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『お願い』
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つわりがおさまり、お腹の膨らみが少し分かるようになってきた頃のこと。
しなければならない仕事が終わり、クリスと部屋でお茶を飲んでいると、ノックの音が聞こえた。
空気がピリ付き、クルトお兄様がすぐに動いた。
「どなたですか?」
実は私が妊娠してから、もう数回は殺されかけているのだ。ご飯に毒を盛られたこと三回。廊下を歩いていて襲われたこと一回。来客を装って部屋に押し込んできたこと二回。ユリウス様曰く、夜中に天井裏に鼠が忍び込んだこともあったそう。
おかげですっかり来客には警戒モードだ。扉の向こうには騎士もいるが、だからといって安心することはできない。ヴェルナー様が立っていたら話は別だが。部屋の隅の方で仕事をしているヘンドリックお兄様も手を止めている。
「ヨハン・クレヴィング様です」
部屋の外に立っている騎士の声が聞こえ、空気が緩んだ。
クルトお兄様がほっと息をつき扉を開けた。
「こんにちは、体調はどう?エレナちゃん」
「はい、最近はかなりよくなってきましたわ。本日はどのようなご用事で?」
アポは特にない。城に来たついでに寄ってくれたのだろうか。それともヘンドリックお兄様に用事か。ヨハンはにこっと笑った。
「突然でごめんね。エレナちゃんにお願いがあって来たんだ」
「ヨハン様がわたくしにお願い、ですか?」
「兄様がエレナにお願いすることなんてあるの?全然考えられないんだけど」
クリスの言う通り。私がヨハンを頼ることはあっても、ヨハンが私を頼ることはない。必要ないからだ。
「もしかして怪我とか病気、ですか?」
そういう点では確かに私に頼むのが手っ取り早いだろう。心配になってそう聞くと、ヨハンは「違うよ」と笑った。
「ごめんね、ちょっと語弊があったみたい。エレナちゃんにお願いしたいことって言っても、別に何かをしてもらいたいわけではないんだ」
少し言いづらそうに見えるのは気のせいだろうか。
クルトお兄様とヘンドリックお兄様の視線を感じる。もしかすると人に聞かれたくない話だろうか。
「あの、もし必要でしたらお兄様方には一度席を外してもらいますが?」
クリスが「私も?」と首を傾げる。長時間は無理だけど数分くらいならお兄様達も許してくれるだろう。
「ああ、そうじゃないよ、大丈夫。ただ、私がこれを言ったとして、エレナちゃんの答えは一つだろうな、と思っただけだよ」
ヨハンが微笑んだ。
答えが分かっていても言う必要があるってこと?
「はっきりと言うよ。アリアをもらいたいんだ」
……アリアをもらいたい?
「と、言いますと?」
ちょっと理解ができなくて聞き返す。ヨハン様はもう一度同じ言葉を繰り返した。
「アリアを私にもらいたい。つまりは主人であるエレナちゃんに結婚の許可が欲しいんだ」
隣でクリスが驚いていた。全身で驚いていた。オーバーすぎるんじゃないかと思うくらいのリアクション。でもきっとクリスがしてなかったら私がしていた。
アリアとヨハンが結婚?それは、いつの間にそんなことになっていたのだろう。私は全く何も知らないのだけど。
クルトお兄様は必死に驚きを隠そうとしている。ヘンドリックお兄様は表情一つ変えない。
「えっと、ヨハン様はアリアと恋仲なのですか?」
「そうじゃないよ。だけど先日、求婚はした。そうしたらエレナちゃんの許可がないとできない、と言われたからこうしてここに来たわけだよ」
……なるほど。
ヨハンがなぜアリアと結婚したいのかはよく分からないけど、ヨハンのことだ。大事にしてくれるだろう。それなら私の答えは一つだけ。
「答えはもう分かっている、とおっしゃいましたが、敢えて言いましょう。わたくしはアリアを大事にしてくださる殿方でしたら大歓迎です。ですが、アリアの意思を一番に尊重いたします」
結婚するのはアリア。いくら私が主人だと言っても「どうぞ」と言えるわけがない。アリアがどうしたいか、だ。
ヨハンは微笑んで頷いた。
「アリアはわたくしにとって姉のような存在。もしお時間がありましたら、今ここにアリアを呼び、共にお話をお聞きしてもよろしいですか?」
アリアは結婚をする気がない。それは聞かなくとも見ていれば分かる。だけどやはり、仕える私の前だと落ち着くこともできないだろう。できればアリアが心から落ち着くことのできる居場所を見つけて欲しいと思っていた。
なんだかこれは物凄いチャンスな気がする。これ以上に信頼できる嫁ぎ先はこの先二度と見つからないだろう。
「よろしくお願いするよ」
ヨハンの返事に私は頷いてベルを鳴らした。
ついさっき「アリアの意思を一番に尊重する」などと偉そうに言ったが、内容次第では全力でヨハンの援護射撃をしよう、と思っていた。
……もちろん一番はアリアの幸せだけどね!?
しなければならない仕事が終わり、クリスと部屋でお茶を飲んでいると、ノックの音が聞こえた。
空気がピリ付き、クルトお兄様がすぐに動いた。
「どなたですか?」
実は私が妊娠してから、もう数回は殺されかけているのだ。ご飯に毒を盛られたこと三回。廊下を歩いていて襲われたこと一回。来客を装って部屋に押し込んできたこと二回。ユリウス様曰く、夜中に天井裏に鼠が忍び込んだこともあったそう。
おかげですっかり来客には警戒モードだ。扉の向こうには騎士もいるが、だからといって安心することはできない。ヴェルナー様が立っていたら話は別だが。部屋の隅の方で仕事をしているヘンドリックお兄様も手を止めている。
「ヨハン・クレヴィング様です」
部屋の外に立っている騎士の声が聞こえ、空気が緩んだ。
クルトお兄様がほっと息をつき扉を開けた。
「こんにちは、体調はどう?エレナちゃん」
「はい、最近はかなりよくなってきましたわ。本日はどのようなご用事で?」
アポは特にない。城に来たついでに寄ってくれたのだろうか。それともヘンドリックお兄様に用事か。ヨハンはにこっと笑った。
「突然でごめんね。エレナちゃんにお願いがあって来たんだ」
「ヨハン様がわたくしにお願い、ですか?」
「兄様がエレナにお願いすることなんてあるの?全然考えられないんだけど」
クリスの言う通り。私がヨハンを頼ることはあっても、ヨハンが私を頼ることはない。必要ないからだ。
「もしかして怪我とか病気、ですか?」
そういう点では確かに私に頼むのが手っ取り早いだろう。心配になってそう聞くと、ヨハンは「違うよ」と笑った。
「ごめんね、ちょっと語弊があったみたい。エレナちゃんにお願いしたいことって言っても、別に何かをしてもらいたいわけではないんだ」
少し言いづらそうに見えるのは気のせいだろうか。
クルトお兄様とヘンドリックお兄様の視線を感じる。もしかすると人に聞かれたくない話だろうか。
「あの、もし必要でしたらお兄様方には一度席を外してもらいますが?」
クリスが「私も?」と首を傾げる。長時間は無理だけど数分くらいならお兄様達も許してくれるだろう。
「ああ、そうじゃないよ、大丈夫。ただ、私がこれを言ったとして、エレナちゃんの答えは一つだろうな、と思っただけだよ」
ヨハンが微笑んだ。
答えが分かっていても言う必要があるってこと?
「はっきりと言うよ。アリアをもらいたいんだ」
……アリアをもらいたい?
「と、言いますと?」
ちょっと理解ができなくて聞き返す。ヨハン様はもう一度同じ言葉を繰り返した。
「アリアを私にもらいたい。つまりは主人であるエレナちゃんに結婚の許可が欲しいんだ」
隣でクリスが驚いていた。全身で驚いていた。オーバーすぎるんじゃないかと思うくらいのリアクション。でもきっとクリスがしてなかったら私がしていた。
アリアとヨハンが結婚?それは、いつの間にそんなことになっていたのだろう。私は全く何も知らないのだけど。
クルトお兄様は必死に驚きを隠そうとしている。ヘンドリックお兄様は表情一つ変えない。
「えっと、ヨハン様はアリアと恋仲なのですか?」
「そうじゃないよ。だけど先日、求婚はした。そうしたらエレナちゃんの許可がないとできない、と言われたからこうしてここに来たわけだよ」
……なるほど。
ヨハンがなぜアリアと結婚したいのかはよく分からないけど、ヨハンのことだ。大事にしてくれるだろう。それなら私の答えは一つだけ。
「答えはもう分かっている、とおっしゃいましたが、敢えて言いましょう。わたくしはアリアを大事にしてくださる殿方でしたら大歓迎です。ですが、アリアの意思を一番に尊重いたします」
結婚するのはアリア。いくら私が主人だと言っても「どうぞ」と言えるわけがない。アリアがどうしたいか、だ。
ヨハンは微笑んで頷いた。
「アリアはわたくしにとって姉のような存在。もしお時間がありましたら、今ここにアリアを呼び、共にお話をお聞きしてもよろしいですか?」
アリアは結婚をする気がない。それは聞かなくとも見ていれば分かる。だけどやはり、仕える私の前だと落ち着くこともできないだろう。できればアリアが心から落ち着くことのできる居場所を見つけて欲しいと思っていた。
なんだかこれは物凄いチャンスな気がする。これ以上に信頼できる嫁ぎ先はこの先二度と見つからないだろう。
「よろしくお願いするよ」
ヨハンの返事に私は頷いてベルを鳴らした。
ついさっき「アリアの意思を一番に尊重する」などと偉そうに言ったが、内容次第では全力でヨハンの援護射撃をしよう、と思っていた。
……もちろん一番はアリアの幸せだけどね!?
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