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心変わり
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「子を作りますか?」
夜遅くに帰って来たユリウス殿下にそう言うと、殿下は一瞬視線を彷徨わせ、微笑んだ。それだけ。何も言わない。
今日は帰りが遅かった。いつもだったらもうとっくに寝ている時間。わざとか、偶然か。
「ユリウス殿下」
呼ぶと、殿下は隠すようなため息をついた。なんだかすごく夫婦っぽいな、と思う。
じっと殿下を見つめると、少しの沈黙が流れ、そして言った。
「……正直に言うと子供は欲しくない」
そうでしょうね。態度にありありと出ていた。
「父上には僕から言っておくよ。これ以上悩まなくてもいい。君だって欲しくないんでしょ?」
話を早く終わらせたいのだろう。その言い方からそれがはっきりと分かった。殿下にしては珍しい。いつもだったら避けたい話題の時はそれとなく話から遠ざかるように誘導されるから。
しかし今回に関しては殿下だってそういうわけにはいかないのだろう。
「この国の将来に関わるのですよ。よろしいのですか?」
ユリウス殿下はいつだって国が一番大切だ。国のためならなんでもする人。皇位継承権がディターレ公爵家へ渡ることは避けたいと考えているんだと思っていた。
殿下は再びため息をついた。私を疎ましく思っているのかもしれない。
「どうでもいいよ、もう」
その投げやりな言い方には素直に「そうですか」と言えなかった。殿下が子供が欲しくなくて、それでもどうにかなるのなら別にいいと思っていた。でもどうやらそうではなさそう。
「理由をお伺いしても?」
「八年間、王都から離れて君と過ごして、僕は幸せだった。これから先も同じように君と過ごす未来が見える」
ああ、うん、なんとなく分かる。私もこれからも同じように過ごすんだろうなってぼんやりと思うから。
「だけどそこに子供はいない」
はっきりと言った殿下の言葉に私は無意識に頷いていた。すごく分かる。ものすっごく分かる。自然と見える将来に子供の姿はない。私もそうだ。
私はそれ以上何も言えなかった。
翌日、カイの執務室で話をしていると、リリーが入って来た。
「お仕事中にすみません」
「いいえ、ちょうど一息ついたところですわ」
リリーの笑顔を見ると癒される。カイの表情も自然と緩んでいる。可愛くて穏やかで、そこにいるだけで人の心を癒す。同じ光属性の使い手だというのにこの違いはなんだ、と言いたくなる。
「リリー、どうしたんだい?」
「エレナ様がお悩みだとクリスに聞いたので、お力になれれば、と思いまして」
ああ、ありがたい。その気持ちが何よりも嬉しい。ほわっと心が温かくなった。魔法でお茶を三杯分入れ、部屋の一角に置かれた休憩用の椅子へと座る。リリーも隣に座った。が、カイは動かず書類と睨めっこしている。
お茶を一杯カイの前に移動すると、「ありがとう」とキラキラ笑顔が向けられた。この夫婦は本当に眩しい。
「どうしてお悩みですか?」
リリーがカップから口を話し、首を傾げた。あらかたクリスから聞いているだろう。
「……自分が親になるというのが想像できないのです」
それだけ言った。
想像できないことはしない方がいい。これまでの経験からそう思うことが増えた。
「私も自分が母親になるというのは想像できませんでしたよ。それでもお腹の中で子供を育て、産み、その手に触れた時、自然と涙が溢れました。母親としての自覚が芽生えたのはその時かもしれません」
リリーの静かな声は、なんの抵抗もなく私の中に溶けていく。そんな気がした。
「誰だっていきなり親になれるわけではありません。触れ合い、視線や言葉を交わし、子供の成長と共に、親としても成長していくのです」
とてもいい言葉だなと思った。心にストンと落ちた。
「ですがリリー様、子供は弱みになります。わたくしはもう既にたくさん持っておりますの。これ以上大事なものが増えては守り切ることができません」
リリーは「そんなこと」と微笑み、カップに口をつけた。
「子供は一人で育てるわけではありませんよ、エレナ様」
リリーとは同じ年。なんなら私の方が人生経験は豊富。それなのにとても大人に見えた。
「エレナ様には殿下がいらっしゃるでしょう?もちろん、私もカイ様も皆もいます。一人で守らずとも、皆でなら守れるものはたくさんありますわ」
ああ、そうか。目から鱗、だ。カイの方からカチャ、とカップの小さな音が聞こえた。
「そうですね、その通りですわ」
「エレナ様がお子様を望まないなら私はそれを尊重いたします。だけど、少しでも望む気持ちがあるなら、産むことを勧めます。子供は見ているだけで幸せになりますから」
リリー……いい子すぎる。さすがヒロイン。自分はもう子供を産めないっていうのに。
リリーは「それに」と笑う。
「私はエレナ様のお子様にお会いしたいです。きっと、聡くて優しくて、誰からも愛される子が産まれますわ」
なんだかちょっとうるっとしてしまった。誤魔化すように笑う。
「それはレイラ様のことですわ」
リリーとカイの子供こそ誰からも愛される子になる。というか既に愛されている。
リリーは「いいえ」と静かに微笑んだ。
「私もエレナの子供に是非会いたいね。男の子でも女の子でも強い子が産まれるだろう」
それまで一言も口を挟まなかったカイが言った。
「……そう、そうですね。わたくしも少しだけ、会いたいと、そう思いました」
子供を産んでもいいかもしれない。
初めて、後継の問題からではなく、心の底からそう思った。リリーは嬉しそうに微笑んだ。
夜遅くに帰って来たユリウス殿下にそう言うと、殿下は一瞬視線を彷徨わせ、微笑んだ。それだけ。何も言わない。
今日は帰りが遅かった。いつもだったらもうとっくに寝ている時間。わざとか、偶然か。
「ユリウス殿下」
呼ぶと、殿下は隠すようなため息をついた。なんだかすごく夫婦っぽいな、と思う。
じっと殿下を見つめると、少しの沈黙が流れ、そして言った。
「……正直に言うと子供は欲しくない」
そうでしょうね。態度にありありと出ていた。
「父上には僕から言っておくよ。これ以上悩まなくてもいい。君だって欲しくないんでしょ?」
話を早く終わらせたいのだろう。その言い方からそれがはっきりと分かった。殿下にしては珍しい。いつもだったら避けたい話題の時はそれとなく話から遠ざかるように誘導されるから。
しかし今回に関しては殿下だってそういうわけにはいかないのだろう。
「この国の将来に関わるのですよ。よろしいのですか?」
ユリウス殿下はいつだって国が一番大切だ。国のためならなんでもする人。皇位継承権がディターレ公爵家へ渡ることは避けたいと考えているんだと思っていた。
殿下は再びため息をついた。私を疎ましく思っているのかもしれない。
「どうでもいいよ、もう」
その投げやりな言い方には素直に「そうですか」と言えなかった。殿下が子供が欲しくなくて、それでもどうにかなるのなら別にいいと思っていた。でもどうやらそうではなさそう。
「理由をお伺いしても?」
「八年間、王都から離れて君と過ごして、僕は幸せだった。これから先も同じように君と過ごす未来が見える」
ああ、うん、なんとなく分かる。私もこれからも同じように過ごすんだろうなってぼんやりと思うから。
「だけどそこに子供はいない」
はっきりと言った殿下の言葉に私は無意識に頷いていた。すごく分かる。ものすっごく分かる。自然と見える将来に子供の姿はない。私もそうだ。
私はそれ以上何も言えなかった。
翌日、カイの執務室で話をしていると、リリーが入って来た。
「お仕事中にすみません」
「いいえ、ちょうど一息ついたところですわ」
リリーの笑顔を見ると癒される。カイの表情も自然と緩んでいる。可愛くて穏やかで、そこにいるだけで人の心を癒す。同じ光属性の使い手だというのにこの違いはなんだ、と言いたくなる。
「リリー、どうしたんだい?」
「エレナ様がお悩みだとクリスに聞いたので、お力になれれば、と思いまして」
ああ、ありがたい。その気持ちが何よりも嬉しい。ほわっと心が温かくなった。魔法でお茶を三杯分入れ、部屋の一角に置かれた休憩用の椅子へと座る。リリーも隣に座った。が、カイは動かず書類と睨めっこしている。
お茶を一杯カイの前に移動すると、「ありがとう」とキラキラ笑顔が向けられた。この夫婦は本当に眩しい。
「どうしてお悩みですか?」
リリーがカップから口を話し、首を傾げた。あらかたクリスから聞いているだろう。
「……自分が親になるというのが想像できないのです」
それだけ言った。
想像できないことはしない方がいい。これまでの経験からそう思うことが増えた。
「私も自分が母親になるというのは想像できませんでしたよ。それでもお腹の中で子供を育て、産み、その手に触れた時、自然と涙が溢れました。母親としての自覚が芽生えたのはその時かもしれません」
リリーの静かな声は、なんの抵抗もなく私の中に溶けていく。そんな気がした。
「誰だっていきなり親になれるわけではありません。触れ合い、視線や言葉を交わし、子供の成長と共に、親としても成長していくのです」
とてもいい言葉だなと思った。心にストンと落ちた。
「ですがリリー様、子供は弱みになります。わたくしはもう既にたくさん持っておりますの。これ以上大事なものが増えては守り切ることができません」
リリーは「そんなこと」と微笑み、カップに口をつけた。
「子供は一人で育てるわけではありませんよ、エレナ様」
リリーとは同じ年。なんなら私の方が人生経験は豊富。それなのにとても大人に見えた。
「エレナ様には殿下がいらっしゃるでしょう?もちろん、私もカイ様も皆もいます。一人で守らずとも、皆でなら守れるものはたくさんありますわ」
ああ、そうか。目から鱗、だ。カイの方からカチャ、とカップの小さな音が聞こえた。
「そうですね、その通りですわ」
「エレナ様がお子様を望まないなら私はそれを尊重いたします。だけど、少しでも望む気持ちがあるなら、産むことを勧めます。子供は見ているだけで幸せになりますから」
リリー……いい子すぎる。さすがヒロイン。自分はもう子供を産めないっていうのに。
リリーは「それに」と笑う。
「私はエレナ様のお子様にお会いしたいです。きっと、聡くて優しくて、誰からも愛される子が産まれますわ」
なんだかちょっとうるっとしてしまった。誤魔化すように笑う。
「それはレイラ様のことですわ」
リリーとカイの子供こそ誰からも愛される子になる。というか既に愛されている。
リリーは「いいえ」と静かに微笑んだ。
「私もエレナの子供に是非会いたいね。男の子でも女の子でも強い子が産まれるだろう」
それまで一言も口を挟まなかったカイが言った。
「……そう、そうですね。わたくしも少しだけ、会いたいと、そう思いました」
子供を産んでもいいかもしれない。
初めて、後継の問題からではなく、心の底からそう思った。リリーは嬉しそうに微笑んだ。
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