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第一章
ギターⅢ
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「別れたわけじゃないんだよ」
歩きながらそう言うと、隣を歩いている麗奈ちゃんが僕を見たのが分かった。
少し前から雲が消えて西日が僕たちを正面から照らしている。
眩しくて前が見れない。僕は地面を見て歩きながら続けた。
「紗苗さんはいなくなったんだ」
沈黙が降りる。なんて言ったらいいんだ。
紗苗さんの話をするのは麗奈ちゃんが初めてだった。
だから、こういう時、どうやって話せばいいのか分からない。
「えっと、いなくなったっていうのは、蒸発してしまった、とかでしょうか?」
僕が黙っていると麗奈ちゃんがためらいがちに聞いてきた。
「ううん、亡くなったんだ」
麗奈ちゃんが口をはさんでくれたおかげでちょっと話しやすくなった。
「もうあれから五年も経つ。僕が紗苗さんを殺したんだ」
紗苗さんの死に関して詳しい話はしたくない。
だけど、誰かに僕の罪を知っていて欲しかった。誰かが僕を裁いてほしかった。
年下の、まだ高校すら卒業していない麗奈ちゃんにそれを押し付けるのは酷なことかもしれないけど、麗奈ちゃんが適任だと思った。
「……私はその時のことを何も知りませんが、それは違うんじゃないですか?」
恐る恐るといった様子で僕を見る麗奈ちゃんを僕は見下ろす。
「どうして?」
「だって、弘介さんここにいるじゃないですか。もし弘介さんが殺したのなら、今ここにはいないと思います」
優しい子だ。思わず頬が緩んだ。
「あの事を知っている人も皆そう言うんだよ。だけど、紗苗さんを殺したのは僕だし、僕は今ここにいるんだ」
そして幸せになっている。紗苗さんのいない世界で、僕だけが。
「葬式の日、紗苗さんのお父さんに会ったんだ。今でもその時のことが忘れられない」
式の間のことは不思議とよく覚えていない。
覚えているのは、目を閉じた紗苗さんの綺麗な顔と、葬式の後にあったことだけ。
「弘介君」
紗苗さんは灰になって、小さなツボに入ってしまった。
僕が茫然としていたその時、後ろから誰かに肩を叩かれた。
振り返るとその人は泣きながら僕に頭を下げた。
「紗苗によくしてくれてありがとう」
紗苗さんのお父さんだ。そういえば今までバタバタしていてまともに話していなかった。
お父さんの顔が見れなかった。僕は俯いたままぼそぼそと言った。
「……いえ、お礼を言わないでください。僕が悪いんです。僕のせいで紗苗さんは、」
「違う、弘介君のせいじゃないんだ。そんな風に言わないでくれ」
お父さんが僕の言葉を遮って、懇願するように僕の両肩を掴んだ。
そうじゃない、僕が悪いんだ。紗苗さんが死んだのは全て僕のせいなんだ。
心の中で何度もそう繰り返すが、口にした言葉は全て他の人に否定される。
誰も僕の言葉を信じてくれない。誰も僕を責めてくれない。
悲しくて苦しくて、だけど涙は出なかった。
「弘介君、ちょっと来てくれるかい?」
お父さんの後に続いて階段を上り、ある部屋に案内された。
「ここ……」
入ってすぐにわかった。
ここは紗苗さんの部屋だ。本棚にはいろいろな本が並んでいる。
机の上にも本が一冊置かれていて、僕が誕生日にあげたぬいぐるみがベッドの上からこちらを見ている。
少し前まで紗苗さんは確かにここにいたのだ。
「これを」
歩きながらそう言うと、隣を歩いている麗奈ちゃんが僕を見たのが分かった。
少し前から雲が消えて西日が僕たちを正面から照らしている。
眩しくて前が見れない。僕は地面を見て歩きながら続けた。
「紗苗さんはいなくなったんだ」
沈黙が降りる。なんて言ったらいいんだ。
紗苗さんの話をするのは麗奈ちゃんが初めてだった。
だから、こういう時、どうやって話せばいいのか分からない。
「えっと、いなくなったっていうのは、蒸発してしまった、とかでしょうか?」
僕が黙っていると麗奈ちゃんがためらいがちに聞いてきた。
「ううん、亡くなったんだ」
麗奈ちゃんが口をはさんでくれたおかげでちょっと話しやすくなった。
「もうあれから五年も経つ。僕が紗苗さんを殺したんだ」
紗苗さんの死に関して詳しい話はしたくない。
だけど、誰かに僕の罪を知っていて欲しかった。誰かが僕を裁いてほしかった。
年下の、まだ高校すら卒業していない麗奈ちゃんにそれを押し付けるのは酷なことかもしれないけど、麗奈ちゃんが適任だと思った。
「……私はその時のことを何も知りませんが、それは違うんじゃないですか?」
恐る恐るといった様子で僕を見る麗奈ちゃんを僕は見下ろす。
「どうして?」
「だって、弘介さんここにいるじゃないですか。もし弘介さんが殺したのなら、今ここにはいないと思います」
優しい子だ。思わず頬が緩んだ。
「あの事を知っている人も皆そう言うんだよ。だけど、紗苗さんを殺したのは僕だし、僕は今ここにいるんだ」
そして幸せになっている。紗苗さんのいない世界で、僕だけが。
「葬式の日、紗苗さんのお父さんに会ったんだ。今でもその時のことが忘れられない」
式の間のことは不思議とよく覚えていない。
覚えているのは、目を閉じた紗苗さんの綺麗な顔と、葬式の後にあったことだけ。
「弘介君」
紗苗さんは灰になって、小さなツボに入ってしまった。
僕が茫然としていたその時、後ろから誰かに肩を叩かれた。
振り返るとその人は泣きながら僕に頭を下げた。
「紗苗によくしてくれてありがとう」
紗苗さんのお父さんだ。そういえば今までバタバタしていてまともに話していなかった。
お父さんの顔が見れなかった。僕は俯いたままぼそぼそと言った。
「……いえ、お礼を言わないでください。僕が悪いんです。僕のせいで紗苗さんは、」
「違う、弘介君のせいじゃないんだ。そんな風に言わないでくれ」
お父さんが僕の言葉を遮って、懇願するように僕の両肩を掴んだ。
そうじゃない、僕が悪いんだ。紗苗さんが死んだのは全て僕のせいなんだ。
心の中で何度もそう繰り返すが、口にした言葉は全て他の人に否定される。
誰も僕の言葉を信じてくれない。誰も僕を責めてくれない。
悲しくて苦しくて、だけど涙は出なかった。
「弘介君、ちょっと来てくれるかい?」
お父さんの後に続いて階段を上り、ある部屋に案内された。
「ここ……」
入ってすぐにわかった。
ここは紗苗さんの部屋だ。本棚にはいろいろな本が並んでいる。
机の上にも本が一冊置かれていて、僕が誕生日にあげたぬいぐるみがベッドの上からこちらを見ている。
少し前まで紗苗さんは確かにここにいたのだ。
「これを」
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