あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第一章

アオイⅣ

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「そういえば、今週センター試験なんです」


「え!?」


麗奈ちゃんの言葉に僕は思わず大きな声が出てしまった。

いやいやいや、こんなところにいる場合じゃないじゃないか。


「駄目だよ、こんなところにいたら」

「大丈夫ですって」

「大丈夫じゃないから。もしこれで悲惨な結果になったら僕のせいじゃないか。冗談じゃないよ」


わざと麗奈ちゃんが気にしそうな言葉を選んでそう言う。

僕が立ち上がると麗奈ちゃんも立ち上がって困ったように笑った。


「そうですね、それは冗談じゃない、ですね」


その言い方は自分の試験の心配というよりも僕の心配をしているようで、この子は本当に平気なんだろうなと思った。

だけど、大人としては大事なセンター試験前にこんなことに時間を割かせるわけにはいかない。


「今週はもうここにはこないよ。来週、センター試験が終わってからにしよう」

「はい、分かりました」

「じゃあ送っていくよ」


麗奈ちゃんがいつも帰る方向に足を進めると、今日は断られず、麗奈ちゃんも並んで歩き出した。

内心驚いたが、それを言葉にすると麗奈ちゃんが走って行ってしまいそうだったので、何でもないふりをして歩いた。


「弘介さん、こうやって女の人を何人も送ってきたんですか?」


麗奈ちゃんが揶揄うような声で言った。

僕は自分よりも低い位置にある麗奈ちゃんの顔を見て笑う。


「なにそれ」


「いいえ、別に。なんか慣れてそうなので歴代の彼女さんに嫉妬しただけです」


麗奈ちゃんは歩きながら僕の顔を見て少し頬を膨らませる。

心なしか素っ気ない言い方に思えた。

僕はどんな顔をしたらいいのか分からなくて視線をそらし、その必要なんてないはずなのに言い訳のように言う。


「歴代の彼女なんていないよ」

「一人も?」


今日の麗奈ちゃんは引いてくれない。

僕がその話材に触れて欲しくないことに気付いているのかいないのか、麗奈ちゃんは続けた。


「弘介さんモテそうですよ。何人かはいるんじゃないですか?」


これはもう逃げられないな。

僕は思わずため息をついてしまった。


「一人だけ、いたよ」

「前に言っていた歌が上手な人ですか?」


麗奈ちゃんはもう僕の顔を見ず、前を向いてそう聞いてくる。

僕は夕日が眩しくて目を細めた。


「……そうだよ」

「まだその人が好きだから私を見てくれないんですか?」


責めるような口調ではなかった。ただ事実を聞くようななんでもない感じ。
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