あの日、君は笑っていた

紅蘭

文字の大きさ
79 / 89
第二章

別れⅡ

しおりを挟む
「あの時渡した本は大事にしていますか?」

「うん、あの本は、」


弘介さんが何かを言おうとしたのを遮って私は言った。

何が言いたいのか分かっていたから。


「あれは、紗苗さんが持っていた本です。お葬式の後にもらいました」


本を開いて手紙を取り出す。

綺麗な封筒に入った手紙。本当は封筒には入っていなかったけど、汚れるのが嫌で私が入れた。

挟まっているそのページは紗苗さんが挟んでいたところと同じページ。


「紗苗さんがこの本が好きな理由が弘介さんには分かりましたか?」


どうして私が紗苗さんに薦めたのか。

どうして紗苗さんのお気に入りだったのか。

きっと弘介さんには分からないだろう。

思った通り弘介さんは首を横に振った。


「麗奈ちゃんにもらって、あれからも何度か読んだよ。だけど僕には分からない。麗奈ちゃんは知っているの?」

「弘介さんも知っているかもしれませんが、この本は私が紗苗さんに薦めたんです」


中学生になって図書室で読んだ本。

読んで思った。主人公の彼氏が紗苗さんが話す『こう君』と重なった。

だから紗苗さんにも読んでみて欲しくて、私は次に会った時に真っ先に薦めた。

それを読んだ紗苗さんは言った。


「『アオイちゃんの言った通りだね。この主人公の彼氏こう君にそっくり!』」


紗苗さんの口調に似せてそう言うと、弘介さんは驚いたように私を見た。


「そんな理由で……?」

「はい。驚きましたか?」


本当に自分でも『そんな理由で』と思う。

だけど私はこれを紗苗さんに薦めずにはいられなかったし、私も好きな本だ。

『そんな理由で』。


「うん、驚いた。本当に紗苗さんがそう言ったの?」

「はい、そうですよ。女の子はそんなものなんです。好きな人に似ている登場人物が出てきたらその人が好きなんです。少なくとも私と紗苗さんは」


きっと弘介さんには理解できないだろう。分かっていた。

だけど、最初にあの本を渡した時、もしかしたらそれに気付いてくれることを期待していたのかもしれない。

だからあの瞬間、少し残念だった。


「だから紗苗さんが本当に好きだったのはこの本ではなくて弘介さんだったんです」


私がそう言うと弘介さんは小さな声で「そっか」と言った。

一体弘介さんは今どんな気持ちなのだろうか。

きっと私には理解できないんだろうなと思った。

こういうのは大切な人を亡くした人にしか分からない。

そんな思いをしたことのない私にはその気持ちを推量することもしてはいけないような気がして、黙って川面を眺めた。


私が紗苗さんを亡くした気持ちと、弘介さんが紗苗さんを亡くした気持ちは、悔しいけれど違うのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』

放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。 「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」 身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。 冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。 「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」 得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。 これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。

処理中です...