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第三話 真相
しおりを挟む「だからよぉ、そこでオレはそいつのケツを思いっきり蹴飛ばしてやったんだよ。そしたらその時そいつが目ん玉ひんむいて信じらんねぇって顔してこっちを見やがって、その顔の傑作なことって言ったら…」
すっかり酔いが回って赤い顔で古木に自慢話をする松岡を尻目に、幸恵はテーブルの向こう側で黙って座っているシュウの顔に疲労の色が濃くなっていくのを見て、たまりかねたように松岡の話に割って入った。
「あのう…本当に申し訳ないんですけど、そろそろ帰ってもらえませんかねぇ。息子もだいぶ眠たそうですし。私もこんな格好ですから」
幸恵はTシャツにトレーナーパンツという軽装を理由に松岡たちを追い払おうとしたが、それがかえって彼らの目を引いた。長い髪がわずかに掛かった幸恵の胸の膨らみを見て、松岡と古木は思わず生唾を飲み込んだ。
「そういやぁ、アンタ昔キャバレーでホステスやってたらしいな」松岡が思い出したように言った。
「ホステスって言えば客あしらいは慣れているだろう。どうだ、オレたちと一緒に一杯やらないか。何なら着替えてもらってもいいぜ。オレたちがちゃんと見といてやるからな。ハッハッハ!」
松岡がだらしない笑い声を上げると、隣にいた古木も「そうっすねぇ。それがイイっすねぇ。」と頷く。
幸恵がそんな二人のくだらないやりとりにうんざりした様子でため息をつくのもお構いなしに、松岡は幸恵の太股の辺りを眺めながら言った。
「それにしても、アイツもバカな男だねぇ。こんな上等な奥さんをほったらかして、できもしねぇ約束に飛びついて鉄砲玉をやっちまうなんて。ねぇ奥さん、一緒に話を聞いていてアンタ本当にねぇさんが約束を守るって思ってたのかい?」
「そ、それは…」幸恵が言い淀むと、松岡はテーブルの上のウイスキーグラスを口に運びながら言った。
「アンタらには悪いが、オレはそうは思わねぇ。いくら若頭の女房とはいえ、持月を組に入れるのはねぇさんひとりじゃ無理だ。例え若頭の敵を取ったヤツでも組のメンバーに選ぶかどうかは、親分も含めた幹部連中の同意がなきゃ決められねぇ話だ。それに、門倉を殺ったヤツを組に引き入れるってことは、組がそいつに義理を感じたからってことになる。それをイイことに持月のヤツがつけ上がらねぇとも限らないし、組の連中もそいつの顔色をいちいち伺わなきゃならなくなる。オレがもし組の幹部だったらそんな厄介なヤツを組に引き入れることはしないね」
確かに松岡の言うことには説得力があった。
「そんな…」幸恵の肩の力が抜けて気落ちする様を見て、松岡はここぞとばかりに詰め寄った。
「持月のヤツは最低十年はムショ暮らしだろう。その間アンタもそのガキも随分心細いだろうが、なぁに心配することはねぇぜ。その間アンタの面倒はオレたちがしっかり見てやるからな。さっきも言ったとおり、お互い仲良く”やろう”ぜ。なっ」
すると、まるでその言葉が合図だったかのように、古木が素早く幸恵の背後に回り込むと後ろから腕を回して幸恵の口を塞いだ。それと同時に松岡が正面から幸恵に襲いかかり、幸恵のトレーナーパンツに手を掛けると脱がせ始めた。
「!!」突然のことに驚いて幸恵は声を上げようとしたが、古木に口を塞がれて声が出ない。それでも必死に抵抗しようとしきりに足をバタバタさせて松岡の手を押しのけようとするが、松岡は何でもないことのように黙々と幸恵のトレーナーパンツを脱がせると、あらわになった太股を嬉しそうに眺めながら、次に下着を脱がせようとした。
突然繰り広げられ始めた光景にあっけにとられたシュウの目の前で、幸恵が目に涙を浮かべながらなおも抵抗を続けると、業を煮やした松岡がおもむろに拳銃を取り出して幸恵の目の前にちらつかせると、ドスのきいた声で言った。
「いい加減大人しくしろ! このアマ! そうしないとコイツをぶっ放すぞ。そうなりゃお前さんもそこのガキも二度とここにはいられなくなるってことぐらい分かるだろうが!」
一瞬、幸恵の体から力が抜けてどこか遠くを見つめるような目をしたと思うと、先ほどまで激しくバタつかせていた足が止まり観念したようにおとなしくなった。
「そうそう。初めからそうやって素直にすりゃあイイんだ」そう言うと松岡は持っていた拳銃をテーブルの上に置いて先ほどまでの続きを始めようとした。
「お母さん!」その時、それまで部屋の隅でジッとしていたシュウが泣きべそをかきながら幸恵のもとに近寄ろうとしたが、幸恵の後ろで口を塞いでいた古木がすかさずその手を離すと、そのまま拳を作ってシュウの鼻先に一撃を見舞った。
「ぐぁっ!」シュウは殴られた衝撃で飛ばされ、そのまま後ろ向きに倒れて部屋の壁に頭を打ちつけた。
「うう…」シュウがあまりのことに目が眩みそうになっていると、鼻先から何か温かいものが流れ出した。思わず手で押さえてみると、手のひらには真っ赤な血が付いていた。
「シュウ!」幸恵が叫んでシュウの方へ行こうとするが、再び古木に後ろから羽交い締めにされて、身動きが取れないでいる。シュウは恐ろしさに体がガタガタ震えるのを感じながら、自分が今まで父親から受けていた体罰など今の仕打ちに比べればまだマシな方だったと思った。少なくとも治雄はシュウを拳で殴りつけるようなことはしなかった。だが今はその父親さえいない。誰にも助けを求められないこの絶望的な状況にシュウが泣き出そうとして口を開けると、松岡がテーブルの上の拳銃を再び手に取り、シュウの口の中に銃口を突っ込んで言った。
「おいくそガキ! 少しでも大声を出してみろ。そのままコイツの引き金を引いてお前の頭を吹っ飛ばすぞ! さっきから騒ぐなって言ってるのが分からねぇのか!」
シュウが銃口で口を塞がれたまま声も出せずに嗚咽していると、古木がおどけた様子でシュウに語り掛けた。
「そうだボウズ。おとなしくしといた方が身のためだぞ。下手に騒いでご近所の皆様が国民の義務を果たそうなんて思っちまったら、お前らだって困るだろう。え? お前国民の義務も知らねぇのか? 日本国憲法に「国民は悪事を見掛けたらケイサツに知らせる義務がある」って書いてあんだよ。最もオレも日本国憲法なんて読んだことねぇけどな。ヒッヒッヒ」
「こら、くだらねぇこと言わずにオンナを押さえてろ。お前は名前が”学”のクセに学が無さ過ぎるんだよ」松岡は拳銃を再びテーブルに置くと幸恵の方を向き直った。
「シュウ!」その時幸恵がシュウに向かって言った。
「あ、ちくしょうテメェ!」慌てて古木が手で口を押さえようとするのを払いのけると、幸恵は涙と鼻血でグチャグチャになったシュウの顔に向かいわずかに笑顔を見せながら語った。
「シュウ。大丈夫だよ。母さんはこれくらいのこと何ともないから。アンタは目をつぶって好きな歌でも頭の中で唄ってなさい」そう言うと幸恵は一切抵抗することをやめ、「好きになさい」と誰にともなく呟くとぐったりと全身の力を抜いて何の表情も見せないマネキンのような顔になった。
「チッ。初めからそう素直にしてりゃ良かったんだ」言い終わるのが早いか、松岡は幸恵の下着をさっさと脱がせると、自分のズボンのベルトを外して下着ごとズボンを下ろし、幸恵の上に覆い被さった。
顔の真ん中がズキズキと疼くのも気にせずに、シュウは黙って眼を見開いたまま、目の前の光景をまるで自分とは関係の無い世界のできごとのようにただボンヤリと眺めていた。
二人の男が代わる代わる母親の腹の上に乗り、しきりと腰を押しつける様をボーッと眺めながら、シュウは果てしない底無し沼の中に自分がズブズブと落ちていくような不思議な感覚に囚われていた。やがてゾワゾワとした真っ黒なものが胸の中にこみ上げてくると、シュウはいつかどこかで感じたことのある、どことなく懐かしいような気持ち悪さに襲われていった。
ふと気が付くと、シュウの目の前にはだらしなく下半身を剥き出しにした二人の男が、さも満足げな表情で仰向けになりいびきをかいていた。テーブルの向こう側ではTシャツを首の辺りまでまくり上げられ、ふたつの胸をあらわにして横になっている母親の姿が見えたが、その顔には何の表情も見えず生きているのか死んでいるのかさえ分からない様子だった。
やがてシュウの眼は、古木の剥き出しになった下半身の腹の辺りに釘づけになった。いびきと共にゆっくりと上下するそれは、まるで本人の体の一部でありながら別の生き物のように思えた。
その腹の様子をしばらくじーっと眺めた後、シュウはおもむろに立ち上がると、台所の方へ歩いて行き、流しの横にあった果物ナイフを手にすると、また部屋の中に戻って来て古木の横にちょこんと正座した。
そして両手でナイフを握り大きく持ち上げると、膨らんだ瞬間の腹に目がけて振り下ろした。
思いのほか何の抵抗も無くスッとナイフが腹に吸い込まれるのと同時に、「ウッ!」と小さな叫び声を上げて古木の体にグッと力が入った。
古木は一瞬何が起きたのか分からない様子で目を開けると自分の腹の方を向き、そこに果物ナイフが刺さっているのを確認すると信じられないといった表情でそれを見つめた。
「ヒッ!」慌てたシュウがいきなりナイフの柄を掴み反射的に引き抜くと、真っ赤な血飛沫が傷痕から一気に噴き出した。
「グアッ!」古木は突然の痛みに身悶えをした後でようやく事態を察すると、今度はシュウの顔を必死の形相で見つめ、「このガキゃあ!」と言ってシュウに飛び掛かった。
「ウワッ!」思わずシュウがナイフを逆手に持ったまま顔を隠そうとするのと同時に、襲い掛かった古木の左目がナイフの先端に触れたかと思うと、ナイフはそのまま目の中に飲み込まれていった。
「ギャアアア!」突然の雄叫びに慌てて松岡が飛び起きると、古木が顔を押さえながら自分の横をのたうち回っている。よく事態が呑み込めなかったものの、返り血を浴びて震えているシュウの姿が目に入ると、松岡はテーブルの上の拳銃を素早く手に持って撃鉄を起こし、シュウの顔に向けた。
「テメェ何しやがった!」
何も言えずにブルブルと震えているシュウを見ながら、松岡は拳銃の引き金に指を掛け低い声で「ブッ殺す」と言うと指先に力を込めた。
その時、松岡の姿が真横に吹っ飛んだと思うと、持っていた拳銃が松岡の手を離れてシュウの目の前に滑りこんできた。見ると幸恵が松岡の後ろから飛びついて必死にしがみついている。
「バカやろう! 離せこのアマ!」松岡は幸恵に羽交い締めにされながらもシュウの方へにじり寄り、両手を伸ばして拳銃を拾い上げようとした。
シュウは松岡よりも先に拳銃を拾うと、目をつぶったまま本能的に銃口を松岡の方に向けた。
「テメェ! ふざけやがって!」松岡がシュウに襲い掛かかるのと同時に、「バンッ!」と拳銃が発射される大きな音が響き、松岡は背後の幸恵ともども後ろ向きにテーブルごと吹っ飛ばされた。
しばらくしてシュウが恐る恐る目を開けると、そこには松岡が撃ち抜かれた胸から規則的に血を吹き出しながら倒れている姿と、ひっくり返ったテーブルの向こうで古木が小さくピクピクと痙攣している姿が目に入った。
いったい何が起きたのか分からない様子でその状況を見ていたシュウはふと我に返り、拳銃を放り出すと松岡の向こうで倒れている幸恵のもとに近付いた。
「母さん! 母さん!」そう言って母親の体に触った時、シュウは母親の腹部から大量の血が流れ出しているのに気付いた。
「母さん! しっかりして! ねぇ母さん!」しかし、ゆっくりと呼吸する幸恵の顔から徐々に血の気が引いていくとともに、握りしめた手からも少しずつ温もりが失われていくのをシュウは感じ取った。
「母さん! 母さん!」なおも呼び掛けるシュウの耳に幸恵のかすかな声が届いた。
「ゴメン…ね」幸恵の目から一筋の涙がこぼれ落ちると、大好きな母親はそのまま動かなくなった。
シュウがそのまま呆然と見つめていると、やがてどこからともなくパトカーのサイレンが聞こえてきた。誰かが国民の義務とやらをようやく果たしたらしい。
部屋の中にひとり置き去りにされたシュウは、ハッと気付いたように先ほど自分がいた場所に戻り、落ちていた拳銃を拾って銃口を自分の顔に向けた。
そして額に銃口を押し当てて思い切り引き金を引いたが、拳銃は沈黙したまま何も反応しない。
「あれ? あれ?」何度引き金を引いても何事も起こらず、シュウは自分が母親の後を追って死ぬことすらできないと悟ると拳銃を握りしめたままうずくまり、再び絶望の闇の中に沈んでいった。
パトカーのサイレンが大きくなっていくのと裏腹に、シュウの耳は次第に何も聞こえず、その眼は次第に何も見えなくなっていった。
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