ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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入れ替わり生活2

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電車に揺られる。お父さんと二人。私たちはおばあちゃんの家に向かっている。お母さんの母親なので、本当はお母さんと一緒に行こうと思っていたが、どうしても外せない用事があるとか何とか。だから仕事を休めたお父さんと二人。


「昨夜は眠れたかい?」


お父さんは言った。私は首を振る。


「いいえ、あまり」


窓の外が明るくて、たまに通る車の音が気になって。そして一人で眠るベッドは寒くて。


「あっちの世界はどうだ?」


どう、と言われてもなんと言えばいいのか分からない。「こっちの世界はどうだ」と聞かれたら答えられるのに。言葉を探す私に、お父さんは言った。


「答えられないなら無理に答えなくていいよ」

「……はい」


ガタンゴトン。電車は走る。あまり揺れない。乗ってるだけで着く。疲れることもない。


「この世界はとても便利ですね」


愛玲奈として生きている時は気が付かなかった。私がおばあちゃんの家へ行くと決まった時、「馬を」と言い掛けて慌ててのみこんだのだ。馬に乗らなくてもここには電車があった。


「そうだね。魔法はないけど電気がある。わざわざ馬や馬車に乗らなくても車も電車もある。あっちの世界とは随分違うだろう?」

「……前まではこれが当たり前だと思っていたのに」


だけどここには魔法がない。怪我をしても治せない。もし、今ここで誰かに襲われても戦えない。

考えに耽っていると眠たくなってきた。電車の揺れが心地いい。


「少し寝ます。何かあったら起こしてください」


そう言って私は目を閉じた。



「愛玲奈、着いたよ」


そんな声に揺り起こされ、私は現実に浮上する。よく寝れたというとよく寝れた。しかしずっと電車の音を聞いていたような気もする。

少ない荷物を持って電車を降りると、そこには緑が広がっていた。小さな無人駅。四方を山に囲まれ、駅を出るとすぐに田んぼと畑が目に入る。

大きく息を吸うと胸いっぱいに緑が広がる。この空気は知っている。国を周る時にあちこちでかいだ香り。


「緑と土の香り……」


もう一度この場所に来たかった。



おばあちゃん家で迎えた夜。ここは静かで暗くてとても心地がいい。


「おばあちゃん、少しお散歩に行って来ます」


そう言うとおばあちゃんは、必死な表情で言った。


「ダメよ、愛玲奈。外は寒いし暗いから危ないよ」


危ない?それは何がだろう。冬だから熊は冬眠中だろうし、猪?それとも不審者?


「大丈夫よ、私強いから」


何が出ても魔法でちゃちゃっとやっつけられる。そう思って、その魔法が使えないんだと思い出した。


「ごめん、なんでもない」


愛玲奈の体って不便。魔法は使えない、鍛えてもないから筋肉もない。素手で戦うなんてもっての外。剣はそもそも論外。

すごすごと与えられた部屋へと戻る。廊下を歩くとキシキシと音がなり、扉を開けるとガラガラと響く。古い家。だけど立派な家。

廊下でお父さんと会った。


「愛玲奈、少し話さないか?」

「うん」


お父さんの誘いに頷き、部屋への襖を開け、机を挟んで向かい合って座った。


「お父さん、わたくしはどうしたら帰れるのでしょうか?」

「……心残りはないようだね」


お父さんの言葉に頷く。お母さんのご飯を食べて、千香と会って、もう一度ここへ来た。もうやるべきことはない。


「どうしてもあちらへ戻りたいのかい?」

「ええ」

「この世界は嫌い?」


違う。そうじゃない。嫌いじゃない。嫌いじゃないけど……


「ここはわたくしの生きる場所ではないようです」


どちらか一つを選べ、と言われると迷う。どちらの世界もいいところも悪いところもそれぞれ。でもここでは私は眠れない。


「夜でも明るい家の外。常に聞こえる換気扇の音。道路を走る車のヘッドライト、エンジン音。どれも些細なことですが、わたくしは気になって仕方がありません」


お父さんは寂しそうに笑った。


「父さんは愛玲奈に会えてとても嬉しかったよ」

「はい、わたくしも嬉しいです」


会う日が来るなんて思ってもいなかった。私にはお父さんがいないのが当たり前で、考えたこともなかった。だけどエレナのおかげで会うことができた。嬉しい。


「じゃあ父さんと母さんの近くで生きていくのもいいんじゃないか?」


こっちの世界のお父さんとお母さん。あっちの世界の皆。どちらかを選ぶと言うことはどちらかを捨てると言うこと。それはとても難しい選択。だけど誰か一人を選ぶとすれば……


「ここにはユリウス殿下がおられませんもの。わたくしはユリウス殿下と共に生きると決めたのです」


殿下の隣で生きていきたい。この先も、ずっと。

お父さんは「知っていたよ」と静かに言った。そしてふっと笑う。


「試したみたいですまない。父さんにとっては愛玲奈もエレナも娘なんだ。どちらかを選ぶなんてできないよ」


そう、それもある。今更私は愛玲奈として生きていけない。妻として母として、愛玲奈の家族の家族にはなれない。絶対に。


「どうだい?これからもたまに入れ替わって顔を出してくれたら嬉しいんだけど」


そんなことできるの?そんな自在に行き来できるなんて聞いていない。


「僕が作った世界だ。設定なんていくらでも付け加えることができる」


ああ、そういう。


「いいえ、それは必要ありません。わたくしはもう愛玲奈になることはありませんから」


そう言って微笑むと、お父さんは髪をくしゃくしゃっとして笑った。今にも泣き出しそうな笑顔だった。

今度こそ私は色々なものを捨てる。自分で選んで、自分の意思で。前回のように成り行きではなく。

もうこの世界には来ない。そうしないと私はいつまで経っても吹っ切れないだろうから。


「お父さん、お母さんに伝えてくれる?『今までありがとう。愛してるよ』って」


私が笑うと、お父さんも潤んだ瞳で笑った。
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