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第六話 告白
しおりを挟むその日から、シュウは慎治のもとで厄介になることになった。
「まぁ詳しいことは分かんねぇけど、他ならぬ保さんの頼みとあっちゃ、むげに断る訳にもいかねぇからな」
慎治はリビングルームの隣にある小部屋にシュウをかくまうことにした。
「ここは半分物置代わりにしてる部屋だから色んな物が転がってて、あんまり居心地は良くないかもしれねぇけど、まぁお前さんも贅沢言える身分じゃないだろうから、我慢するんだな」
確かに部屋の中には壁に掛けっぱなしの衣類やら通販で買った健康器具やら小物類の箱などでごった返していたが、浦和のアパートに比べればまだ遥かにマシだとシュウは思った。とりあえず部屋の真ん中に自分が座れるだけのスペースを作ってシュウはそこを自分の居場所とした。
しばらくすると、シュウはリビングルームに呼ばれた。
「悪いがオレは夕方から仕事があって夜遅くならないと帰ってこねぇ。オレがいない間は別にこのリビングを使ってもらっても構わねぇが、あんまり散らかすなよ。トイレや風呂も自由に使ってもらってイイが、適当に掃除しとけ。タダで住まわせてもらうんだから、それくらい当たり前だろ。食い物は…まぁオレもあんまり自分で料理したりしないから大した物も置いてねぇが、カップラーメンくらいならキッチンの横の戸棚にあるし、酒のつまみ程度の食いモンなら冷蔵庫の中に入ってる。ところでお前金持ってんのか?」
シュウは言われてみて改めてポケットの中を覗いてみたが、保からもらった封筒の金は既に無く、父親の家でくすねてきた時の残りがわずかに残っているだけだった。
「その顔じゃあどう見ても無さそうだな。かと言ってタダで住まわせた上に小遣いまでくれてやるほどオレもお人好しじゃないし…」しばらく考えた後で慎治は言った。
「そうだ。お前オレの店を手伝ってくれないか? 最近バイトで雇ってたヤツが急に辞めちまって、オレひとりで色々切り盛りしなくちゃならなくて困ってたところだ。まぁ未成年を雇うのは少し気が引けるが、お前もただここでボーッとしてても退屈だろうし、仕事して住まわせてもらうと思えば変に気ぃ遣わなくてイイだろう。なぁに、ほんの少しだがちゃんとバイト代も払ってやるよ」
「へぇ、慎治さんてお店やってるんだ」
「あぁ。店っつうほどのモンでもないがな… 何て言うかその…サービス業ってヤツだ」慎治は急に落ち着かない様子になり、ソワソワと部屋の中を見回した。
「分かった。オレにできるかどうか分からないけど、頑張ってみるよ。早速今日から行く?」
「イヤ、今日は疲れてるだろうからここでゆっくり休め。こっちも色々準備あるし。明日から頼むわ」
「分かった」シュウは頷くと自分の部屋に戻っていった。その後ろ姿を見ながら慎治がボソッと呟くのにも気付かずに。
「まっ、お前さんにはちっと刺激が強すぎるかもしれねぇがな」
次の日の夕方、マスクに帽子姿で身を隠したまま、シュウは慎治に連れられて彼がやっているという店にやって来た。
そこは古びた七階建ての雑居ビルの一角で、狭いエレベーターを降りると目の前に黒っぽいドアがあり、横にピンク色の地に青い文字で「フェアリー」と書かれた看板が掛かっていた。
中に入るとそこはもともと広い店舗だったものを改装したらしく、薄暗い照明の中で黒いパーテーションで仕切られた小部屋がいくつも並び、それぞれの入り口にはピンクや青、緑など色とりどりのカーテンが掛かっていた。入り口のすぐ右側にはカウンターの受付があり、その奥に行くと何も仕切られていない待合室のような部屋があり、壁際にソファが並べられている。反対側の奥にももうひとつ部屋がありそうだが、そこはスタッフルームらしく黒いドアが閉められていた。
シュウが場違いな雰囲気に気後れしてオドオドしていると、慎治がシュウをスタッフルームに案内した。
「とりあえず店が始まるまでの間、ここにいてくれ。用事があったらその都度頼むから」
そう言うと、慎治はシュウを部屋の中に残してさっさと出て行ってしまった。スタッフルームの中は薄暗い殺風景な店の雰囲気とは違って明るい色で溢れており、壁際には女性用の化粧台がいくつか並び化粧品やアクセサリー類がゴチャゴチャと置かれていた。部屋の真ん中には大きめのソファとガラスのテーブルが置かれ、くつろげるようになっている。部屋の奥には女性用のロッカールームがあるらしく中の様子は分からないが、その手前に小さなパイプ椅子と事務机がひとつ置いてあり、机の上にパソコンが一台載っている。とりあえずシュウはその事務机の前に座ることにした。
しばらく手持ち無沙汰にしていると、店の入り口の方から、「おはようございま~す」という女性の声が聞こえ、しばらく慎治と何か話していたようだが、やがてコツコツというヒールの音が近付いて来ると、ガチャッとドアが開いてひとりの茶髪の若い女の子が入って来た。
シュウがビックリして身構えていると、女の子はシュウの顔をじーっと見ながら近付いて来て、「ふ~ん、君が今日から来た新人クンか」と言いながらすぐ横を通り抜け、「よろしくね」と言ってロッカールームの中に消えていった。
その後も次から次へと女の子が入って来て、「よろしく~」と挨拶したり、ちらっとこちらを見たきり黙ってそっぽを向いたりしてロッカールームの中に入ると、何やら子供染みたドレスのような服に着替えて出て来た。服の色はこれも様々に色分けされており、先ほど店の中で見た小部屋のカーテンの色に似ていた。ドレスの袖と裾は短めで肌の露出が多く、胸元もやや大きめに開いておりシュウは思わず目のやり場に困った。
やがてスタッフルームは数人の女の子たちにすっかり占領されてしまった。
彼女たちは化粧台に向かってメイクしながらべちゃくちゃとお喋りをしたり、ソファに深々と座って携帯電話をいじったりと、まるでシュウなどそこにいないかのように思い思いに過ごしていたが、ガチャッと音がしてドアが開き、慎治が中に入って来ると一瞬だげピンとした空気が張り詰めた。
「よぉ~し、今日もご機嫌はイイかな? 可愛いフェアリーちゃんたち。今日もいっぱい笑顔でいっぱいお客様に満足していただいて、いっぱいお金を稼いでくれよ~」
慎治は活を入れたつもりかもしれないが、女の子たちは、「またか」といった感じでしらけ気味に聞いている。慎治はそんな彼女たちの反応にはすっかり慣れているらしく、構わずに営業上のルールを説明し始めた。
「いいか、何度も言うがこの店は風営法に則った健全な”マッサージ店”だ。お客様の心身をともにリラックスさせ、お客様に気持ちよ~くなって一日の疲れを癒していただくために、お客様のお喋りの相手をしたり、お客様の色々な所のコリをほぐして差し上げるのが目的だからな。間違っても変なサービスしたり、変な所を触らせるんじゃねぇぞ!」
「バ~カ、白々しいんだよ。」青いドレスの子が携帯をいじりながら言った。
「すみませ~ん、変なサービスって何ですかぁ?」黄色のドレスの子が手を上げて小首をかしげながら言った。
「わざとらしいんだよ、バ~カ!」青いドレスの子に睨まれると、黄色いドレスの子はシュウの方を見て作り声で答えた。
「だってぇ~、そこの少年が、「訳分かりませ~ん」って顔してるから…」
すると女の子たちの視線が一斉に自分の方に集中し、シュウはとっさに顔が赤くなるのを感じた。
「あぁ…そうだったな。コイツのことをすっかり忘れてた。いいか、昨日も話したと思うが、今日からこの店で色々とお前らの面倒を見る、ええと…何て言ったっけかな?」
そこで慎治は初めてシュウの名前を聞いてなかったことに気付いた。
「ゴメン。お前、何て名前だっけ?」
シュウは一瞬自分の名前を言いかけたが、少し間を置いた後で、「ええと、シュウ…いち。修一です。」と名乗った。
「そう。修一クンだ。とにかく、何か困ったこととか頼みたいことがあったら、遠慮しないでこの修一クンに頼んでくれ。いいな」そしてシュウの方を見ながら、「そういうことだから、よろしく頼むぜ。修一」と目の前で手を合わせた。シュウは事態をよく呑み込めないまま、何だかエラい所に来てしまったと、後悔の念が早くも沸き立つのを感じていた。
「さぁ~て、そろそろ開店の時間だ。みんな、今日もヨロシク頼むぜ!」慎治が再び活を入れると、女の子たちは何事も無かったかのようにまた元の喧噪に戻り、各々勝手なことをし始めた。
呆気にとられているシュウに慎治が言った。
「よし修一、お前の初仕事だ。一階に降りて、表にある店の看板のスイッチを入れてきてくれ」
言われるがままにエレベーターで下に降りてビルの入り口に置いてある立て看板の照明を入れると、そこにはピンク色をバックに青い色で「ファッションヘルス フェアリー」という文字が浮かび上がった。
店が始まってしばらくは客も来ず、相変わらず女の子たちはスタッフルームでダラダラと時間を潰していたが、七時を回った頃から急に客が入りだし、店は慌ただしくなった。
「おいロゼッタ、出番だぞ」と慎治がドアを開けて言うと、緑色のドレスを着た子が、「は~い」と言って出て行った。しばらくすると、再び慎治が現れ、「チェイニー、出番だ」と呼び掛ける。
女の子たちにはどういう訳か横文字の名前が付けられていて、お客が誰を相手にするか指名できるらしい。そして、小一時間ほどして帰ってくると、「あ~疲れた!」と言って汗だくでソファに横になるのだった。
シュウの仕事はそんな女の子たちに冷たい飲み物を出したり、風を当てて汗を引かせたり肩を揉んだりすることだった。しかし女の子たちは疲れを取る間もなく、次の客の指名が入ると、「は~い」と愛想のよい返事をしてまた部屋を出て行く。九時を回る頃にはそこはまるで戦場のような状態で、女の子たちは休む暇も無く次のオーダーに駆り出されていく。やがてスタッフルームはほとんどシュウひとりの状態となった。
十一時半を過ぎる頃にようやく女の子たちが戻り始め、十二時きっかりには店は閉店となり、スタッフルームには疲れ果てた女の子たちが脱力状態でソファや化粧台に倒れ込んでいた。
「よぉ~し、みんなご苦労さん」慎治が揉み手をしながら涼しい顔で入って来た。
「みんなの頑張りで、今日もしっかり稼がせてもらった。また明日もこの調子で頼むぜ」そんな慎治を女の子たちはまるで鬼でも見るような目で睨みつけたが、やがて諦めてひとりひとりロッカールームに入ると、自分の服に着替えてそそくさと帰っていった。
スタッフルームに誰もいなくなると、慎治は、「もうちょっと待っててくれ。片付けものがあるから」と言って一度出て行った後で、再び戻るとさっきシュウが座っていたパイプ椅子に座り事務机の上のパソコンを起動して何かを打ち込み始めた。
「よし、終わった」と言うと慎治は店の照明を落として戸締まりをすると、シュウを連れて店を後にした。時刻は既に午前一時を回っていた。一階に降りると開店時にシュウが明かりを点けた看板は暗くなっていた。
「さっきあまりに忙しそうだったから、思わず声を掛けそびれた」慎治は笑って言った。
帰る道すがら、慎治はバツが悪そうにシュウに言い訳をした。
「詳しいことを話さずにいきなり店に連れてきて悪かったな。ただ、事前に説明しようにもお前みたいな子供に何て言ったらいいか分かんなくて。まぁ、御覧の通りあんな感じのいかがわし店だ。保さんには健康促進のための事業をやってるなんてカッコイイことを言ってるけど、所詮は性風俗だ。自分でも笑えてくるよ」マスク姿のシュウは下を向いたままだ。
「そう言えば、保さんにお前が来たことを知らせないとな。きっと心配してると思うし」慎治がそう言うと、シュウは慌てて言った。
「いや、手紙はやめた方がイイと思うよ。何て言うか… そう、保さんあんまり体の具合が良くないんだ。もしかしたら入院するかもしれないって言ってたし。あ、でも大したことないんだけどね」シュウは言いながら自分が何を喋ってるのかよく分からなかったが、慎治は気にしていない様子だった。
「そうか。保さんももう年だもんな~」とじっと遠くを見るように呟いた。
「そう言えば、慎治さんって出身はどこなの?」話題を変えようとシュウが尋ねると、慎治は驚いた顔をして言った。
「えっ? どこって、そりゃ新潟に決まってんだろうが。お前、オレが新潟の少年院で保さんに会った話したの忘れたのか?」
「でも、慎治さん全然訛ってないし。何かそんな感じ全然しないから」シュウがそう言うと慎治は突然笑い出して言った。
「そうかぁ、見えないか。まぁ、オレもこっち来てから長いし、正直新潟弁って何かおっとりした感じでこっちのスピードに合わないって言うか、うまく馴染めないって言うか。いつの間にかこっちの人間の言葉に染まっちまったなぁ」
確かにこの六本木を見ると、自分が昔住んでいた新潟とは比べものにならないくらいの圧倒的なパワーというか街の勢いを感じると慎治は改めて思った。現に午前一時を過ぎても街は真昼のような賑わいだ。人々はまるで眠ることを忘れてしまったかのように集い、騒ぎ、笑っている。まるで今夜で世界が終わってしまうかのように、誰もが朝が来るのを拒んでいるかのように流れ続けている。
「慎治さん、オレ…」シュウが何か言い出しそうになったので慎治が身構えると、「すっげえ腹減った」と渾身の力で呟いた。
すると、慎治は腹を抱えて笑い出し、不思議そうにこっちを見るシュウに向かって意味不明の言葉を吐いた。
「おめぇさんがなまらおんもしぇこと言うすけ、おらぁいっぺごとわぁろたよ」
分けが分からず目を白黒させているシュウの背中をポンと叩いて、慎治は気を取り直すように言った。
「よっしゃぁ、それじゃこれからラーメン食べに行くぞ! オレのおごりだ!」
それから一週間ほど手伝いを続けると、シュウはだいぶ店の勝手に慣れてきた。
店に入ってきた客は入り口で受付を済ませると、女の子の指名をする。中には指名をしない客もいたが、ほとんどの客が誰かしらの名前を言った。店が混んでいなくて運良く指名した女の子が空いていれば、スタッフルームから出てきた女の子と一緒に着ているドレスと同じ色のカーテンの小部屋に入っていく。店が混んでいて女の子が既に誰かと小部屋に入っている場合は、待合室で待つことになる。待つのがイヤで別の子を指名する客もいるが、ほとんどの客が根気よく自分の順番が来るのを待っていた。
シュウは女の子のお世話や立て看板の照明の入り切り以外にも、客の案内や指名された女の子の呼び出しも行えるようになっていた。受付で客が女の子を指名するのをマスク姿のまま慎治の後ろから見ると、スタッフルームに行って、「エルフさん、出番だよ~」などと声を掛けて、その女の子が仕事で使う小道具の入ったバッグを渡し送り出す。スタッフルームに戻ると、「お疲れ様でした~」と言ってその子が好みの飲み物を持って来たり、お気に入りのお菓子を持って来たりして労をねぎらう。女の子が、「疲れた~ もう無理~」などと言ってへばっていると、「大丈夫だよ。後で大好きなチョコアイス買ってきてあげるから」などと、女の子のご機嫌を取るのもだいぶ上手になった。ちょっとした買い出しで店の外に出ることも多くなった。そんな時はマスク姿に帽子をかぶり絶対に素顔を見せないように注意した。この時既にシュウは全国指名手配されていたが、未成年の場合は非公開捜査が原則のため街中に実名入りの顔写真が出回ることはない。当然シュウは自分が指名手配されているとは夢にも思っていないが、いつどこで誰が見ているとも限らないと常に細心の注意を払っていた。
店の女の子は、五名がほぼ固定のメンバーで、彼女たちのドレスの色はあらかじめ決められており、その他の女の子たちは不定期のメンバーでドレスの色は決まっておらず、その日に空いているものを適当に着させられていた。緑色のドレスの子はロゼッタと呼ばれ、全ての女の子たちをまとめるお姉さん役だった。長いストレートの黒髪が似合う美人で、面倒見も良く客の指名も一番多くて店の稼ぎ頭だった。
黄色のドレスの子はチェイニーと呼ばれ、シュウが初めて店に来た時に最初に入ってきた茶髪のセミロングの子で、当初から何となくシュウに興味を持っている様子だった。可愛い娘ぶるキャラに客の好みも分かれたが、なかなかの人気者だった。
青色のドレスの子はベルと呼ばれ、ウエーブがかった長い黒髪がどことなく母の幸恵を思い起こさせるが、見た目とは裏腹に冷めた感じと歯に衣着せない物言いで、シュウはこんな子のどこがイイのかと思った。ところが、そういった扱いを受けるのが好きそうな客にとっては不動の人気を誇る存在で、ロゼッタの次に多く指名を獲得していた。
エルフと呼ばれている子は紫色のドレスで、派手な金髪のショートカットが似合うどことなく少年っぽい感じがする子だったが、これまたそういうタイプが好みの客がこぞって指名していた。
最後にピンク色のドレスを着た子だが、この子はシュウがどう見てもなぜ人気があるのか全く理解できなかったが、恐らく他の子は絶対に着れないだろう特注サイズのドレスを身にまとったかなりのポッチャリ型で、顔も正直カワイイとは言えず愛想も無さそうで、客を待っている間もほとんど他の子と口もきかず携帯を片手にひたすらものを食べ続け、シュウのおつかいの大半はこの子の食糧の買い出しだった。
「ゴブリンさ~ん、出番だよ~」とシュウが呼んでもニコリともせずに、面倒くさそうに出て行ってしばらくすると戻って来てまた何かを食べ始めるという、何とも不思議な存在だが、なぜか客の指名は多く他の子にも引けを取らなかった。男性の好みは分からないものだなぁと、つくづく感じさせる存在だった。
みんな個性的なキャラだが、それぞれがうまく自分の個性を引き出して様々な客の要求に応えて店を回してるんだなぁと、子供ながらにシュウは理解した。
ある日、シュウが立て看板の照明を落として戻って来ると、スタッフルームから慎治が誰かと言い合っている声が聞こえた。
「だからぁ、確かにウチはサービス業だからお客様の要求にある程度は応えないといけねぇけど、そう何でもかんでも聞いてたら、店の評判に関わるし、お前らの体だってもたねぇぞ!」
「だから何でもする訳じゃないけど、もう少し客の言うこと聞いてあげてもいいんじゃないって言ってんの! さっきの客だって何だか少し不満そうな顔して帰って行ったぞ」慎治の相手は青いドレスのベルだった。
シュウが呆気に取られていると、他の女の子たちが最後の客を見送った後で次から次へとスタッフルームへ戻って来た。やがて全員が揃うと慎治はみんなの顔を見渡して言った。
「いいか、この際だからハッキリ言っておくが、絶対に”本番”だけはするなよ! もしそんなことが客の間で噂になれば、それ目当ての客ばかりゾロゾロやって来てお前らの身ももたなくなるし、万が一そんなことがお上の耳にでも入ったら、この店は即刻お取り潰しだ!」
「だから…別に”本番“やらせてくれって言ってる訳じゃねーっつうの!」ベルがそっぽを向いて面白くなさそうに吐き捨てた。
「この店のモットーはあくまでも”夢”を売ることだ。俗世間に疲れたお客様たちがわずかな至福の一時を過ごすためにこの店にやってくる。お前たちはそのお客様を天国へと導く可愛らしいフェアリーちゃんだ」
「はーい! その素敵な天使ちゃんを頑張って演じてま~す」チェイニーが右手を上げて作り笑顔で答えた。
「バーカ! フェアリーは天使じゃなくて妖精だっつーの。そんなことも知らねぇのか、ボケッ!」ベルに突っ込まれてチェイニーが涙目になっているのをよそに、ロゼッタが言った。
「でも、実際に過激なサービスを要求する客は多いよ。あたしだってこの間無理矢理パンツの中に手を入れられそうになったし」
「そう言う時は笑顔でお客様の手を掴んでから、「ダメですよお客様。この先は禁断の領域で手を触れると地獄行きですよ」とか何とかうまいこと言ってごまかせ。とにかくもう一度言うが、どんなに金を積まれようと、例えキムタクみたいな色男が来ようと、絶対にパンツだけは脱ぐな! 分かったか!」キムタクという言葉に、さすがに一同の間にどよめきが起こった。
「キムタクなら…ちょっと考えちゃうかもしれませんね」エルフが人差し指を頬に当てながら呟いた。
「ダメだダメだ! キムタクだろうとレオナルド・ディカプリオだろうと、ダメなものは絶対にダメだ!」慎治のよけいなひと言が引き金になって、スタッフルームはたちまちイケメン俳優やアイドルの好みの話で持ちきりになった。
そんな中、ひとりゴブリンだけが、客の要求のお返しに何かうまいご馳走を食べさせてもらうことでも想像しているのか、お菓子を片手に勝手にニヤついていた。
話が在らぬ方向に脱線したのが気に入らないのか、ベルは、「くだらねぇ」と吐き捨てると、さっさとロッカールームに行って着替え、戻ってくるなり髪をくしゃくしゃに掻き乱して、「あーむしゃくしゃする!」と言うと、突然シュウの方を向いて言った。
「このままじゃ収まりがつかない。おい、少年。今から飲みに行くぞ!」
驚いたシュウが自分の方を指差し、何でオレが? と言った顔で慎治の方を見て助けを求めると、慎治は諦めたようにかぶりを振った。
「ダメだ。コイツはこうやって時々ガス抜きしないともたねぇんだ。おい修一、悪いが少しこいつにつき合ってやってくれないか?」
慎治に冷たく見捨てられてオロオロするシュウをベルは半ば強引に連れ出した。
「お~い、未成年なんだからあんまりあちこち引っ張り回すなよ~」
ふたりの後ろ姿に慎治が呑気に声を掛けた。
ベルに連れられながら、シュウは真夜中の六本木の街をトボトボと歩いていた。もう十二時をとっくに回っているのに、相変わらず人の流れは多く街はさながら不夜城といったところだった。
行き交う人となるべく目を合わせないようにしながら下を向いて歩いて行くと、二人は六本木の交差点から芋洗坂を少し下った所にある、小さなバーにたどり着いた。バーの入り口にはひと昔前のアメリカを思い起こさせる赤いネオンサインがあり、「JAKE」という文字が描かれていた。
店の中に入ると、そこには薄暗い空間が広がっており、同時に店内に鳴り響く激しいエレキギターの音と甲高いボーカルの声がシュウの耳を襲った。店の中央にはカウンターがあり、その中にはバーテンらしき人物が無数の酒瓶をバックに客と談笑している。カウンターの廻りには大小様々のテーブルと椅子が置かれ、数組の客が楽しそうに酒を飲んで騒いでいた。壁際には外国のミュージシャンらしき男たちの写真やポスターが何枚も貼られており、所々にドクロや炎の絵が描かれていた。
すっかり毒気に当てられているシュウを空いているテーブルの前に座らせると、いきなりベルが尋ねた。
「何飲む? 私はレッド・アイを頼むけど、アンタはお酒? それとも…」
「お、オレはジュースでイイです」シュウはとっさに答えた。
飲み物を頼むと、ベルはシュウに向かって、「こういう所に来るのは初めて?」と聞くが、店内に鳴り響く音楽がうるさ過ぎてよく聞き取れない。
「えっ? 何?」聞き直してようやく意味が理解できる状況だ。
「この店はジェイク・E・リーっていう有名なギタリストの名前から取ってるの。知ってる? ジェイク・E・リー」ベルの質問にシュウはただ曖昧な笑みを返すだけで全く手応えが無い。
「まっ、あんまりヘビメタには興味無いか」とベルはこの話題を続けることを諦めた。
やがて飲み物がやってくると、ベルはグラスに注がれた真っ赤な液体をさも美味そうに口に運んだ。シュウは珍しそうにその飲み物を眺めていたが、ベルに、「アンタもジュース飲みなよ」と言われると気が付いたようにストローを挿し、マスクの下から口に入れて飲み始めた。
「アンタ、何をするにも絶対にマスク外さない訳?」目の前のベルが呆れ顔で自分を見つめるのもよそにシュウはあっという間にジュースを飲み干した。
「アンタって、何か子供みたいね」ベルがその様子を見て素直な感想を言うと、シュウは恥ずかしそうに俯いて空のグラスを見つめた。
「あ、別に悪気があった訳じゃないから気にしないで。それよりアンタって、いったい慎治さんの何なの? 他の子たちは慎治さんの年の離れた弟じゃないかとか、もしかしたら隠し子なんじゃないかって噂してるけど、実際のところどうなの? いくら何でも隠し子は無いと思うけど…」
「た、ただのバイトだよ。それ以外に何の関係も無いって」シュウが慌てて否定すると、「ふ~ん」と言いながら、なおも疑いを持った目でこちらを見つめてくる。シュウは思わず顔を背けた。
三杯目のレッド・アイを飲み干し四杯目を注文する頃には、さすがにベルも少し酔いが回ってきて、やや赤みがかった顔で自らの主張を繰り返した。
「だぁ~かぁ~らぁ~。あれは慎治さんの個人的な趣味でぇ~、客は今時あんな子供染みた演出は好まないっつ~の! もっと都会的なセンスのある演出にして… あれ? もうジュース空になっちゃった? お代わりいる?」
シュウはさすがに腹がタプタプになるのを感じて、「いえ、イイです」と遠慮した後で、感心したように言った。
「ベルさんて、意外とお客さん思いなんだね。もっと冷たい感じのひとかと思ってた」
するとベルは少し恥ずかしそうにそっぽを向きながら言った。
「べ、別に客思いとかじゃなくて… 何かこうすればもっと店が儲かって、店がもっと儲かればウチらの給料ももっと良くなってって、ただ当たり前のことを考えてるだけだよ」
「へぇ~。本当にそれだけ~?」
シュウがニヤニヤしてると、ベルは急に不機嫌になり、「ガキがうるせぇんだよ。さぁ、イイ感じになったし、そろそろ帰るぞ」と言って立ち上がった。
店を出て別れ際にベルはシュウに言った。
「あのさ少年、私は店ではベルって呼ばれてるけど、正直この名前嫌いなんだよね~。慎治さんはティンカー・ベルから取ったって言うけど何かベルってうるさそうだし。これから店の外では私のこと名前で呼んでくれないかなぁ」自分のことは少年呼ばわりしておいてよく言えたモンだと思いながら、シュウは頷いた。
「分かった。それで、ベルさんの名前って何て言うの?」するとベルはシュウに背中を見せバイバイしながら歩き出すと、前を向いたままで言った。
「佐久良 可菜。それじゃね、少年」
シュウは可菜の後ろ姿が遠ざかっていくのを見つめたまま、何かのクイズの答えのようにその名前を繰り返した。
「佐久良 可菜…さくら、かな?」
それからというもの、可菜はことある毎に理由を付けてはシュウを連れ出し飲みに行くようになった。
「あ~、何なんだよさっきの客は。大して金も払わないクセに好き放題のことばっかり言いやがって~。アタマに来た! おい少年、飲みに行くぞ!」
夜な夜な引っ張り出されるシュウにチェイニーが同情心のたっぷりこもった声で慰めの言葉を述べた。
「修一クンも大変ね~。毎回こんな酔っ払いにつき合わされて」
「誰が酔っ払いだ! アタシはこの世間知らずの少年に、この街での生き方ってものを教えてやってんだよ。バ~カ!」可菜が負けずに言い返した。
慎治はそんな可菜とシュウの様子をニヤニヤしながらただ眺めているだけで、別に止めようともしない。
「お~い、ちゃんと朝までには帰って来るんだぞー。それから、やる時はちゃんとコンドーム付けろよ~」
「何言ってんだ、エロじじい! そんなことしねぇっつうの、バーカ!」
顔を赤らめてシュウを連れ出す可菜の後ろ姿を見ながら、慎治は不思議そうに呟いた。
「アイツ、こんな仕事してる割には変にウブな所があるんだよな~」
可菜に連れて行かれる店は決まって「JAKE」だった。可菜はよっぽどこの店が気に入っているのか滅多にシュウを他の店には連れて行かない。そして決まってこの店に来るとレッド・アイを注文した。ビールをトマトジュースで割ったこのカクテルを、可菜はいつも美味そうに三杯ほど飲む。そしてほんのり酔いが回ったところでシュウを相手につまらない客の愚痴を言ったり、店に対する注文を付けたりして他愛の無い時間を過ごすのだった。
「だから~あそこで私の代わりにエルフを出させたのは絶対マズいって。あの日はもうすぐエルフ目当ての常連さんが来るのは分かってたし… お陰でその常連さんエルフが空いてないって聞いたらさっさと帰っちゃったじゃない。あの客は気が短いんで有名なんだよ」
シュウは店の中を流れる大音量のヘビメタ・サウンドにもすっかり慣れ、ふんふんと頷きながら可菜の話を聞いている。チェイニーはシュウに同情していたが、シュウは意外とこの他愛の無い時間が好きだった。
可菜の話題はたいてい仕事に対する愚痴で滅多に笑うことは無かったが、それでもときおりヘビメタの話題などでちらっと笑顔を見せると、やはりそこには何となく母親の面影が重なって、シュウは何とも言えない切ない気持ちになった。
「よう、またこの薄気味の悪いボウヤを連れて歩いてんのか?」
ふと見上げると、いかにもガラの悪そうな革ジャン姿の三人組が可菜の後ろに立って取り囲んでいた。この店でときおり見かける男たちで、何度か可菜に声を掛けるのを見たことはあるが、まともに話し掛けてきたのを見るのは初めてだ。可菜はこの連中のことをよく知っているらしく、ちらっと後ろを振り返るとつまらなそうな顔をして舌打ちした。
「なぁ、何度も言うとおりあんな店辞めてオレたちの仲間に入らねぇか。あんな所でくだらねぇ客相手にして体売ってるより、オレたちと組んで金儲けした方がよっぽど楽しいぜ。お前の面倒もオレがしっかり見てやるからよ」可菜の真後ろに立っているリーダー格らしい男が可菜の顔に自分の顔を近付けてニヤニヤしながら言った。リーダー格の両脇に立っている取り巻きらしい連中も、同じようにニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
「うっせえんだよ、バーカ! アタシはこの仕事気に入ってるし、間違ってもアンタらの仲間にはなんないよ。それにアタシは別に体を売ってる訳じゃない。お客様の疲れた心と体を癒してあげる魔法のマッサージをして差し上げてるんだ。酒がマズくなるからとっとと失せろ!」
可菜が男の誘いをことも無げに一蹴すると、一瞬リーダー格の男は、「何だと?」と気色ばんだが、すぐに周囲を見渡すと我に返り、「ま、今すぐでなくてもイイから考えておけ」と言い残すと、両脇の取り巻きの連中を従えて去ろうとした。だが、その時シュウが自分の顔をじーっと見ているのに気付くと凄みのある顔で睨みつけながらシュウに向かって吠えた。
「何だくそガキ! 何か文句あんのか? いつ見てもマスクばっか付けてやがって、気味が悪ぃんだよ! ガキは早くウチに帰ってさっさと寝ないと、そのマスク引っ剥がして顔をボコボコにしてやるぞ!」
シュウが思わず下を向くと、「チッ」と舌打ちをして、男たちはその場を離れた。
「ゴメンね。変なことに巻き込んじゃって」可菜が謝るとシュウは俯いたまま首を横に振った。
「あの連中はこの辺で幅を効かせているワルで、最近私にしつこく纏わり付いてきて困ってるんだ。中でも私に話し掛けてきた男は檜室っていって、どこからか私があの店で働いてるって聞きつけてから、ことある毎に私を自分のグループに引き入れようと狙っている。どうせ買春でもさせて私を使って金儲けしようと企んでるんでしょ。この店は私のお気に入りだけど、あの連中が来るのだけがイマイチなんだよね~。」
シュウは黙って聞きながら、先ほどの連中に昔あの浦和のアパートで見た二人組のヤクザの姿をダブらせていた。母との穏やかな日常に土足で入り込み、全てをブチ壊しにしたあの二人組のことを思い出すと、シュウは思わず身の毛がよだつのを感じた。
「大丈夫。どうせあんな連中口先だけで、徒党を組まないとひとりじゃ何にもできない臆病者なんだから。アイツらが店を出て行くまで気分を変えてもう一度飲み直そう!」
可菜が気を取り直してジュースのお代わりを頼むのにも気付かず、シュウはしばらく忘れていたハズの何かどす黒いモノが背後から込み上げてくるのを感じていた。
その日の可菜はいつもとは様子が違っていた。
店にいる時も何だかソワソワと落ち着かない顔でいつものクールさは身を潜め、仕事にも身が入っていない様子だった。指名されてスタッフルームを出たはイイが、間違えて他の客を案内しそうになったり、客を連れて小部屋に入ったものの慌ててスタッフルームに戻って来て、「やべぇ、仕事道具忘れた」と言ってバッグを持ってまた出て行ったり、普段なら考えられないような失敗を繰り返していた。
「アイツが客を間違えるところなんて、初めて見た」慎治は受付から心配そうに小部屋の方を覗っている。シュウは可菜が小部屋の中で客にどんなサービスをしているか実際に見たことはないが、この分だと無事に客を天国に導けているかどうか心配で仕方がなかった。
そして今、目の前の可菜はまだ「JAKE」に来て一時間も経っていないのに、既に五杯目のレッド・アイを注文し、「あ~もう駄目だ~」とか、「くそ~、超サイアク~」などとぼやいてしきりに髪を掻き乱している。
「あの~可菜さん。あんまり一気に飲むと体に良くないよ」と心配するシュウをよそに、可菜は早くも五杯目のレッド・アイを飲み干してからシュウをジロリと睨みつけて言った。
「アンタみたいなくそガキに私のこの気持ちが分かってたまるもんか。さっさと帰ってションベンして寝ろ。タコ!」
自分で連れ出しておいてよく言うなぁと思いながら、いったい可菜に何があったのだろうとシュウは不安な気持ちでいっぱいだった。
すっかり目が座った状態で六杯目のレッド・アイに手を付けた可菜の所へ、タイミングの悪いことに例の三人組がちょっかいを出しにきた。
「おい、この間の話だけどちゃんと考えてくれたか?」そう言った檜室の顔を可菜はギロっと睨みつけ、まるで狼が獲物を捕らえたように牙を剥いた。
「うるせぇんだよ、ボケッ! 私はアンタたちの仲間にはならないって何度も言ってんだろうが! そんなに私とやりたきゃ金持ってちゃんと店に来い。もっともいくら金持って来ても私はアンタたちの相手はゴメンだけどね。」
「テメエこのやろう! 人が下手に出てりゃイイ気になりやがって!」今にも檜室が可菜に摑みかかろうとするのを見て、慌ててシュウが立ち上がった。
「ゴメンナサイ。何だかこのひと今日は虫の居所が悪いみたいで…ほら可菜さん、こんなに酔っ払っちゃってしょうがないなぁ。もう今日は帰ろう。さぁ早く!」そう言ってなおも殺気立つ三人組を残し、シュウは無理矢理可菜を店の外に連れ出した。
「何があったのかは分からないけど、お酒で憂さを晴らそうとするのは良くないよ。とにかく、今日は早く帰ってゆっくりと休んでね。それじゃあ」
そう言っていつものように店の前で別れようとすると、可菜は少し歩きかけたところでその場にヘナヘナと座り込んでしまった。
「ダメだ。ふらついてまっすぐ歩けない。おい少年! 頼むから私をウチまで送ってってくれ」
シュウはやれやれといった感じで一瞬肩をすくめたが、このまま置いて行く訳にもいかず、仕方なく可菜に肩を貸すと、ふたりでトボトボと芋洗坂を下っていった。
可菜の住んでいる部屋は元麻布にある高級賃貸マンションの中にあった。
玄関の自動ドアを開けて中に入ると、そこはシュウが見たことも無いような豪華なエントランスで、セキュリティ付きのエレベーターを上がり白で統一された清潔感のある通路を進むと、そこに可菜の部屋があった。
「可菜さん、凄い所に住んでるんだね~」
可菜が独り暮らしをしているのは聞いていたが、まさかこんな立派なマンションに住んでいるとは知らず、シュウはすっかり感心していた。
部屋の前で可菜を肩から降ろし帰ろうとすると、シュウの後ろ姿に可菜が語りかけた。
「こら少年! 女性を部屋まで送らせておいてそのまま帰るのか。恥かかせるんじゃねぇぞ」
シュウは可菜の言っていることの意味がよく分からず首を傾げたが、可菜はそんなシュウの態度に苛立ちながらも、少し下を向いて小さく消え入りそうな声で呟いた。
「とにかく、もう少しつき合え」
部屋に入ると、そこは慎治の住んでいるアパートとは比べものにならないくらいの豪華な造りで、十二畳はありそうなクローゼット付きのリビングルームの他にシステムキッチンと寝室があり、ひとりで住むのはもったいないくらいの広さだった。
「いやぁ~ビックリした。可菜さんて相当稼いでるんだね」シュウがリビングのテーブルの前に座り部屋の中を見回すと、キッチンから赤い液体の入ったペットボトルとグラスをふたつ持って可菜が近付きながら言った。
「バ~カ。いくら風俗やってたって私だけの稼ぎでこんな部屋借りれないっつ~の。これはパパが借りてくれた部屋だ」可菜はシュウの反対側に座るとテーブルの上に置いたグラスにペットボトルの赤い液体を注ぎシュウに差し出した。
「ほれ、飲め」
シュウはかぶりを振って、「え~無理ですよ」と言うと、可菜は「バ~カ。これはただのトマトジュースだっつうの」と言って自分のグラスにも注ぎ口を付けた。そして一口飲むとため息をついて窓の外の夜景を見ながら呟いた。
「でもこんな生活ももう長くないかも」
それから可菜は、シュウに自分の身の上を話し出した。
可菜はもともとある商社を経営している父親の家に生まれ、幼い頃から何不自由なく育てられ、名門私立の女子高を出てそのまま付属の短大に進んだものの、そこでのお嬢様気質に馴染めずすぐに辞めてしまった。父親はそんな可菜を責めることもせず、可菜が自立したいと言うとこのマンションを借りて、自分の会社の系列で六本木で化粧品や雑貨を扱っている小売店に自分の娘を雇わせた。しかし可菜は父親への反発心もありその店もすぐに辞めてしまうと、次第に夜の街に染まり今のような生活になっていったという。
「パパは表向きは理解のある父親を演じながら、本当は私を自分の思い通りにしないと気が済まないんだ。ママはそんなパパの言いなり。私はそんなパパの元にいるのがイヤでウチを飛び出したんだけど、昨日ママから電話があって、私が店を辞めて風俗やっているのをパパが知ったらしくカンカンになって怒ってるって。店の人には私が辞めたことを黙っててもらうように口止めしといたんだけど、きっと誰かに調べさせたんだ。パパは私には直接言わないクセにそうやって人を使って私のことを監視してる。もうウンザリだ」
シュウはなぜ可菜が普段冷たい態度を取ったりワザと乱暴な言葉遣いをするのか分かったような気がした。あれは父親が自分に無理矢理貼り付けたレッテルへのせめてもの反抗だったのだ。
「羨ましいじゃない…」父親への不満をぶつける可菜に向かってシュウはぼそりと呟いた。
「えっ?」
「いいお父さんじゃんか。娘のわがままを聞いてこんな立派なマンションまで借りて、その上まだ自分のことを心配して怒ってくれるなんて、羨ましいよ」
「どうしたの? 修一…」シュウの思いがけない言葉に可菜は驚いて尋ねた。
「可菜さんは不満かもしれないけど、オレにとっては信じられないくらいのイイお父さんだよ。それに比べたらオレのオヤジなんて、オヤジなんて…」下を向いたまま呟くシュウの眼にはかすかに涙が滲んでいるようだった。シュウが初めて見せる姿に可菜はどうしても聞かずにはいられなくなった。
「修一、教えて。アンタいったい何があったの? どうして慎治さんの店に来るようになったの? アンタのお父さんっていったいどんな人?」
すると、しばらく黙り込んだ後でシュウは顔を上げ、窓の方を眺めながら、遠い記憶を呼び覚ますように自らの過去を語り始めた。
「オレのオヤジは、ヤクザだった…」
シュウが全てを語り終わると、可菜は信じられないといった顔で無理矢理笑顔を作った。
「ちょっと、冗談はよしなよ。そんな話…誰が信じるかっつーの。どうせならもっとマシな嘘つけない訳? キツ過ぎるんだけど…」しかしシュウは黙って窓の方を見たまま可菜の言葉に反応しようともしない。
「えっ? じゃあ何? アンタ本当に自分のお父さんとお母さん殺しちゃったの? そのヤクザもそんな都合よくあっさり殺されちゃった訳? 六年間寝たきりだったってどういうこと? 何なのその海で会った老人って。会って間もないアンタにいきなり自分のこと殺してなんて言う? バッカみたい!」
だがシュウは自分の手のひらをジッと眺めながら続けた。
「嘘じゃない! オヤジも母さんも保さんも、みんなオレがこの手で殺してきた。自分でもよく分からないけど気が付いたらそうなってたんだ。ただ、あのオヤジは絶対に許せないと思ってた。あの時オヤジさえいなくならなければ母さんは死ぬことはなかったんだ。オレはオヤジの声で長い間の暗闇から這い出して、それからはオヤジを殺したい一心でつらいリハビリにも耐えてようやく復讐することができたんだ。だけどオヤジを殺した後でオレも母さんの後を追おうと思って、母さんの故郷って聞いていた親不知に行ったんだけど、そこで保さんに会って色々美味しいモノを食べさせてもらったり色んな話を聞くうちに、何だか自分が死のうと思ってたことがバカらしく思えてきて、もうちょっと頑張ってみようかなって気持ちになったんだ。そして保さんが自分の命を犠牲にしてまでオレに伝えたかったことが分かった時、オレはオヤジのことをもしかしたら誤解してたんじゃないかって思えてきて。オヤジはオヤジなりにオレのことを考えてくれてたんじゃないかって思えてきて… 母さんはオレがオヤジを殺して喜んでるだろうと思ってたけど、それももう何だかよく分からなくなっちゃった」
シュウは座ったまま膝を立てて両腕の中に顔をうずめた。可菜の方からその顔を見ることはできなかったが、シュウは泣いているようだった。
「修一…」
「修一じゃないよ。僕の名前はシュウ。クサい臭いの”臭”って言うんだ。冗談半分でオヤジが付けた名前だけど、サイコーだろ? オレがこの名前のお陰で今までどれだけつらい思いしてきたか…」
「シュウ…」
「可菜さんには分からない! 分かりっこないよ。オレが今までどんな思いで生きてきたか、これからどうやって生きていったらイイのか。生まれつき恵まれた可菜さんには分からないよ」
「シュウ…」なおも低い声で嗚咽するシュウのそばに可菜は寄り添った。
「シュウ。確かに私にはアンタの気持ちを全部理解することはできない。だけどちょっとだけなら私にもアンタの気持ちは分かるよ。私もパパが憎かったけど、最近になって少しだけパパの気持ちが分かるようになってきた。パパはパパなりに私のことを心配してくれてるんだなって。今すぐには無理だけど、いつかきっとパパとは仲直りできそうな気がする。だからシュウも、そうやってお父さんの本当の気持ちに気付いたんなら、その気持ちを大事にしてこれからも生きていけばイイじゃない。生きていればこれからきっとイイことあるよ。だから、泣かないで。シュウ」
そう言うと、可菜は涙でグチャグチャになったシュウの顔に手を添えてそっとマスクを外すと、優しくキスをした。シュウは一瞬ビックリしたように身を縮めたが、可菜の柔らかい唇に触れると我を忘れたように彼女の体を抱きしめてそれに応えた。
しばらく抱擁した後、可菜はそっと唇を離すと黙ったままシュウの着ているTシャツを脱がせ、自らもシャツとブラジャーを外すと、わずかに微笑みながら横になった。シュウはその仰向けになった可菜の豊かな胸の膨らみに触れようとして体を近付けようとしたが、その時ふと、可菜のあらわになった上半身に母親の幸恵の姿が重なり、あの晩に見た恐ろしい光景が蘇るのを感じた。
「ヒッ!」目の前で腹から血を流して倒れている幸恵の無惨な姿を思い出し、シュウは思わずのけぞった。
「どうしたの? シュウ」可菜が驚いてシュウに触ろうとするとシュウはその手を払いのけ、何かに怯えながらしきりに呟いている。
「大丈夫? シュウ」可菜がシュウの顔を間近で見ると、その眼は焦点が定まらないまままっすぐ前を見つめ、シュウはその見えない何かに向かってしきりに話し掛けているようだった。可菜が耳を澄ませてその声を探ると、それは消え入りそうに小さな、しかしハッキリとした謝罪の言葉だった。
「ゴメンナサイ。母さん… ゴメンナサイ」
しばらくするとようやくシュウは落ち着きを取り戻し、Tシャツを拾い上げて着ると立ち上がった。
「スミマセン、可菜さん。オレ帰ります」
可菜もシャツを身に纏うとシュウの横に並んで立ち、心配そうに声を掛けた。
「分かった。でも本当に大丈夫?」可菜の言葉にシュウは黙って笑顔で応えると、玄関に向かって歩き出した。玄関で靴を履くとシュウは振り返って可菜に尋ねた。
「お店、もう来ないの?」可菜はしばらく考えた後で笑顔で言った。
「いや、まだやるよ。今ここで辞めたら何かパパの言いなりみたいで癪だし、私案外この仕事気に入ってるんだ。さすがにこんな立派なマンションには居られないだろうけど、安いアパートでも借りてもう少し頑張ってみるよ。はい、忘れ物」
部屋に置き忘れたマスクを手渡されながら、可菜の吹っ切れた様子を見て安心したシュウは、「じゃあ、また明日」と言って部屋を出ていった。
可菜はそんなシュウを見送った後で、ひとりきりになった広い部屋の中で小さくひとつため息をついた。
次の日、開店時間を過ぎても可菜はなかなか姿を現さなかった。
「ベルの奴いったいどうしたんだ。いつもなら開店前にはとっくに店に入ってるハズなんだけどな」
何度か携帯を鳴らしても繋がらず、昨夜のこともあってさすがに慎治も心配な様子だった。その日は朝から雨が降り続け、開店の時間になっても降り止むどころかますます強くなっていった。シュウは立て看板の灯りを点しながら辺りを見回したが、うっすらと霞む街角のどこを見ても可菜の姿は見当たらなかった。
やがてポツポツと店に客が入り始めたが、雨のせいかいつもの慌ただしさはなく、スタッフルームの女の子たちも暇を持て余して携帯をいじったりお喋りをしたりしている。十時を回る頃にはすっかり客足も遠のいてしまったが、それでも可菜は現れなかった。
「慎治さん、オレ今日は少し早めに上がってもイイかな?」可菜のことが気になってシュウは慎治に申し出た。慎治もシュウの気持ちを察しているらしく、「あぁ、悪い。頼んだ」と了解した。
店を出るとシュウは傘をさして足早に歩き始めた。何だかとてつもなく不吉なことが起こっているような気がして、シュウは胸騒ぎを覚えた。
可菜のマンションへ行く途中、シュウは念のため「JAKE」に寄ってみた。まさかこんな所で仕事を放り出してひとりで飲んでいる訳はないと思ったが、やはり雨のせいで閑散とした店内のどこを見渡しても可菜の姿は無かった。
「よう、どうしたの?」いつもは姿を見せない時間に現れたのに驚いたバーテンが話し掛けてきたので、シュウは可菜が店に来なかったかを尋ねた。
「いや、今日は彼女の姿は見てないな。だいたいいつもこんな時間には顔を出さないだろう」バーテンは分かりきったことを聞くなよといった顔で答えたが、ふと思い出したようにつけ加えた。
「そう言えば、開店して間もない時間に例の三人組が現れて、何だか物騒な話をしてたな。「今日こそやってやる。」とか、「開店前に店の前で待ち伏せして」とか。あれってまさか…」
その瞬間、シュウは弾かれたように店を飛び出して行った。
雨が降りしきる中をひた走り、ようやく可菜のマンションに着くと、シュウはエントランスに入りインターフォンで可菜の部屋を呼び出したが、何度鳴らしても応答が無い。セキュリティ付きのエレベーターは住人が解除しないとドアが開かない。途方に暮れているとちょうど他の住人が入って来てエレベーターに乗り込もうとしたので、何食わぬ顔で一緒にエレベーターに滑り込んだ。
その住人がシュウに疑いのこもった視線を向けるのにソワソワしながらも、目的の階に着くとペコリと頭を下げてエレベーターを降り、シュウは可菜の部屋に向かって走った。
可菜の部屋の前に着くとシュウはドアを何度もノックして、「可菜さん! オレです。シュウです」と叫ぶと、しばらくしてようやくドアがカチャリと開いて中から可菜が死人のような顔を覗かせた。
「可菜さん、いったい何があったの?」部屋の中に入りながらシュウは可菜に尋ねたが、可菜は何も答えずに黙ったままフラフラとベッドルームの方に歩いて行くと、そのままベッドに倒れ込んだ。
「可菜さん…」シュウがベッドルームの入り口で躊躇していると、可菜はうつ伏せになったままで呟いた。
「やられた…アイツらに」可菜の肩が小刻みに震えた。シュウは全身の血が一気に引いていくのを感じた。
「ちくしょう、アイツら寄ってたかって私のことを…クソッ、アイツら本当にやりやがった」
可菜の話によると、檜室たちは始めからフェアリーの前で可菜が来るのを待ち伏せしてたらしい。そして可菜の姿が見えると、ちょっとだけ話があるからと言って無理矢理車の中に押し込み、そのまま可菜を自分たちのアジトに連れて行ってレイプしたという。
最初に可菜を犯した後、可菜の太股から赤いモノが流れてくるのを見て檜室は、「マジッ? 嘘だろ。風俗やってる女が何で男を知らないんだよ!」と言った。可菜はバージンだった。
「こんな商売やってるとかえって男を知った気になって、他の子たちにはさも経験豊富なフリをしてたけど、私だって最初は好きな人としたかった」可菜はベッドに寝たままシュウの方を見た。その目は涙で赤く腫れていた。
「それなのにアイツら、「おい初モノだ滅多にお目に掛かれねぇぞ」って次から次へと私に襲い掛かってきて…」
事が済むと、檜室たちはさっさと可菜を放り出したらしい。それから降りしきる雨の中をどうやって帰って来たか、可菜はよく覚えてないらしいが、気が付くと自分の部屋に戻っていて、それから雨に濡れ冷えきった体をシャワーで温めて、ずっとこのベッドに寝ていたらしい。
「シュウ、私悔しい。あんなサイテーの連中に奪われて、本当に悔しいよ。もうこのまま死んじゃいたい!」
シュウは可菜の話を黙って聞いていたが、やがてグッと拳を握り締めるとマスクを外し下を向いたままで呟いた。
「アイツら…ぶっ殺してやる」その眼には可菜が今まで見たことが無い冷酷で無機質な光が宿っていた。振り返ってベッドルームを出ようとするシュウに向かい可菜が叫んだ。
「待って。アンタ何考えてんの! あんなケダモノみたいな連中相手にしたって勝てっこないでしょ。逆に殺されるよ!」
すると、シュウは可菜の方に近付きながら怒りのこもった声で訴えた。
「可菜さんだって悔しいだろ! あんな連中に好き放題されて。今だって死ぬほど悔しいって言ったばかりじゃないか。オレは絶対に…絶対にアイツらを許せない!」
今にも怒りを爆発させそうなシュウの迫力に圧倒されそうになりながらも、可菜はシュウを止めようと必死だった。
「シュウ、お願いだから聞いて」可菜はベッドから身を起こし、シュウを横に座らせると諭すように語り掛けた。
「シュウ。確かに私だってアイツらのことが死ぬほど憎い。だけどそんなことでシュウがアイツらに喧嘩売って、もしもアンタに何かあったらその方がよっぽどつらい。大丈夫。この仕事をやるって決めた時にある程度覚悟はできてたから。最初の相手がアンタじゃなかったのは残念だけど、私はシュウがそばにいてくれれば…」そこまで言いかけて、可菜はシュウの様子がおかしいことに気付いた。
シュウはまっすぐ前を見つめ何かブツブツとうわごとのように呟いている。
「シュウ、どうしたの?」
「ダメ… ダメだよ母さん」シュウは目の前にいる見えない誰かに話し掛けているようだった。
「だからダメだって。可菜は大事なひとなんだから。お願いだからおとなしくしててよ」
「シュウ、しっかりして! ねぇシュウ!」可菜が腕を掴んで呼び掛けると、シュウは突然可菜の方を向いて叫んだ。
「おとなしくしててって言ってるだろう!」シュウの眼は闇に取り憑かれたかのように光を失い、その顔からは一切の表情が無くなっていた。可菜は思わず唾を飲んだ。
「可菜は初めて出会ったオレの大切なひとなんだ。オレの悲しみを理解して、オレに寄り添ってくれようとした。オレはもう母さんがいなくても大丈夫だから、ゆっくり休んでてよ」
「シュウ…」シュウは自分と母親を混同しているのだろうか。まるで死んだ母親が目の前に現れたかのように語り掛けてくる。
「何でだよ母さん。アイツらはオレが始末してやったじゃないか」
そしてシュウは可菜の首に手を回すと、ゆっくりと指に力を込めた。
「お願いだからもうオレを困らせないで、ゆっくり寝ててくれよ」
「いや… やめて。シュウ!」可菜はシュウの手を離そうとするが、力が強過ぎて離せない。
「大丈夫だよ。母さん。もうすぐ楽になるから」
「シュウ… お願い…」シュウは全く表情を変えることなく、なおも指に力を込めてくる。
可菜は意識が徐々に遠くなっていくのを感じていた。
ベッドルームには、目を見開いたままベッドに横たわる可菜の力尽きた姿だけが残されていた。
そして、その目からこぼれ落ちる一筋の涙を見る者は、誰もいなかった。
0
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