56 / 89
第二章
変わったものと変わらないものⅤ
しおりを挟む
「麗奈ちゃん、君は何を知っているの?」
その言い方がまた頭に来た。
「私は何も知りませんよ」
そう、私は何も知らない。
あの日、あの場所でどんなことがあったのかも、その時弘介さんがどこで何をしていたのかも。
私は何も知らない。
「どうしてそんな泣きそうな顔をしているの?」
知らない。何も知らない。
怒りで涙がこみあげてきて、言葉が口をついて出た。
「全部弘介さんが悪いんです! 紗苗さんが死んだのはあなたのせいだ。あなたが、紗苗さんを殺したんです!!」
涙が溢れて叫ぶようにしてそう言うと、まだ言葉が出て来そうになった。
嫌だ、これ以上言いたくない。こんな汚いこと言いたくない。
そう思っても止められない。
自分ではどうしようもなくなったその時、誰かが私の口を後ろから覆った。
「はい、そこまで」
「あ……」
後ろを見上げるとひろ君がいた。
「すみません、今日はもう連れて帰ります」
ひろ君は弘介さんに頭を下げると私の手を引いた。
引かれるままに歩き出す。横をすり抜けるとき、呆然とした弘介さんの顔が見えた。
涙でぐしゃぐしゃな顔のまま電車には乗れないだろうから、とひろ君はタクシーを止めてくれた。
その時にはもう私も落ち着いていて、すごく申し訳なかったが、確かにこの顔で電車に乗るのは恥ずかしかったので何も言わずにタクシーに乗った。
タクシーの中でひろ君は何も言わず、私の顔を見ることもなかった。
マンションの前でタクシーを降り、私たちの住む部屋へ向かう。
斜め前を歩くひろ君の表情は見えない。
ひろ君はドアを開けると、先に私に入るように促す。
申し訳なさと少しの恥ずかしさが入り混じった感情でひろ君を見上げるとひろ君はいつも通り笑う。
「いいから、先に風呂に入っておいで。お湯はってるから」
その言葉と同時に私の背は押され、ひろ君も玄関に入る。
とりあえずお風呂に入ろう。私は靴を脱ぐと自分の部屋から着替えをとり、お風呂に向かう。
ひろ君は真っすぐにリビングの方へ行った。
温かいお湯につかると体がだるくて動かなくなってきた。
このまま目を閉じて寝てしまいたい。体の力を抜いて頭を浴槽にあずけると、天井の白いライトが見えた。
それを眺めながら自分がさっき言ったことを思い出した。
「弘介さんのせい。弘介さんが殺した」
もう一度言葉にしてみると自分の言葉が人を傷付けたことをリアルに感じられた。
それと同時にかつて自分が言ったことも思い出す。
――『僕のせいで死んだ』、と『僕が殺した』は似ているけど違うと思います。
お湯がぬるくなってきたので『追い炊き』ボタンを押す。
そのまま目を閉じると、ひろ君の話す声が聞こえる。
内容までは分からないけど、誰かと電話をしているみたいだ。
心地いいその響きを聞いていたら眠くなってきた。
その言い方がまた頭に来た。
「私は何も知りませんよ」
そう、私は何も知らない。
あの日、あの場所でどんなことがあったのかも、その時弘介さんがどこで何をしていたのかも。
私は何も知らない。
「どうしてそんな泣きそうな顔をしているの?」
知らない。何も知らない。
怒りで涙がこみあげてきて、言葉が口をついて出た。
「全部弘介さんが悪いんです! 紗苗さんが死んだのはあなたのせいだ。あなたが、紗苗さんを殺したんです!!」
涙が溢れて叫ぶようにしてそう言うと、まだ言葉が出て来そうになった。
嫌だ、これ以上言いたくない。こんな汚いこと言いたくない。
そう思っても止められない。
自分ではどうしようもなくなったその時、誰かが私の口を後ろから覆った。
「はい、そこまで」
「あ……」
後ろを見上げるとひろ君がいた。
「すみません、今日はもう連れて帰ります」
ひろ君は弘介さんに頭を下げると私の手を引いた。
引かれるままに歩き出す。横をすり抜けるとき、呆然とした弘介さんの顔が見えた。
涙でぐしゃぐしゃな顔のまま電車には乗れないだろうから、とひろ君はタクシーを止めてくれた。
その時にはもう私も落ち着いていて、すごく申し訳なかったが、確かにこの顔で電車に乗るのは恥ずかしかったので何も言わずにタクシーに乗った。
タクシーの中でひろ君は何も言わず、私の顔を見ることもなかった。
マンションの前でタクシーを降り、私たちの住む部屋へ向かう。
斜め前を歩くひろ君の表情は見えない。
ひろ君はドアを開けると、先に私に入るように促す。
申し訳なさと少しの恥ずかしさが入り混じった感情でひろ君を見上げるとひろ君はいつも通り笑う。
「いいから、先に風呂に入っておいで。お湯はってるから」
その言葉と同時に私の背は押され、ひろ君も玄関に入る。
とりあえずお風呂に入ろう。私は靴を脱ぐと自分の部屋から着替えをとり、お風呂に向かう。
ひろ君は真っすぐにリビングの方へ行った。
温かいお湯につかると体がだるくて動かなくなってきた。
このまま目を閉じて寝てしまいたい。体の力を抜いて頭を浴槽にあずけると、天井の白いライトが見えた。
それを眺めながら自分がさっき言ったことを思い出した。
「弘介さんのせい。弘介さんが殺した」
もう一度言葉にしてみると自分の言葉が人を傷付けたことをリアルに感じられた。
それと同時にかつて自分が言ったことも思い出す。
――『僕のせいで死んだ』、と『僕が殺した』は似ているけど違うと思います。
お湯がぬるくなってきたので『追い炊き』ボタンを押す。
そのまま目を閉じると、ひろ君の話す声が聞こえる。
内容までは分からないけど、誰かと電話をしているみたいだ。
心地いいその響きを聞いていたら眠くなってきた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる