ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

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不機嫌な殿下

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本をめくる音が響く。私はボーッとページを眺めていた。文字は見ているだけで全く頭に入ってこない。

……どうしようか。子供を産むのは論外だとして、どうすれば陛下を納得させられるだろう。もしくはまた何も言わずに出る?

考え込んでいると、本が取られた。はっとして顔を上げる。ユリウス殿下は私の手から取った本を見た。


「うちの家系図じゃないか。どうしてこんなの見てるの?」

「あ、いえ、少し気になりまして」


ぶっちゃけると、各世代に皇族は何人ほどいたのか、というのを見るためだ。書庫に行って持って来た。まだめくっていただけでちゃんと見ていない。

殿下は机の上に家系図を開いた。その下の方に陛下の名前を見つける。殿下とカイの名前もある。


「陛下は四人兄弟……」


その内二人が既に亡くなっており、残る一人はまさかのディターレ公爵だった。あ、あの人婿入りだったんだ。

陛下の父親も四人兄弟で姉妹が二人。その前を辿ってみても兄弟姉妹で少なくとも五人以上はいる。さらに皇帝の兄弟の子もあわせればかなりの人数だ。

基本的には皇帝の子が次の皇帝になっているけど、たまに皇帝の兄弟の子に皇位が渡っていることもある。家系図というものは意外と色々なことが知れて面白い。けど、これって、


「……今の皇族が少ないのって、陛下の責任でもあるのでは?」


思わず声に出してしまい、はっとして口を塞いだ。殿下はくすくすと笑う。


「いえ、すみません。現在皇族が少なすぎると聞いたもので」


殿下は「そうだね」と頷いた。


「でもね、父上は別に子を成したくなかったわけではないんだよ」


あ、やば、言っちゃいけなかったことかも。ユリウス殿下とカイの間に12歳も空いているのも何か色々あったのかもしれない。

そうだよね、子供なんて欲しいからできるものじゃないもん。反省。

本をパタンと閉じる。


「何か聞いたね?」


殿下は私を見た。私は隠すことなく頷く。


「ええ、リリー様のお身体のことを」

「言っておくけど、その件に関しては口止めしたのは僕じゃないからね。カイとリリーだから」


言い訳のようにそう言った殿下が少し子供っぽくて思わず笑ってしまった。まだ何も言ってないのに。


「いいえ、怒っておりません。ただ、やはりもっと早く帰るべきだったのかな、と……そう思っただけです」


殿下は頬杖をついて「ふーん」と本をめくった。その視線は一点には留まらない。読んでいるわけではないだろう。


「ここにいられなかったことを後悔しているのに、また城を出るんだ?」


今日の殿下は意地悪だな、と思った。


「平民の子供達は親の職業や生まれで仕事を決めます。学はなく、読み書きもできない。子供だけではありません。その日の暮らしで精一杯で明日のことすら考えられない人もいる」


こうして言葉にして殿下に伝えたのは初めてだ。言わずとも殿下は私の想いを知っていたから。


「教育を受け、自ら仕事が選べる。願わずとも来る明日を当たり前に過ごせるように。貴族だけではなく、全ての人間が明るい未来を描く。そんな国を作りたい」


私が当たり前に享受してきたものはこの世界では当たり前ではない。それを当たり前にしたい。


「ここでの書類仕事も大切なことは分かっております。だけどここにいては何も変えれませんもの」


微笑みを浮かべると、殿下は私を見た。真顔。何か機嫌を損ねるようなことを言ってしまったのだろうか。まあいい。


「明日、もう一度陛下とお話をして参ります」


立ち上がり、ベッドへ向かおうとした時だった。手首が掴まれた。振り返る。


「子を産めばどこへ行ってもいいんだろう?順調にいけば一年後には出立できるよ」

「……それはあり得ません」


キッパリと言うと、殿下は明らかに不機嫌な表情を浮かべた。あれ、もしかして殿下は子供が欲しいのだろうか。子供なんて興味がなさそうな人なのに。


「そんなに僕と子供を作るのが嫌なの?」


予想外の方向の質問に「は?」と声が出た。

いや、そうじゃない。そんな話はしていない。

そして気が付いた。殿下の不機嫌の理由。目の前にいるこの人がなんだかかわいく見えた。ふふっと笑うと殿下はさらに不機嫌になった。


「違いますよ。そうではありません」


そっと殿下の手をほどく。すぐに離れた。


「子供を産んで出立となると、子供は置いて行くことになるでしょう?」

「それはそうだね」


気にかかるのはそこ。置いて行っても誰かが育ててくれる。それはアリアだったりベアトリクスだったり、意外とヘンドリックお兄様だったりするかもしれない。安心して預けられる人はたくさんいる。だけど、


「それはあまりに無責任な行いだと思いますの」


ユリウス殿下はよく分からない、といった表情だ。


「皇族なんてそんなものだよ。現にリリーだって四六時中赤子といるわけではないだろう?」

「四六時中一緒にいなくとも、一日で数時間でも触れ合える時間があるのと、何年も全く会わないのとは、全然違うでしょう?」


殿下は「僕は何年も父上にも母上にも会わなかった」と小さな声で言った。

……結構エグい環境で育ったのか、この人。どうりで人間の感情がないなと思った。

超失礼なことを思いながら、私は口を開いた。


「私はお母さんにたくさんのものをもらいながら育ちました。だから私も子供を産んだら同じようにたくさん与えてあげたいのです」

「例えば?」


『例えば』?そこ突っ込むところ?お母さんの顔を思い浮かべる。考えるまでもなく次々と浮かんできた。


「一緒に過ごす時間だったり、美味しいご飯だったり、日常の何気ない笑顔だったり……あとは月並みな言葉ですけれど、愛情だったり」


それは人には大したものではないかもしれないけど、当事者にとってみたらとてつもなく大きなものだ。

殿下は「そっか」と微笑んだ。
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