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誘い
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翌朝はギドの声で目が覚めた。
「お嬢、洗顔用の水持って来たぜ」
扉の閉まる音にハッとして飛び起きた。窓を見るが外は薄暗くて時間は分からない。
「おっと、寝坊とは珍しいな」
顔は洗っていない、髪もボサボサ、ベッドから出てもいない私の姿はギド以外に見せられるものではなかった。来たのがギドでよかった、と息を吐く。
「よく寝れたみたいだな」
「……ええ、あのパーティーの時以来かしら」
途中で起きることも夢を見ることすらもなかった。こんなにもぐっすり眠ったのはパーティーで倒れた時以来。
夜に外に出たことで疲れたのか、あの花を見たことでリラックスしたのか、他の要因か。何故ぐっすり眠れたのかは分からない。
「もう少し寝てもいいぜ」
水桶を置いてギドが言った。何故だろう。普通に優しい。そういえば昨日から甲斐甲斐しく世話もしてくれる。この男はこうだっただろうか。
「何か企んでいるの?私に優しくしても何もないわよ」
眉を顰めるとギドは「おいおい」と苦笑した。
「何も企んでねぇよ。知らなかったか?俺は優しい男だぜ?」
「知らないわよ。私の知っているあなたは冷酷な暗殺者だもの」
それもそうか、とギドは笑った。
「俺もこんなに誰かの世話を焼いたのは久しぶりだ。自分で自分に驚くぜ」
ベッドから出るとギドは「今日は調子良さそうだな」と私を見た。首を傾げる。調子がいいとはなんだろう。確かに良く眠れたけれど、別にいつもが調子が悪いわけではない。
「もう起きるなら飯持って来る。顔洗っておけ」
ギドは私の返事を待たずに出て行った。随分と機嫌が良さそうだった。調子がいいのは私ではなくギドだろう。
冷たい水で顔を洗うと、一気に目が覚めた。壁にかかっているエーリッヒ様の上着が目に入った。昨夜のことを思い出す。静かであたたかく、優しい人だ。自然と頬がほころんだ。
扉が開いてギドが入って来た。
「何かいいことあったか?」
いいこと。昨夜の散歩は『いいこと』なのだろうか。少し考えて頷いた。心の底から笑みが溢れる。
「ええ、すごくいいことがあったの」
楽しかった。そう思ったのはいつぶりだろう。こんなふうに笑ったのはいつぶりだろう。何故かギドも嬉しそうに笑っていた。
コンコン、とノックの音がしたのは朝食から少し経った頃だった。ギドが来たのだと思った。
「入っていいわよ」
机に突っ伏したままそちらを見ることなく答える。扉は開いてもギドは喋らなかった。入って来る足音も聞こえない。
「ギド?」
不思議に思って顔を上げるとそこに立っていたのは違う人だった。
「エ、エーリッヒ様!」
驚いて立ち上がると、エーリッヒ様は少し視線を逸らして言った。
「すまない」
乱れた髪を手で整え、服も整える。顔から火が出るほど恥ずかしい。リヒャルトにすら見せられないようなところをよりにもよってエーリッヒ様に見せてしまったのだ。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません……!お見苦しい姿をお見せして……ギドが来たのかと思いました」
なんでちゃんと確認しなかったのよ!私の馬鹿!
心の中で自分を罵倒するが、それで恥が消えるわけでもない。
「わ、忘れてください……」
声を絞り出してそう言うとエーリッヒ様は頷いた。忘れてと言われて忘れられるものではないだろうが、とりあえず頷いてくれたので良しとする。というか他にどうしようもない。
「あなたは随分とギドに心を許しているのだな」
「私がですか?」
なんの冗談かと思ったが、エーリッヒ様は冗談を言っているふうでもない。第三者にはそう見えるのか、と思う。
「心を許しているだなんてとんでもない。ギドはずっと近くにいました。今更隠すようなことがないだけです」
机で寝てしまったところも、殺されかけてボロボロになったところも、寝不足で倒れたところも見られている。なんなら倒れたところを支えられたこともある。
そうか、とエーリッヒ様は呟いた。
「信用はしておりますが、信頼はしていません。いつまた殺そうとされるかも分からない相手ですから」
お金を出せばなんでもしてくれる。それは裏を返せば、誰かがお金を出せば敵にもなりうるということ。
心を許すなんてとんでもない。ただ、ギドが本気で私を殺そうとするなら手も足も出ないので、諦めているところはある。
「ところで、何かご用事があったのでは?」
エーリッヒ様はああ、と頷く。
「これから町に出る。一緒に行かないか?」
その誘いはマリーにもギドにもリヒャルトにも何度もされた。その度に迷わず断った。
いいえ、と言おうとして昨夜のことを思い出した。あれはとても楽しかった。エーリッヒ様と一緒にいるのは心地よい。迷った。視線がさまよった。言葉が出ない私にエーリッヒ様は言った。
「迷うくらいならば行けばいい。嫌ならすぐに帰ることができる」
そう言われ、私は戸惑いながらも頷いた。
「外は寒い。何か上に着てくるといい」
そう言ってエーリッヒ様は部屋から出て行った。少し迷って私は昨夜のエーリッヒ様の服を着た。これを着ていけばエーリッヒ様はどんな顔をするだろうか。そう思いながら扉を開けると、そこに立っていたエーリッヒ様は驚きの表情で私を見た。
ふふっと笑う。
「少々お借りしていてもよろしいですか?」
「それは構わないが……」
戸惑いながらもそう答えるエーリッヒ様はいつもの無表情ではない。なんだか少し嬉しかった。
「お嬢、洗顔用の水持って来たぜ」
扉の閉まる音にハッとして飛び起きた。窓を見るが外は薄暗くて時間は分からない。
「おっと、寝坊とは珍しいな」
顔は洗っていない、髪もボサボサ、ベッドから出てもいない私の姿はギド以外に見せられるものではなかった。来たのがギドでよかった、と息を吐く。
「よく寝れたみたいだな」
「……ええ、あのパーティーの時以来かしら」
途中で起きることも夢を見ることすらもなかった。こんなにもぐっすり眠ったのはパーティーで倒れた時以来。
夜に外に出たことで疲れたのか、あの花を見たことでリラックスしたのか、他の要因か。何故ぐっすり眠れたのかは分からない。
「もう少し寝てもいいぜ」
水桶を置いてギドが言った。何故だろう。普通に優しい。そういえば昨日から甲斐甲斐しく世話もしてくれる。この男はこうだっただろうか。
「何か企んでいるの?私に優しくしても何もないわよ」
眉を顰めるとギドは「おいおい」と苦笑した。
「何も企んでねぇよ。知らなかったか?俺は優しい男だぜ?」
「知らないわよ。私の知っているあなたは冷酷な暗殺者だもの」
それもそうか、とギドは笑った。
「俺もこんなに誰かの世話を焼いたのは久しぶりだ。自分で自分に驚くぜ」
ベッドから出るとギドは「今日は調子良さそうだな」と私を見た。首を傾げる。調子がいいとはなんだろう。確かに良く眠れたけれど、別にいつもが調子が悪いわけではない。
「もう起きるなら飯持って来る。顔洗っておけ」
ギドは私の返事を待たずに出て行った。随分と機嫌が良さそうだった。調子がいいのは私ではなくギドだろう。
冷たい水で顔を洗うと、一気に目が覚めた。壁にかかっているエーリッヒ様の上着が目に入った。昨夜のことを思い出す。静かであたたかく、優しい人だ。自然と頬がほころんだ。
扉が開いてギドが入って来た。
「何かいいことあったか?」
いいこと。昨夜の散歩は『いいこと』なのだろうか。少し考えて頷いた。心の底から笑みが溢れる。
「ええ、すごくいいことがあったの」
楽しかった。そう思ったのはいつぶりだろう。こんなふうに笑ったのはいつぶりだろう。何故かギドも嬉しそうに笑っていた。
コンコン、とノックの音がしたのは朝食から少し経った頃だった。ギドが来たのだと思った。
「入っていいわよ」
机に突っ伏したままそちらを見ることなく答える。扉は開いてもギドは喋らなかった。入って来る足音も聞こえない。
「ギド?」
不思議に思って顔を上げるとそこに立っていたのは違う人だった。
「エ、エーリッヒ様!」
驚いて立ち上がると、エーリッヒ様は少し視線を逸らして言った。
「すまない」
乱れた髪を手で整え、服も整える。顔から火が出るほど恥ずかしい。リヒャルトにすら見せられないようなところをよりにもよってエーリッヒ様に見せてしまったのだ。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません……!お見苦しい姿をお見せして……ギドが来たのかと思いました」
なんでちゃんと確認しなかったのよ!私の馬鹿!
心の中で自分を罵倒するが、それで恥が消えるわけでもない。
「わ、忘れてください……」
声を絞り出してそう言うとエーリッヒ様は頷いた。忘れてと言われて忘れられるものではないだろうが、とりあえず頷いてくれたので良しとする。というか他にどうしようもない。
「あなたは随分とギドに心を許しているのだな」
「私がですか?」
なんの冗談かと思ったが、エーリッヒ様は冗談を言っているふうでもない。第三者にはそう見えるのか、と思う。
「心を許しているだなんてとんでもない。ギドはずっと近くにいました。今更隠すようなことがないだけです」
机で寝てしまったところも、殺されかけてボロボロになったところも、寝不足で倒れたところも見られている。なんなら倒れたところを支えられたこともある。
そうか、とエーリッヒ様は呟いた。
「信用はしておりますが、信頼はしていません。いつまた殺そうとされるかも分からない相手ですから」
お金を出せばなんでもしてくれる。それは裏を返せば、誰かがお金を出せば敵にもなりうるということ。
心を許すなんてとんでもない。ただ、ギドが本気で私を殺そうとするなら手も足も出ないので、諦めているところはある。
「ところで、何かご用事があったのでは?」
エーリッヒ様はああ、と頷く。
「これから町に出る。一緒に行かないか?」
その誘いはマリーにもギドにもリヒャルトにも何度もされた。その度に迷わず断った。
いいえ、と言おうとして昨夜のことを思い出した。あれはとても楽しかった。エーリッヒ様と一緒にいるのは心地よい。迷った。視線がさまよった。言葉が出ない私にエーリッヒ様は言った。
「迷うくらいならば行けばいい。嫌ならすぐに帰ることができる」
そう言われ、私は戸惑いながらも頷いた。
「外は寒い。何か上に着てくるといい」
そう言ってエーリッヒ様は部屋から出て行った。少し迷って私は昨夜のエーリッヒ様の服を着た。これを着ていけばエーリッヒ様はどんな顔をするだろうか。そう思いながら扉を開けると、そこに立っていたエーリッヒ様は驚きの表情で私を見た。
ふふっと笑う。
「少々お借りしていてもよろしいですか?」
「それは構わないが……」
戸惑いながらもそう答えるエーリッヒ様はいつもの無表情ではない。なんだか少し嬉しかった。
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