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夢
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我が輩は猫である。なんて賢そうな事は一切考えていなさそうな馬鹿面。自分のペットとはいえ、お世辞にも器量よしとは言えない、ぶくぶく太った三毛猫をぼんやりと眺める僕。
・・・暇だ。
特に予定もない日曜の午後。かといって勉強をする気も無い。ただ、ごろごろと居間に寝転び、この平和的な退屈を貪っている。
「我が輩は猫である、ねえ」
つい先日読んだ本の一文を無意味に繰り返す。すり寄ってきた三毛猫の背中をゆっくり撫でながら、僕はうつらうつらと夢の中に引きずり込まれた。
◇
「ここは・・・森?」
これが夢だということはすぐにわかった。しかしこの森は妙に見覚えがある。生い茂った木々が日差しを遮り、柔らかな陰を作り出す。濃い植物の香りが鼻孔をくすぐった。
少し歩を進めると、広間のように開けた場所に出る。
・・・知っている。僕は、ここに来たことがある。でも駄目だ。確かに知っているのに、ここがどこだか思い出せない。
「思い出せないのは仕方ない。だってここはそういう場所なのだからね」
暖かみのあるテノールボイスが背後からかけられた。反射的に振り向くと、そこには俺のペットである三毛猫が悠然と佇んでいた。
「なん・・で、喋って・・・」
「なあに、気にすることは無いさご主人。ここはそういう場所なのだから、猫が喋るなんて当たり前なんだよ」
頭が混乱していた僕であったが、三毛猫の妙に堂々とした態度は、僕を無理矢理にでも納得させてしまうような力があった。
「ここは、僕の夢なのだろう?」
「おもしろいことを言うねご主人。これが貴方の夢かどうか、ね。ある意味では夢でもあるしそうでないとも言える。まあ、どっちでも大した違いは無いさ。それよりも重要なことがある」
「重要なこと?なんだい?」
三毛猫はニヤリと笑って、そのぶくぶくと太った図体からは想像がつかない俊敏さで僕の右肩に飛び乗った。
「私とおしゃべりすることだよご主人。なんたってここはそういう場所なんだからねえ」
「おしゃべりが重要なのかい?」
僕が呆れたように呟くと、三毛猫は真剣な顔で頷いた。
「そう、おしゃべりが重要なんだよご主人」
「わかったよ、じゃあおしゃべりをしようか」
「そうこなくっちゃ!」
三毛猫はうれしげな声音で語り始めた。
「ご主人、私は本当に感謝しているんだ。野良だった私を拾って、ここまで立派に育ててくれたご主人のおもいやりには、感謝してもしたりないよ」
「そうかい?いや、そんな事言われると照れるな」
三毛猫は話を続ける。
「私は幸運な三毛猫だ。これ以上は無い程幸福だよ。でもね、ただ一つだけ、ご主人にお願いしたいことがあるんだ」
三毛猫の真剣な表情、僕は何事かと続きを促した。
「どんなお願いだい?言ってごらん」
「それは名前さ!」
「名前?」
バカみたいに聞き返してしまった僕に、三毛猫はこくりと頷く。
「そうさ、私には名前が無い。そりゃ、夏目漱石の本みたいで洒落てるとは思うけど、やっぱり名前が欲しいんだよ私は」
三毛猫の言葉に、僕は苦笑いを浮かべた。実のところ、僕はペットに名前を付けるのが嫌なのだ。
「なんで名前なんて欲しいんだい?あんなもの、あったって好いことは無いぜ」
「そうかもしれない。でもどうしても必要なんだ」
三毛猫は頑なだった。なぜそうまで名前にこだわるのか尋ねると、三毛猫はきまり悪そうに首をすくめ、せわしなく視線を彷徨わせた。やがて、決心したようにゆっくりと口を開く。
「・・・墓にね、名前を書いて欲しいんだ」
三毛猫の予想外な回答に僕は言葉を詰まらせた。
「お前は・・・死んでしまうのかい?」
「ああ・・・だが悲しくはないよ。私は十分幸せだ。ただ、名無しの墓では恰好が付かない」
僕が口を開きかけたその時、突然世界が揺れた。
「どうやら時間みたいだ。楽しかったよご主人。さよなら、貴方の飼い猫で本当によかった。」
暗転
気が付くと、僕は自宅の居間に寝転んでいた。背中を撫でていた三毛猫は、僕の手の中で冷たくなっている。逝ってしまったのだ。
不思議と悲しみは無かった。最後に会話ができたからかもしれない。僕は愛おしげに三毛猫をもう一度撫で、冷たくなった体をそっと持ち上げる。
「約束・・・だからな」
さて、こいつの名前を決めようか。長年連れ添った友人に最後の、最高のプレゼントを贈ろう。アイツが胸を張って名乗れるような・・・そんな素敵な名前・・・
「ありがとう、ご主人」
アイツの声が、聞こえた気がした。
・・・暇だ。
特に予定もない日曜の午後。かといって勉強をする気も無い。ただ、ごろごろと居間に寝転び、この平和的な退屈を貪っている。
「我が輩は猫である、ねえ」
つい先日読んだ本の一文を無意味に繰り返す。すり寄ってきた三毛猫の背中をゆっくり撫でながら、僕はうつらうつらと夢の中に引きずり込まれた。
◇
「ここは・・・森?」
これが夢だということはすぐにわかった。しかしこの森は妙に見覚えがある。生い茂った木々が日差しを遮り、柔らかな陰を作り出す。濃い植物の香りが鼻孔をくすぐった。
少し歩を進めると、広間のように開けた場所に出る。
・・・知っている。僕は、ここに来たことがある。でも駄目だ。確かに知っているのに、ここがどこだか思い出せない。
「思い出せないのは仕方ない。だってここはそういう場所なのだからね」
暖かみのあるテノールボイスが背後からかけられた。反射的に振り向くと、そこには俺のペットである三毛猫が悠然と佇んでいた。
「なん・・で、喋って・・・」
「なあに、気にすることは無いさご主人。ここはそういう場所なのだから、猫が喋るなんて当たり前なんだよ」
頭が混乱していた僕であったが、三毛猫の妙に堂々とした態度は、僕を無理矢理にでも納得させてしまうような力があった。
「ここは、僕の夢なのだろう?」
「おもしろいことを言うねご主人。これが貴方の夢かどうか、ね。ある意味では夢でもあるしそうでないとも言える。まあ、どっちでも大した違いは無いさ。それよりも重要なことがある」
「重要なこと?なんだい?」
三毛猫はニヤリと笑って、そのぶくぶくと太った図体からは想像がつかない俊敏さで僕の右肩に飛び乗った。
「私とおしゃべりすることだよご主人。なんたってここはそういう場所なんだからねえ」
「おしゃべりが重要なのかい?」
僕が呆れたように呟くと、三毛猫は真剣な顔で頷いた。
「そう、おしゃべりが重要なんだよご主人」
「わかったよ、じゃあおしゃべりをしようか」
「そうこなくっちゃ!」
三毛猫はうれしげな声音で語り始めた。
「ご主人、私は本当に感謝しているんだ。野良だった私を拾って、ここまで立派に育ててくれたご主人のおもいやりには、感謝してもしたりないよ」
「そうかい?いや、そんな事言われると照れるな」
三毛猫は話を続ける。
「私は幸運な三毛猫だ。これ以上は無い程幸福だよ。でもね、ただ一つだけ、ご主人にお願いしたいことがあるんだ」
三毛猫の真剣な表情、僕は何事かと続きを促した。
「どんなお願いだい?言ってごらん」
「それは名前さ!」
「名前?」
バカみたいに聞き返してしまった僕に、三毛猫はこくりと頷く。
「そうさ、私には名前が無い。そりゃ、夏目漱石の本みたいで洒落てるとは思うけど、やっぱり名前が欲しいんだよ私は」
三毛猫の言葉に、僕は苦笑いを浮かべた。実のところ、僕はペットに名前を付けるのが嫌なのだ。
「なんで名前なんて欲しいんだい?あんなもの、あったって好いことは無いぜ」
「そうかもしれない。でもどうしても必要なんだ」
三毛猫は頑なだった。なぜそうまで名前にこだわるのか尋ねると、三毛猫はきまり悪そうに首をすくめ、せわしなく視線を彷徨わせた。やがて、決心したようにゆっくりと口を開く。
「・・・墓にね、名前を書いて欲しいんだ」
三毛猫の予想外な回答に僕は言葉を詰まらせた。
「お前は・・・死んでしまうのかい?」
「ああ・・・だが悲しくはないよ。私は十分幸せだ。ただ、名無しの墓では恰好が付かない」
僕が口を開きかけたその時、突然世界が揺れた。
「どうやら時間みたいだ。楽しかったよご主人。さよなら、貴方の飼い猫で本当によかった。」
暗転
気が付くと、僕は自宅の居間に寝転んでいた。背中を撫でていた三毛猫は、僕の手の中で冷たくなっている。逝ってしまったのだ。
不思議と悲しみは無かった。最後に会話ができたからかもしれない。僕は愛おしげに三毛猫をもう一度撫で、冷たくなった体をそっと持ち上げる。
「約束・・・だからな」
さて、こいつの名前を決めようか。長年連れ添った友人に最後の、最高のプレゼントを贈ろう。アイツが胸を張って名乗れるような・・・そんな素敵な名前・・・
「ありがとう、ご主人」
アイツの声が、聞こえた気がした。
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