殿下は「ヘンドリックとヨハンに任せようかな」と呟いた。あの二人だったら確かに信用ができる。


「エレナももう何回か飲んだら、普段でも闇属性が使えるようになるんじゃない?」


いや、それは全力で遠慮したい。また誰かが怪我をするなんてことになったら嫌だもん。殿下も流石にそれは認めないだろう。いや、でも殿下は楽しかったって言っていた。


「……わたくしはもう飲みませんからね」


ユリウス殿下に向けて、念のためそう言っておくと、殿下は「残念だよ」と本気か冗談かよく分からない笑顔で言った。
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