あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第一章

アオイⅤ

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別に隠すようなことではないなと思い、僕は口を開いた。


「優しくて温かい人だったよ。僕は紗苗さん以外の人とこの先を一緒に生きるなんて想像もできない」


きっぱりとそう言う。

麗奈ちゃんが今どんな顔をしているのか気になって、目だけで見てみた。


「そう、ですか」


笑っていた。

なんでこの子は笑っているんだ。僕のことが好きではないのか?

僕は理解ができず、つい聞いてしまった。


「どうして笑っているの?」


その言葉に麗奈ちゃんはきょとんとして自分の頬を触り、首を傾げた。


「私今笑っていました?」

「うん、そう見えたけど」


麗奈ちゃんはまた首を傾げる。

その可愛らしい仕草に女の子だな、と思った。

そして少し考えた麗奈ちゃんは口を開いた。


「多分、嬉しかったんだと思います」

「嬉しかった?」

「はい、好きになった人がすごく一途だったことが」


女の子の考えることは本当によく分からない。


「僕が一途だと麗奈ちゃんは困るんじゃないの?」


そう言うと、麗奈ちゃんは一拍置いて「本当ですね」と笑った。


「でもそんな弘介さんだから好きなんだと思います」


そう言って笑う顔は夕日に照らされて眩しかった。


「そっか」


なんて言っていいのか分からなかったのでそれだけ言うと、「はい」と返ってきた。

沈黙が降りた。無言で並んで歩く。

だけどその沈黙は決して居心地が悪いものではなく、どちらかというと、とても落ち着くものだった。


十五分くらい歩いただろうか。麗奈ちゃんが立ち止まった。


「もうここで大丈夫です」


僕も足を止める。

そうか、今は麗奈ちゃんを送っているところだったな。

あまりの居心地の良さにぼーっとしていたようだ。


「気を付けてね」


あまり家の近くまで行くのは麗奈ちゃんが嫌だろう。


「はい、ありがとうございました」


今来た道を引き返し、少し進んだところで振り返ってみると、もう麗奈ちゃんの姿は見えなかった。



次の日は目が覚めると七時だった。

寝ぼけた頭で考える。

どうしてアラームが鳴らなかったのか。

……ああ、そうか、昨日はアラームをかけずに寝たんだ。

来週までは麗奈ちゃんとの約束がなくて暇だから。

あの場所でギターを弾いているときっと麗奈ちゃんは声をかけてくれるから。

再び枕に顔を埋めると意識が遠のいていく。


まどろみの中で、僕は紗苗さんに会ったような気がした。
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