あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第二章

別れⅢ

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――僕は恋人を亡くしただけの脇役で、主人公はきっと麗奈ちゃんだよ。


ふと弘介さんが五年前に言ったことを思い出した。


「弘介さんは私を主人公だと言いました。覚えていますか?」


五年前に何気なく言ったことなどもう忘れているだろうか。

だけど弘介さんは頷いた。


「僕がそう言ったら麗奈ちゃんは否定したね」

「はい、そうです。私は主人公にはなれません。嘘はつくし隠し事はするし、可愛げなんて欠片もないし、強情だし、面倒だし」


言っていて悲しくなってきた。

よく考えるとこんな私にちゃんと付き合ってくれたのはひろ君と弘介さんだけかもしれない。

あずは仲良かったけど、また違った感じだし。


「そんなことないよ。麗奈ちゃんは素直だし可愛いよ」

「違います。主人公はきっと紗苗さんです」


そう、主人公は紗苗さんだ。

私と弘介さんは主人公が死んでしまった世界で取り残されて生きる脇役。

主役にふさわしいのは紗苗さんだ。


「綺麗で、世界の全てを愛し、世界から愛された主人公。きっと神様があまりに気に入ってしまって手元に置きたくなっちゃったんですよ」


そう言いながらも頭の片隅では小説じゃないんだし、と思っていた。

だけど本当にそうだったらいいと思った。

弘介さんはそんな馬鹿げた私の妄想も笑わなかった。


「きっとそうだね」


そう言って笑った表情は少し寂しげで、とても優しかった。

弘介さんが紗苗さんの話をするときのこの表情が好きだ。

弘介さんは私のことを好きだと言うけど、きっと私ではこの表情は引き出せない。

やっぱり私は脇役だ。


「これが弘介さんが一番喜ぶものです。紗苗さんが弘介さんへ宛てた手紙です。すみませんが先に読んでしまいました」


そう言って差し出すと、弘介さんは迷いのない手つきでそれを受け取った。


「読んだら多分泣いちゃうので家に帰ってからの方がいいかもしれません」


手紙を手に持ったまま開けようともしない弘介さんにそう言うと、弘介さんはそれをギターケースの横ポケットに入れた。


「うん、ありがとう」


弘介さんは晴れやかな顔で笑った。

この人はもう吹っ切れているんだ。

紗苗さんのことがまだ好きだけど、もういないことを理解している。

紗苗さんの死に向き合うことができている。

きっと弘介さんは手紙を読んでももう泣かないだろう。

向き合い切れていないのは私だ。

紗苗さんがいないことは理解している。

だけど紗苗さん以外の誰かが変わることは許せないでいる。

特に弘介さんは。ため息をついて俯く。
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