追放された私は北国の王に拾われる

紅蘭

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マリーの仕事

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「……暇ですね」


そう呟いたのはマリーだった。私は何をするでもなくただ壁を見つめる。

ユルンへ来て早1週間。あの日エーリッヒ様が言った通り、マリーは使用人の仕事をさせてもらえていない。洗濯をしに行ったら取り上げられ、掃除をしに行ったらとんでもないと言われ、本当にエーリッヒ様の客として扱われているらしい。

何度ただの使用人だと言っても「ファルラニアの貴族のお嬢様が連れて来るのがただの使用人なわけがない」と聞いてもらえないとのことだ。

確かにマリーはただの使用人ではない。私の姉のような存在だ。だから連れて来た。


「そろそろどこか行ってみませんか?リーゼロッテ様もこのお部屋からほとんど出てられないではありませんか」


マリーの言葉に私は首を横に振る。確かにここへ来て何もしていない。というか、仕事がないと何をしたらいいのか分からない。かと言ってどこかへ行く気も起きない。


「私はいいわ。何度も言っているじゃない。ギドと一緒に行って来たらいいわ」


ギドはどうやら毎日あちこち行っているようだ。夜などはたまに近くに気配を感じることもある。


「ギドですか……あまり気は進みません」


マリーが諦めたようにそう言った。


「リヒャルト様は2階の図書室から本を持ってきて読んでいるみたいですよ」


リヒャルトは小さな頃から本が好きだったけれど今でも好きなのね。姉なのにそんなことも知らないなんて。ここ数年はリヒャルトとゆっくり話をする時間もなかった。この機会に色々と話をするというのもいいかもしれない。

コンコン、とノックの音がした。思わず身構えるが、ここはファルラニアではないのだ、と自分に言い聞かせる。返事をする前に扉が開いた。入って来たのはギドだ。


「軽々しくリーゼロッテ様のお部屋に来ないでと何度も言ったでしょう!」


マリーが少し怒ったように言った。私は気にしないのに、ギドがここへ来ればいつも言っている。ギドももう慣れたように適当に頷いた。


「はいはい。マリー、王様が呼んでる」

「私を?」


マリーがこちらを向く。これは行っていいのか許可を求めているのだろうか。私が止める理由はない。そもそもマリーをここへ連れて来たのは世話をしてもらうわけではない。マリーも私の側にいなくとも好きにしてもらっていいのだ。


「いってらっしゃい。私はここにいるから気にしないで」


そう言ってもマリーはどこか不安そうだ。私の心配をしているように見える。


「エーリッヒ様がお呼びなのでしょう?大丈夫よ」


そんなに心配しなくとも自分のことは自分でできる。


「お嬢だって子供じゃないんだ。ほら、行った行った」


ギドが右手を振り、マリーは「すぐに戻ります」とだけ言って部屋を出た。ここへ来てからエーリッヒ様には会っていない。私は部屋から最低限しか出ていないし、エーリッヒ様は忙しいのだろう。いつも夜遅くに部屋へ向かう足音が聞こえる。


「ここの暮らしはどう?」


扉の近くに立ったままのギドに聞くと、ギドは「悪くはねぇぜ」と答えた。


「寒いし貧しい国だ。でも皆のびのびと暮らしてる。ファルラニアみたいにせかせかもしてねえ。余所者の俺にも親切だ」


まさかギドの口から『親切』などという言葉が出てこようとは。しかし意外にもこの国を気に入っているみたいだ。ギドは「ただ」と続ける。


「命のやり取りが絡むと異様な雰囲気になる。狩りをすることにすら怯えている」

「それは命を奪うことに抵抗があるということ?」

「ちょっと違う。あの村でも感じただろ?まるで狩りをすること自体が禁忌だとでも言いたげな雰囲気だ」


ああ、と少し納得した。民が何に怯えているのかなんとなく想像がつく。『罰』だ。だけど狩りをしなければ食べるものはない。


「この国では狩りはダメなのかと思って王様に確認したぜ」

「エーリッヒ様はなんと?」

「食べる分だけなら問題ない、だとよ」

「じゃあいいじゃない。民が怯えるならあなたが変わりに狩ってあげたらいいわ。得意でしょう?」


そう言うとギドは少し嫌そうな顔をした。この男は馴れ合いを嫌う。だけど『親切』という言葉が出て来る時点ですでに馴れ合っているのでは、とも思う。


「……外は寒いの?」

「気になるなら自分で外に出たらいいだろ」


一瞬言葉に詰まった。外に出たくないわけではない。この国を見てみたい気もする。だけど出る気が起きない。この部屋から出ようと思わない。


「安心しろ。俺が見る限りここには暗殺者もいないし、悪意のある奴もいない。お前に危害を加える奴はいねえよ」


そうかもしれない。私のことを知っている人はここにはいない。私を殺して得をする人もいない。だけど、


「エーリッヒ様を恨む人はいるでしょう?」


現に彼は毒を盛られた。そしてそれに慣れているようでもあった。


「……もう見たくないのよ。人の悪意なんて」


そうだろうな、とギドが呟く。机に突っ伏す。今はギドしかいない。彼相手に取り繕う必要もない。

沈黙の時間が流れた。少しするとマリーの小さな足音が聞こえ、ノックの後扉が開いた。椅子に座り直す。入って来たマリーの表情は少し曇っている。


「どうしたの?何か嫌なことがあったの?」

「いえ、そういうわけでは……」


言葉を濁すマリー。


「何かあるなら話してちょうだい。あなたの元気がないと寂しいわ」


そう言うとマリーは口を開いた。


「……例の村の病気の女の子の迎えを頼まれたのです。馬車と御者は出すけれど、迎えに行ける人間がいない、と」


そりゃそうだ、と頷いたのはギドだった。


「城の人間も町の人間も冬支度で忙しい。手が空いているのは俺たちくらいだ。このメンバーではお前が適任だろうな」

「お仕事がしたいってよく言っているじゃない。行くことが嫌なわけではないのでしょう?」

「病気の娘を1人で来させるわけにもいかねぇだろ」


マリーは俯いた。


「分かっていますし、嫌ではありません。迎えでもお世話でも仕事がもらえるなら喜んでします」

「じゃあいいじゃねえか。行って来い」


マリーはしっしと手を振るギドをキッと睨んだ。2人の言い合いが始まるかと思ったが、マリーはまた俯いた。


「行けば何日もかかります。その間リーゼロッテ様のお側には……」

「そんなことを気にしているの?」


あまりにも予想外な言葉に驚いた。あの村まで行って帰って、早くて5日。ゆっくりでも6日。たった6日だ。別に誰かが側にいないと生活できないなんてことはない。


「何度も言っているでしょう?私は大丈夫よ。自分のことは自分でするわ」


私の言葉に重ねるようにギドが言った。


「お嬢のことは俺が見てやる。お前は行って来い」


大丈夫だって今言ったところなのに。過保護なのはマリーだけではないのか。


「この城の主人はエーリッヒ様よ。ここにいる以上、私たちもエーリッヒ様に従わないといけないわ。断れるほどの立場にないの」


最初から悩む必要などない。エーリッヒ様の頼みは絶対だ。とは言え、断ったところで怒るような人でもないだろうが。

マリーは「そうですよね」と頷いた。


「近いうちに発つことになると思います」


ええ、と頷いたが、マリーの表情は依然として暗いままだった。
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