ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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入れ替わり生活ーーエレナ

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朝、目を開けると知らない場所にいた。体を起こして部屋の中を見る。あの夜に少しだけ来た場所だった。


「おはよう」


隣に寝ていた男の人が微笑む。この顔は知っている。第一皇子のユリウス。一度だけ会ったことがある。

エレナとユリウスの距離感が分からない。どう反応したらいいのか分からない。そもそもユリウスがどこまで知っているかも知らない。

考えていると、ユリウスは途端に真顔になった。そのまま無言でベッドから出る。私はそれを見ているだけ。隣の部屋へと続く扉を開け、それをくぐる前に振り返った。


「五分後にもう一度来る。話をまとめておけ」


冷たい声。先ほどの柔らかさもあたたかさもなかった。音を立てて扉が閉まる。

……ばれたな、一瞬で。話もしていないのに。あの人は本当に怖い。さて、何と言うべきか。

私はベッドから出て、椅子へと座った。


ユリウスは本当に五分後に来た。立ったまま無言で私を見てくる。


「まとめる話も何もございません。聞きたいことがあるなら何でもお答えします」


どうぞ、いくらでも質問してください。言外に言うとユリウスはため息をついた。


「エレナはどこへ行った?」

「今頃はあちらの世界でしょう。元の体に戻っているはずです」


言葉が終わると同時にものすごい圧を感じた。この人に魔力で威嚇されるのは二度目。私がまだエレナだった頃に会った時もこんな感じだった。こちらも魔力でガードする。


「エレナを返せ」


そんなこと言われても……。


「私が今ここにいる。これがあの子の望みですよ」


さらに魔力の密度が上がる。私もそれに対応して魔力をぎゅっと押し固めた。長い間魔力のない世界にいたけれど、このくらいならまだ余裕でできる。伊達に魔法を極めたわけではない。

ユリウスは何かを考えるように黙り込んだ。少しして私を見ると「着いてこい」とそれだけ言った。

……すごいパワハラ。こんなのと夫婦なんてエレナは大変ね。

ため息をついて立ち上がるとユリウスは近くの部屋へと入った。天井まで届く薬棚。ユリウスの魔法で引き出しが次々と開いては薬草が出てくる。


「この材料から薬を作れ。限りなく効果は弱めて」

「はいはい」


暴君め。

心の中でそう悪態をついて薬草を眺める。完成する薬の効果と使い道がなんとなく分かった。


「……愛玲奈にやらせられないから私に、ですか。ご立派な性格をしておられますね」


まあ別にいいけど。私がこの世界で気にするのは愛玲奈のみ。他がどうなろうと関係ない。この人が愛玲奈を大切にしてくれるならなんでもいい。

私の嫌味に不快そうに顔を顰めるユリウス。しかし何も言われなかった。嫌味が返ってくるかと思ったんだけど。

と考えていた時だった。魔力が動く気配を感じ、咄嗟に魔法を出す。それは私とユリウスの間でぶつかり弾けた。

驚きを隠してユリウスを見る。何もなかったかのように表情一つ変えない。私が防がなかったら大事なエレナの体が傷付いていたと言うのに。

ため息をつきたいのを我慢し、出された材料から薬を作る。五本できた。


「使い道にはくれぐれもお気を付けを」


言う必要はないだろうけど、一応言っておく。ユリウスは私の言葉には何も反応せず薬を受け取るとさっさと出て行った。……まあいいけどね。


部屋に戻ってゆっくりお茶を飲む。アリアはチラチラと私を見て来た。アリアも知ってる組か、と思う。そしてエレナの変化に気が付いている。

……ちょうどいいし、私も過去を精算しておこうかな。


「アリア」


名前を呼ぶと驚いた表情で慌てて返事をするアリア。私から話しかけることなどまずなかったので驚いたのだろう。ここまで考えが丸わかりなアリアは珍しい。愛玲奈と過ごす中でアリアにも変化があったのかもしれない。


「あなたには悪いことをしたわね。ごめんなさい」

「あ、いえ、そのような……」


会話が続かない。何を話せばいいのか分からない。少し考えて諦めた。もういいや。

お茶を飲んでいると勢いよく扉が開いた。


「エレナー!今日の殿下はいつも以上に機嫌が悪かったけどどうしたの?」


顔を出したのはクリス。ゲームを一通りプレイしているので大体のことは知っている。そして今の愛玲奈の一番の友達はクリスらしい。クリスは知っているのかどうか。

しかしどう見ても女の子にしか見えない。


「わたくしが怒らせてしまったみたいね。ごめんなさい」


クリスが不思議そうな顔をして私を見た。そして「ああ」と納得したように頷く。


「アリア、悪いけど二人にしてくれる?」


アリアは少し考えて、出て行った。


「誰?」


クリスが短い言葉で聞く。クリスも知ってる組か。


「エレナよ」

「そうだけど……違うよね?」


うん?反応が微妙。知ってるんじゃないの?


「クリスはどこまで知っているの?」

「何も知らないよ。ただエレナがどこか別のところから来たってことくらい」


クリスは「エレナは何も話してくれないから」と少し寂しそうに笑った。

そっか、話してないんだ。


「愛玲奈が話してないなら私は何も言えないわ。ごめんなさい」

「あ、ううん、それは別に。無理に聞き出す気もないから」


けろっとした顔をするクリス。それでいいんだ、とちょっと拍子抜け。


「でもそっかぁ。だから殿下の機嫌が悪かったんだね」


クリスがうんうん、と頷く。全て納得したようだ。しかし席を立つことはしない。そのまま話し始める。私も話す。クリスと過ごす時間はとても楽しくて、もっと前に会いたかったな、と少し思った。
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