あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第二章

麗奈と弘介Ⅰ

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それは突然のことだった。

お盆休みの最初の日、いつものようにリビングで本を読んでいた時にひろ君が言った。


「別れようか」


目で追っていた行がどこか分からなくなった。

顔を上げてぼんやりとひろ君を見ると、真剣な顔のひろ君と目が合った。


「え……?」


「別れようか」?

えっと、どういうことだろう。

理解ができなくてとりあえず本を閉じて机の上に置くとひろ君は再び言った。


「俺たち別れよう」

「別れるって、何……?」


本当に意味が分からなかった。

ひろ君の言葉が理解できなかった。


「言葉の通りだよ。別れよう」


三回目のその言葉でようやくそれの意味が分かった。

恋人や夫婦がそれまでの関係を解消すること、だろう。

意味は分かったが、どうして急にそうなったのかは分からない。

今までひろ君と別れるなんて考えたことがなかった。

ひろ君は私と一緒にいるのが嫌になったのだろうか。


「嫌。別れたくない」


はっきりとそう言うとひろ君は困ったように笑った。


「なんで急にそんなこと言うの? 私のこと嫌いになったの?」


最近は穏やかな日々だったと思う。

弘介さんとのことを終わらせてから一か月間。特に何もなかったし、仲良く過ごしていたと思っていた。

だけどひろ君は違ったのだろうか。


「違うよ」

「じゃあなんで」


机の向こう側に座っているひろ君はまた困ったような表情を浮かべる。

私はひろ君が困るようなことを言っているのだろうか。


「だって、麗奈ずっと後悔してるだろ」


私が後悔?そんな心当たりはない。

後悔してることなんかないし、ひろ君と別れる理由もない。

そう言おうとするとひろ君が先に言葉を続けた。


「気付いてない? この一か月、何しても楽しくなさそうだよ」

「ごめん、意味が分からない」


そう言うと、ひろ君は立ち上がって私の隣に座った。

そして私の肩を引き寄せる。いつものように。

ひろ君の顔が見えなくなった。


「麗奈は弘介さんのことが好きなんだよ」


え……?


「私が、弘介さんを、好き……?」


言葉を一つ一つ切ってそう言ってみる。

言ってみるがピンとこない。


「いや、ちょっと待って。そんなわけないよ」


ひろ君を見上げてそう言う。

ひろ君は私の方を見ようとはしなかった。

私の肩に回っている手を無理やりどけてひろ君から離れるとようやくその表情がはっきりと見えた。

ひろ君は驚くほどにいつも通りだった。


「麗奈はずっと怖がっているようだったよ」


待って、意味が分からない。

私が好きなのはひろ君なのに。

どうしてひろ君がそんなことを言うの?

言葉が出なかった。


「弘介さんへの気持ちを認めてしまうことを怖がって、紗苗さんに対する罪悪感を、弘介さんへの怒りで隠していたように見えた」


紗苗さんに罪悪感。


「そんなの、なかったよ」


乾いた声が出た。そう言いながら、頭のどこかで考える。

ずっと胸にあったもやもやの正体。それがそうなのかもしれない。

頭の片隅でそう思った。だけど認めることはできない。
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