あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第一章

アオイⅡ

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紗苗さんの家の前まできて不自然じゃないように立ち止まる。

アオイちゃんの家は両隣のどちらか。

向かって左側の家の庭に老夫婦がいたので聞こうと思ったその時、右側の家へ入っていこうとする女の子が視界の端に映った。


「アオイちゃん?」


思わず呼んでしまった。

通報されないかとドキドキしていると、女の子は僕を見た。

明らかに戸惑っている。麗奈ちゃんとは違う高校の制服だ。


「えっと、どなたですか?」


この子がアオイちゃんだ。


「あ、ごめん、僕紗苗さんと付き合っていたんだけど、えっと……」


それ以上なんて言えばいいのか分からなかった。

だけどアオイちゃんはああ、と頷いた。


「もしかして弘介さん、ですか?」

「うん、そう」


やっぱり紗苗さんはこの子に僕のことを話していたんだ。

僕にアオイちゃんの話をしたように。

アオイちゃんが僕の方へ近づいて来たので、僕もそちらへ近づく。

あまり近づきすぎないように気を付けながら距離を詰めた。


「私に何か用事でしょうか?」

「えっと、用事というか、アオイちゃんに会ってみたかっただけなんだ」


ああ、今のは変に思われそうな言い方だった。

言葉を変えてもう一度言おうと思ったけど、アオイちゃんが先に言った。


「あの、気のせいじゃなさそうなんですけど、私の名前、アオです。アジアの亜に、糸偏に者の緒です。アオイじゃありません」


え?

想像もしていなかった言葉に思考が止まった。

アオイちゃんじゃなくて亜緒ちゃん?

紗苗さんは「アオイちゃん」と呼んでいたような気がするが……僕は今まで勘違いをしていたのだろうか。


「ごめん、亜緒ちゃんなんだ」

「いえ、気にしないでください」


失礼な間違いにも関わらず亜緒ちゃんは全く気を悪くした感じがない。

あまり女の子を引き留めるのも申し訳ない。

聞きたいことだけを聞こうと思った。


「もしよかったら教えて欲しいんだけど、亜緒ちゃんはサックスか何かしてる?」

「いえ……小さい頃はピアノをしていましたけどサックスはしたことありません」


やっぱり。何とも言えない気持ちになった。

正直聞かなくても分かっていたし、改めてショックはうけなかった。


「そっか、ごめんね、いきなり呼び止めて。ありがとう」

「あ、はい……」


もう聞きたいことは聞いたしさっさと帰ろう。

怪しまれて通報されるのもごめんだ。

立ち去ろうとして思いついた。もう一つだけ。

振り返ると亜緒ちゃんはまだ僕の方を見ていた。


「亜緒ちゃんが紗苗さんに薦めたっていう本なんだけど、紗苗さんがあの本のどこを好きだったか知ってる?」


本のタイトルを言うと亜緒ちゃんはまた首を傾げる。


「すみません、どこを好きだったかは知りません。それに、あれは私が紗苗さんに教えてもらったんですけど……」

「……そっか。ありがとう」


これも僕の思い違いだったか。

今度こそその場から離れると、自分が思った以上にへこんでいることが分かった。
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