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クリスの話
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お茶を飲む。少し冷めていた。
静かな部屋の中。ふと私は疑問に思い、尋ねた。
「……クリスもなの?」
クリスが私を見て、「何が?」と首を傾げた。
「さっき、皆同じ人に惹かれて、って言ったけど、クリスもそうなの?」
普通に考えたらそれは聞かない方がいい問いだったのかもしれない。でもこの時の私は自然と口をついて出た。
クリスは一瞬考えるように視線を落とし、そして微笑んだ。
「もちろんだよ」
戸惑いとか、気まずさとか、そんなのは一切なかった。ただただ嬉しかった。
「でもね」とクリスは続ける。
「私の好きは、恋愛感情とは少し違うみたい。私は自分が男だって分かってるけど、女として育てられたせいか、男性も女性も異性として見ることは出来ないの」
その気持ちはきっとクリスにしか分からない。同じように育てられた他の人にもきっと。クリスだけの感覚だろう。
私だってクリスのことを異性として見ることは出来ない。
「だけど、私が男として生きる日が来て、もしも子供をもつことになったら、エレナに産んで欲しいと思うよ」
クリスの私に対する気持ちは恋ではない。私のクリスに対する気持ちは恋ではない。ただお互いに好きなだけ。
きっとその「もしも」の日は来ない。二人とも分かっている。
それでもクリスの言葉に私の心は溢れた。
「もちろんよ。その時はぜひ」
ふふっと笑う。
視界の端でクルトお兄様が耳を塞いでいた。
今の会話は、知らない人が聞いたらとても堂々とした不倫に聞こえたかもしれない。
クルトお兄様は私の護衛騎士だけど、騎士団の主人は現時点で皇帝陛下だ。私が不貞を働けばもちろん報告する義務がある。
別に不貞とかそういうのではないけど、聞かなかったことにしてくれたのだ。確かに陛下はともかく、今の会話がユリウス様の耳に入ったらクリスが危ない。
軽い気持ちで発した言葉を心の中で反省する私とは反対に、クリスは「あー」と伸びをした。
「でもさー、実際、いつまでこの格好でいられるかな?」
それは私も少し考えたことがある。
「別に男になりたいわけではないけど、これから歳をとって、私もおじさんになるわけじゃん?」
おじさん。その言葉があまりにもクリスと不釣り合いで思わず笑ってしまった。
「……私の母様は後妻なんだけどさ」
クリスが話し始めた。
「母様さ、親に反対される中で半ば無理やり父様と結婚したらしくてね、母様の実家が、それならせめて子供は後継にしろってうるさかったんだって」
よく聞く話ではある。
確か前妻のヨハンのお母さんは亡くなっているはずだ。自分の産んだ子供が後継かどうかというのは母親にとって大きな問題である。後妻も悪くはないけど、クリスの親はもう既に後継候補がいる家よりも、確実な家に嫁がせたかったのだろう。
それにしても家の反対を押し切って結婚って……さすがクリスのお母さんって感じ。
「だから生まれた子供を女だって嘘ついて育てたらしい」
「確かに二番目の女の子よりも、一番目の男の子の方が有利よね」
後継は基本的に上から権利が与えられる。そして女の子も後継になることはできるが、やはり嫁に出ることの方が多いのが現実で、後継に期待されることは少ない。
そうなるとクリスのお母さんがついた嘘はかなり効果がある。
「今ではもう母様の両親も亡くなられてるみたいだし、好きに生きていいって母様も言ってる」
「じゃあクリスはもうどちらを選んでもいいのね」
「うん……」
今まで聞いたことのない話。私が問うた訳ではない話。それを話すということは、クリスはこれでも結構迷っているのかもしれない。
「わたくしはクリスがこれからもわたくしの近くにいてくれるならどちらでもいいわよ」
男だろうが女だろうがクリスはクリス。しかしもしクリスが男に戻るのなら、ヘンドリックお兄様との関係はどうなるのだろう。ちらっと考えたが、その辺は陛下がどうにでもしてくれそうだ。
「エレナはさ、嫌じゃないの?」
「何が?」
急な問いに首を傾げる。私が嫌な要素が何かあっただろうか。
「いや、ほら、私男なわけじゃん?子供の時ならまだしももういい大人だし、気持ち悪くないのかなーって……」
だんだんと小さくなる声に、クリスの不安が見てとれた。クリスらしくない。そう思った。
「そんなこと思ったことないわ。似合っていないならともかく、自分よりも可愛い女の子を男だなんて思ったことないし、気持ち悪いなんて論外よ」
パーティーなどでクリスが着飾るたびに、自分よりも可愛いその姿に少しショックを受けることもある。内緒だけど。
「クリスは好きなようにしたらいいわ。男でも女でも。もしドレスが似合わなくなる日が来たら、そのときはわたくしが指摘してあげるから」
クリスは私の言葉に満面の笑みを浮かべた。
静かな部屋の中。ふと私は疑問に思い、尋ねた。
「……クリスもなの?」
クリスが私を見て、「何が?」と首を傾げた。
「さっき、皆同じ人に惹かれて、って言ったけど、クリスもそうなの?」
普通に考えたらそれは聞かない方がいい問いだったのかもしれない。でもこの時の私は自然と口をついて出た。
クリスは一瞬考えるように視線を落とし、そして微笑んだ。
「もちろんだよ」
戸惑いとか、気まずさとか、そんなのは一切なかった。ただただ嬉しかった。
「でもね」とクリスは続ける。
「私の好きは、恋愛感情とは少し違うみたい。私は自分が男だって分かってるけど、女として育てられたせいか、男性も女性も異性として見ることは出来ないの」
その気持ちはきっとクリスにしか分からない。同じように育てられた他の人にもきっと。クリスだけの感覚だろう。
私だってクリスのことを異性として見ることは出来ない。
「だけど、私が男として生きる日が来て、もしも子供をもつことになったら、エレナに産んで欲しいと思うよ」
クリスの私に対する気持ちは恋ではない。私のクリスに対する気持ちは恋ではない。ただお互いに好きなだけ。
きっとその「もしも」の日は来ない。二人とも分かっている。
それでもクリスの言葉に私の心は溢れた。
「もちろんよ。その時はぜひ」
ふふっと笑う。
視界の端でクルトお兄様が耳を塞いでいた。
今の会話は、知らない人が聞いたらとても堂々とした不倫に聞こえたかもしれない。
クルトお兄様は私の護衛騎士だけど、騎士団の主人は現時点で皇帝陛下だ。私が不貞を働けばもちろん報告する義務がある。
別に不貞とかそういうのではないけど、聞かなかったことにしてくれたのだ。確かに陛下はともかく、今の会話がユリウス様の耳に入ったらクリスが危ない。
軽い気持ちで発した言葉を心の中で反省する私とは反対に、クリスは「あー」と伸びをした。
「でもさー、実際、いつまでこの格好でいられるかな?」
それは私も少し考えたことがある。
「別に男になりたいわけではないけど、これから歳をとって、私もおじさんになるわけじゃん?」
おじさん。その言葉があまりにもクリスと不釣り合いで思わず笑ってしまった。
「……私の母様は後妻なんだけどさ」
クリスが話し始めた。
「母様さ、親に反対される中で半ば無理やり父様と結婚したらしくてね、母様の実家が、それならせめて子供は後継にしろってうるさかったんだって」
よく聞く話ではある。
確か前妻のヨハンのお母さんは亡くなっているはずだ。自分の産んだ子供が後継かどうかというのは母親にとって大きな問題である。後妻も悪くはないけど、クリスの親はもう既に後継候補がいる家よりも、確実な家に嫁がせたかったのだろう。
それにしても家の反対を押し切って結婚って……さすがクリスのお母さんって感じ。
「だから生まれた子供を女だって嘘ついて育てたらしい」
「確かに二番目の女の子よりも、一番目の男の子の方が有利よね」
後継は基本的に上から権利が与えられる。そして女の子も後継になることはできるが、やはり嫁に出ることの方が多いのが現実で、後継に期待されることは少ない。
そうなるとクリスのお母さんがついた嘘はかなり効果がある。
「今ではもう母様の両親も亡くなられてるみたいだし、好きに生きていいって母様も言ってる」
「じゃあクリスはもうどちらを選んでもいいのね」
「うん……」
今まで聞いたことのない話。私が問うた訳ではない話。それを話すということは、クリスはこれでも結構迷っているのかもしれない。
「わたくしはクリスがこれからもわたくしの近くにいてくれるならどちらでもいいわよ」
男だろうが女だろうがクリスはクリス。しかしもしクリスが男に戻るのなら、ヘンドリックお兄様との関係はどうなるのだろう。ちらっと考えたが、その辺は陛下がどうにでもしてくれそうだ。
「エレナはさ、嫌じゃないの?」
「何が?」
急な問いに首を傾げる。私が嫌な要素が何かあっただろうか。
「いや、ほら、私男なわけじゃん?子供の時ならまだしももういい大人だし、気持ち悪くないのかなーって……」
だんだんと小さくなる声に、クリスの不安が見てとれた。クリスらしくない。そう思った。
「そんなこと思ったことないわ。似合っていないならともかく、自分よりも可愛い女の子を男だなんて思ったことないし、気持ち悪いなんて論外よ」
パーティーなどでクリスが着飾るたびに、自分よりも可愛いその姿に少しショックを受けることもある。内緒だけど。
「クリスは好きなようにしたらいいわ。男でも女でも。もしドレスが似合わなくなる日が来たら、そのときはわたくしが指摘してあげるから」
クリスは私の言葉に満面の笑みを浮かべた。
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