ゲームは終わっても人生は続く〜入れ替わり令嬢のその後〜

紅蘭

文字の大きさ
91 / 118

迷い

しおりを挟む
陛下と向かい合う。右隣にはユリウス殿下、左隣にはクリスがいる。陛下は私たちを見て言った。


「エレナ、クリス、久しいな」


はい、二年ぶり。


「そなた達が期限通りに帰ってくるとは思っていなかった」

「帰って来なくてよかったならそう言ってください。もう一度行きますから」


そう言うクリスはいまだに不満げだ。よほどあの土地が気に入っていたらしい。確かにあそこは面倒な色々がなくてよかった。


「して、これからのことはどう考えている?」


これからのこと。陛下の言わんとすることは分かる。でも何も考えていない、というのが正直なところ。


「僕たちは仕事をするだけですよ」


答えたのはユリウス殿下だった。陛下が一瞬、殿下に視線を向けた。咎めるようだった。

そして私と目が合う。そらしたかったがそれも不自然かと思い、とりあえず笑顔を作った。


「……以前も言ったが、エレナ」

「分かっております」


気が付くと言っていた。皆が驚きの表情を浮かべる。陛下の言葉を遮る形になってしまったことに気が付いた。


「申し訳ありません」


陛下は「よい」と一言。自分でもなぜ陛下の言葉を遮ったのか分からなかった。だけどその先を聞かなくてよかったことに少しほっとした。


「……考えます。これから、ちゃんと」


俯いて言うと陛下は「そうか」と静かに言った。


陛下の執務室を出て、部屋へと入ると、クリスが私を見た。


「エレナらしくなかったね」

「え?」


何を言われたのかよく分からなくて聞き返す。クリスは「さっきの」と付け加えた。


「そうかしら……」

「子供、欲しくないの?産むのが怖い?」


そう聞かれるとよく分からない。産むのが怖いのは確かにそうだけど。


「殿下はどう思われますか?」


ユリウス殿下を見ると、殿下は何も言わずに微笑んだ。はい、ノーコメントですね。


「欲しいかと聞かれると別にそうではないの。でも絶対に産みたくないのかと言われるとそれも違う気がする。自分でもよく分からないわ」


でも一つ確かなのは、私とユリウス殿下と私たちの子供。三人の未来は想像できない。

殿下を見ると、殿下は「少し出てくるよ」と言ってどこかへ行った。逃げたのか本当に用事があるのかは分からない。


「殿下は何も言わないの?」


クリスの言葉に頷く。


「ええ」


殿下は何も言わない。何も。不自然なほど。だから私もその話題は避けている。けどそれももう限界が近そうだ。今晩あたり、二人で話してみるべきかもしれない。


「……殿下がどう思ってても、エレナが産みたいなら産んだらいいと思うし、産みたくないなら産まなかったらいいと思うよ」

「そんなに適当にはなれないわよ。この国の将来のことだもの」


次の世代の皇族はレイラ様一人。責任を押し付けるようですごく嫌だ。しかもレイラ様は女の子。今のところ女の皇帝というのは前例がない。これからカイ達がどうさるつもりかは知らないけど。


「うん、そうだね。言い方が違った」


クリスは続ける。


「殿下に父親としての役割が期待できないなら、私かヘンドリック様がそれをするから、安心していいよ」


『それ』は『父親としての役割』を指すのだろうか。

……それをクリスやお兄様が?それはそれで安心できないと思うのは失礼だろうか。

ポカンとしてクリスを見ると、クリスは「あれ?」と首を傾げた。


「エレナが一番気にしてたのってそこかと思ったんだけど、違った?」


ハッとして首を振る。


「……そう、その通りよ」


ユリウス殿下は子供が生まれたとして、変わることはあるのだろうか。二年間考えたけどその答えはいまだに出ない。

……答えが出ないのが答えだと思っても良さそうっていうのが本音だけど。


「クリスは子供が欲しいとは思わないの?」


ふと気になってそう聞くと、クリスは笑った。


「エレナの子供が私の子供だから」


そんな風に言われると産まないわけにはいかなくなってしまう。


「ごめん、そういう意味じゃないよ。エレナが決めていいからね」

「あ、ええ、分かっているわ」


女の子として育ってきたクリス。いつか男に戻る日が来るかもしれないけど、今更女の子をそういう対象として見られない、と言っていた。だからって男の人が好きなのかと言うとそれも違うらしいけど。

クリスが自分の子をもつ可能性は限りなくゼロに近い。


「まあそんなに深く考えなくても、子供ができたら産む、くらいで考えてたら?」


できたら産む。確かにそれはありかもしれない。


「というか、うじうじ考えてる今、もう既に宿ってるかもだし?」


クリスが冗談っぽく笑い、私のお腹を指差した。冗談なのは分かる。でも断言しよう。それはまずない。なぜなら、私たちの仲はこの二年間で全くと言っていいほど進展していないのだから。

子供ができるようなことをしていないのにできるはずがない。できたら産む。それは一体何年後の話になるのだろうか。


「……そもそもの話なのよね」

「え?」


声に出てしまっていたようだ。クリスがポカンとして私を見た。そして、ひきつった笑顔を浮かべた。


「……もしかしてさ、未だに一緒に寝てるだけ、なんてこと、あったりする?」


そんな恐る恐る聞かなくても……。

私が頷くと、クリスは驚愕の表情を浮かべ、そして頭を抱えた。


「あり得ない……!」


私は苦笑いを浮かべるしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

とんでもない侯爵に嫁がされた女流作家の伯爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
面食いで愛人のいる侯爵に伯爵令嬢であり女流作家のアンリが身を守るため変装して嫁いだが、その後、王弟殿下と知り合って・・

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

処理中です...