あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第一章

ギターⅣ

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お父さんは部屋の隅に置かれたものを僕の方へ持って来てくれる。

見てすぐに分かった。ギターだ。

僕がずっと欲しがっていたギター。

以前、楽器店で試し弾きさせてもらったギターだった。

これの音が一番良かったから、このギターに合わせて紗苗さんに歌って欲しかった。


「もうすぐ弘介君の誕生日だからって、一週間ほど前に買って来たんだ。だから、これは君に」


お父さんから受け取ったギターはとても重く感じた。

嬉しかった。とても嬉しかったが、同時に今までで一番の悲しみが襲って来た。

このギターが欲しかったのは、これが一番紗苗さんの声に合いそうだと思ったから。

このギターの音で紗苗さんに歌って欲しかった。

だからこれが欲しかった。なのに、紗苗さんはもういない。

ギターだけが僕の手元にあったって仕方がない。

涙がこらえられなかった。


「ギターなんていらない。いらないから、紗苗さんを返してくれ……」


誰にともなくそう言って、僕はギターを抱き締め、声をあげて泣いた。

お父さんも一緒に泣いていた。


僕が落ち着くと、お父さんは言った。


「紗苗のもので、欲しいものがあったらなんでも持って帰ってくれ。紗苗も弘介君が持っていてくれたらきっと喜ぶ」


お父さんの言葉に、僕は部屋の中を見ることすらせずに首を横に振った。


「……いえ、僕はこれさえあれば十分です。ありがとうございます」


紗苗さんを殺した僕にそんな権利はない。

だけど、このギターだけはもらおうと思った。

もう弾くことはないかもしれないけど、それでもこれがあればこの先も生きていけるような気がした。

お父さんは特に何も言うことなく頷いた。


僕は部屋を出る前に机の上に置いてある本を撫でた。

紗苗さんが好きだと言っていた本。

本が好きだった紗苗さんが、最期に読んだ本がこれだったらいいなと思った。


部屋を出て、家も出る。この後会食もあるらしいが、遠慮しておいた。

これ以上ここにいたらもう離れられない気がしたから。鼻水をすすりながら家を出たところで、紗苗さんのお母さんも出てきた。


「弘介君、紗苗を愛してくれてありがとう」


また涙が込み上げてきた。そんな僕を見てお母さんも涙を拭って続ける。


「あの子、最近は弘介君の話ばっかりしていたの。毎日毎日『こう君が、こう君が』って。すごく幸せそうだったわ」


違う、幸せだったのは僕の方だ。

紗苗さんと一緒にいて、これ以上ない幸福を感じていたのは僕の方だった。


「欲を言うなら、この先も弘介君と一緒にもっと幸せになって欲しかったけれど」


胸が痛い。罪悪感に押しつぶれそうになる。何か言わないと。

そう思ったけど何も言えなかった。


「紗苗のあの笑顔が見れてよかった。本当にありがとう」


そう言って笑ったお母さんの顔は紗苗さんにそっくりで、僕はもう涙がこらえられなかった。

お父さんが再び僕の名前を呼んで、頭を下げた。


「君には感謝してもしきれない。またいつでも来てくれ」


駄目だ、僕にお礼を言わないでくれ。僕が奪ったんだ。

このあたたかいお母さんから、優しいお父さんから、何よりも大切なものを僕は奪ったんだ。

嗚咽をかみ殺して頭を下げる。もうこれ以上下がらないというところまで。

何か言おうとしたけど何も言えなかった。

僕の心は罪悪感と悲しみでいっぱいだった。

紗苗さんはもう目を開けない。喋らない。笑わない。もう、会えない。

僕に残されたのは一本のギターと、絶望だけだった。
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