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第二章
別れⅣ
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「弘介さん、最後に私に言いたいことはありませんか?」
それに何を期待していたのかは分からない。
だけど私が前を向けるとしたら弘介さんの言葉以外にないと思った。
「そうだね……」
少しの間考えた弘介さんは、「じゃあ」と言うと、咳払いを一つして叫んだ。
「君は僕にこれからも紗苗さん一人だけを愛して生きていけというのか!」
驚いた。
弘介さんのこんな大きな声は聞いたことがなかった。
紗苗さんもこんな弘介さんの話はしなかった。
「いつまでもうじうじしていろって言うのか! 紗苗さんが死んだことを嘆いて、この先誰も好きにならないままずっと一人でいろって言うのか! そんなこと紗苗さんが喜ぶか!」
周りの人の視線を感じる。
そりゃあそうだ。こんな大きい声で叫んだら誰だって見てしまうだろう。
だけど人の視線も気にならないくらいびっくりして、弘介さんを見つめる。
きっと今すごく間抜けな顔をしているだろうな、と思う。
「君がアオイでも麗奈でもなんでもいい! 僕は君が好きなんだ!」
きっとこれは弘介さんがずっと言いたくて、だけど言わなかったことなんだろう。
優しい弘介さんはこうして誰かに気持ちをぶつけるようなことはしないから。
なぜかは分からない。涙が出た。
そんな私を見て弘介さんがいつも通り落ち着いた声で言った。
「変わることは自然なことなんだよ。悲しいことでも悪いことでもない。ましてや紗苗さんに対する裏切りでもないよ」
変わることは自然なこと。知っている。
きっと弘介さんだって変わったんだろう。私に分からないだけで。
紗苗さんがいなくなって十年。
もう既に紗苗さんの知っている弘介さんじゃないだろうし、紗苗さんの知っている私ではない。
もう十年も経ってしまったのだ。
私は大人になったし、弘介さんだって別の誰かを好きになる。
そう、それは自然なことなんだ。
溢れた涙を拭い、立ち上がると、弘介さんも立ち上がった。
何か言おうと思って口を開いたが、何も言葉が出てこなかった。
開けた口を閉じて俯くと、弘介さんが言った。
「麗奈ちゃんに会えてよかったよ。あの日声をかけてくれてありがとう」
図書館でのことを思い出す。また涙が溢れた。
「紗苗さんを亡くして、ちゃんと笑えるようになったのは君が笑いかけてくれたからなんだ。君のおかげで僕は前を向いて進めるようになった」
そんな最後みたいなことを言わないで欲しい。
そう思って気が付いた。「最後みたい」じゃなくて最後なんだ。これで本当に。
ぐっと手を握って顔を上げると、弘介さんと目が合った。
「わたしも、」
声が震えていた。
ぐちゃぐちゃな顔も震えた声も恥ずかしい。
だけど言いたかった。
「私も、弘介さんと会えてよかったです。あの日、図書館に行って、よかった」
つっかえながらそう言う。弘介さんは優しい顔で笑った。
「元気でね、幸せになるんだよ」
弘介さんはそう言うと、ギターを背負って歩いて行った。
その手はもう私の頭は撫でなかった。
にじんだ視界で見慣れた背中をずっと見る。
足が動かなかった。涙が止まらなかった。
今回の別れは五年前よりももっとずっと辛かった。
弘介さんの背中が見えなくなって、涙が落ち着いたころ、私は家へと歩いた。
もう弘介さんとは会わない。これで全部が終わったんだ。
家へと続くその道は、ちゃんといつもと同じように見え、少し安心した。
それに何を期待していたのかは分からない。
だけど私が前を向けるとしたら弘介さんの言葉以外にないと思った。
「そうだね……」
少しの間考えた弘介さんは、「じゃあ」と言うと、咳払いを一つして叫んだ。
「君は僕にこれからも紗苗さん一人だけを愛して生きていけというのか!」
驚いた。
弘介さんのこんな大きな声は聞いたことがなかった。
紗苗さんもこんな弘介さんの話はしなかった。
「いつまでもうじうじしていろって言うのか! 紗苗さんが死んだことを嘆いて、この先誰も好きにならないままずっと一人でいろって言うのか! そんなこと紗苗さんが喜ぶか!」
周りの人の視線を感じる。
そりゃあそうだ。こんな大きい声で叫んだら誰だって見てしまうだろう。
だけど人の視線も気にならないくらいびっくりして、弘介さんを見つめる。
きっと今すごく間抜けな顔をしているだろうな、と思う。
「君がアオイでも麗奈でもなんでもいい! 僕は君が好きなんだ!」
きっとこれは弘介さんがずっと言いたくて、だけど言わなかったことなんだろう。
優しい弘介さんはこうして誰かに気持ちをぶつけるようなことはしないから。
なぜかは分からない。涙が出た。
そんな私を見て弘介さんがいつも通り落ち着いた声で言った。
「変わることは自然なことなんだよ。悲しいことでも悪いことでもない。ましてや紗苗さんに対する裏切りでもないよ」
変わることは自然なこと。知っている。
きっと弘介さんだって変わったんだろう。私に分からないだけで。
紗苗さんがいなくなって十年。
もう既に紗苗さんの知っている弘介さんじゃないだろうし、紗苗さんの知っている私ではない。
もう十年も経ってしまったのだ。
私は大人になったし、弘介さんだって別の誰かを好きになる。
そう、それは自然なことなんだ。
溢れた涙を拭い、立ち上がると、弘介さんも立ち上がった。
何か言おうと思って口を開いたが、何も言葉が出てこなかった。
開けた口を閉じて俯くと、弘介さんが言った。
「麗奈ちゃんに会えてよかったよ。あの日声をかけてくれてありがとう」
図書館でのことを思い出す。また涙が溢れた。
「紗苗さんを亡くして、ちゃんと笑えるようになったのは君が笑いかけてくれたからなんだ。君のおかげで僕は前を向いて進めるようになった」
そんな最後みたいなことを言わないで欲しい。
そう思って気が付いた。「最後みたい」じゃなくて最後なんだ。これで本当に。
ぐっと手を握って顔を上げると、弘介さんと目が合った。
「わたしも、」
声が震えていた。
ぐちゃぐちゃな顔も震えた声も恥ずかしい。
だけど言いたかった。
「私も、弘介さんと会えてよかったです。あの日、図書館に行って、よかった」
つっかえながらそう言う。弘介さんは優しい顔で笑った。
「元気でね、幸せになるんだよ」
弘介さんはそう言うと、ギターを背負って歩いて行った。
その手はもう私の頭は撫でなかった。
にじんだ視界で見慣れた背中をずっと見る。
足が動かなかった。涙が止まらなかった。
今回の別れは五年前よりももっとずっと辛かった。
弘介さんの背中が見えなくなって、涙が落ち着いたころ、私は家へと歩いた。
もう弘介さんとは会わない。これで全部が終わったんだ。
家へと続くその道は、ちゃんといつもと同じように見え、少し安心した。
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