あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第一章

ギターⅤ

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「そこからどうやって帰ったのかは覚えてないけど、いつの間にか部屋にいて、僕は次の日も大学へ行ったよ」


麗奈ちゃんは静かに僕の言葉に耳を傾けてくれていた。

ゆっくりと歩くこのペースが心地良い。

夕日はもう山の向こう側に消えている。

薄暗い中で僕たち二人の足音だけが聞こえる。

少しして、麗奈ちゃんが口を開いた。


「もしかしてそのギターがそうですか?」


僕が背負ったギターを麗奈ちゃんが見る。


「うん、これが紗苗さんの残してくれたギターだよ」


このギターを見るたびに思い出す。

これが僕の罪の重さだ。年々重たくなってくる、このギターが。


「私、そんな大事な物を弾かせてもらっていたんですか!?」


麗奈ちゃんが慌てた様子で「すみません」と僕に向かって謝った。

思わず笑ってしまう。


「いいよ、ギターは鳴らされるためにあるんだから」


僕はもう弾くつもりはない。

思えば、紗苗さんもいないのに弾いている今の方が僕にとって異常なんだ。

僕は楽器を楽しめるほど綺麗な人生を送ってきていない。

だけど、麗奈ちゃんには楽しんでいて欲しい。サックスもギターも、心から楽しんで演奏して欲しい。

いつまでも今の笑顔を忘れないでいて欲しい。


「……大変な人生を送ってきたんですね」


違うよ、大変な人生を送ったのは僕じゃなくて、紗苗さんだ。

そう思ったけど、言葉には出さない。麗奈ちゃんは続ける。


「小説を読んでいたら、結構あるんです。主人公の母親や恋人が既に亡くなっているっていう設定。そんなこと滅多にないでしょって思っていたんです。だけど弘介さんは恋人を亡くしているし、母親を亡くしている友達もいます。……私が知らなかっただけで、色々な人がそんな思いをしているんですね」


主人公の母親や恋人が既に亡くなっているっていう設定。

麗奈ちゃんの言葉を頭の中でもう一度繰り返して、思った。


「そういうことは意外とあるのかもしれないけど、でもきっと僕は主人公ではないよ」


そう、僕は主人公じゃない。ただの脇役だ。


「僕は恋人を亡くしただけの脇役で、主人公はきっと麗奈ちゃんだよ」


いつだって純粋でキラキラしていて、笑顔が眩しい女の子。

麗奈ちゃんが主役の物語はきっと色々な人から愛されるだろう。


「違いますよ」


麗奈ちゃんは僕を見上げてはっきりとした声で言った。


「私じゃ主人公になれません。主人公はもっと素直ないい子でないと」


その口調に少し驚いた。麗奈ちゃんにも色々あるのかもしれない。

そう思ったが、あえてそれを否定する。

麗奈ちゃんにはそんな風に思って欲しくなかった。


「それなら麗奈ちゃんはぴったりだと思うけどね」


僕の言葉に麗奈ちゃんはどんな表情をしていたのか、暗くてよく見えない。


「弘介さん」


麗奈ちゃんが突然立ち止まる。

前に送ってきた時に別れた場所だということに気が付いた。

ああ、もうここまでか。麗奈ちゃんを振り返る。

麗奈ちゃんは数歩分空いていた僕たちの間を埋めた。


「『僕のせいで死んだ』、と『僕が殺した』は似ているけど大分違うと思います」


その言葉を理解するのには少し時間がかかったが、さっきの紗苗さんの話をしているのだと気が付いた。

麗奈ちゃんが僕を見上げて微笑む。


「私は何も知りません。だから今の私には弘介さんを裁くことはできません」

「え?」


どういう意味か分からない。

聞こうとした時、麗奈ちゃんは「では」と言って走って行ってしまった。

一人取り残された僕はしばらくの間呆然と立ち尽くした。


――今の私には弘介さんを裁くことはできません。


さっきの麗奈ちゃんの言葉を反芻する。

麗奈ちゃんには分かっていたのだろうか。僕が罪を裁いてほしかったことが。


「『僕のせいで死んだ』と『僕が殺した』」


真っ暗な中でぽつりと呟いた僕の声は闇に溶けてのまれてしまった。

僕は一人で来た道を戻る。

背負ったギターケースからはもうストラップの音はしなかった。
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