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第二章
29 〜えーとどうしようかねえ
しおりを挟む智美の回想
──────────
気晴らしに、料理でもしようかと(させてもらえるかは別として)厨房に行ってみると、何やらもめてる声がした。
『また用意しろって言うのかい、毎回毎回、宴でもないのにそんな大量に!冷やしたまま運ぶのだって、器だって用意したり片付けたり大変だよ。果物だって、そんなに手に入らないんだからね』
『ですが、愛子様のいいつけで…』
困ったように、言いよどむ侍女はたしか、愛子付きの侍女のメリルだったと思う。
最初の頃、こちらの方々には理解できない愛子の言動を、自分なりに解釈して説明して、フォローしながらその侍女を慰めたり、褒めたりしてやったりしていたので、覚えているし、先日浴場に案内してもらったのも彼女にだ。
その前にいるのは、厨房の仕事をする者なのだろう、作業着を着た五十代ぐらいの女性が、しかめっ面をしながら先ほどの話をしていた。
「どうかしたの?」
何の気なしに、気楽に声をかけたつもりだったのだが、
『サトミ様!』
と侍女メリルに涙目ですがるように見られてしまった。
話を聞くと、毎日のように訓練生に配る、大量の冷たい飲み物を用意するようにと、愛子に言われて困っているらしい。
最初は、【清き乙女】ご希望だからと用意したが、それを毎日言われるので、用意するのにも費用も時間もかかるし、厨房の方も困ってしまったらしい。
冷水じゃだめなのかと聞いたら、今更水なんて出せないと、愛子に拒否られたらしい。
もう何度も甘い冷やした飲み物を差し入れしているし、訓練生たちも毎日愛子がくるので、期待してしまっているようだ。
おまけに、毎回一人一人に愛子が器に注いでやっているらしく、休憩時間が長引くし、せっかく冷やして持ってきているのに、全員に注ぎ終わるまで皆遠慮して飲めずに温くなっていく、訓練にも響くので、さすがに先日、訓練を見ている副官に意見されていたらしいが、まったく改善する気が無いようで、困っていると言われた。
『えーと、何人ぐらいいるのかな?』
『五十人ぐらいです』
もはや、泣きながら侍女は答えていた。
(五十人って結構な数…えーとどうしようかねえ)
そこで、ふと思い出す。
先日、みそや醤油に近い調味料が無いかと見せてもらったのだが、結局なくてがっかりしたのだが、そのときに端の方にひっそりと置かれた壺になんと、クエン酸があったのだ!!
驚いて聞くと、リモン粉というらしい。
リモンは隣の国、赤国の果物でなかなか手に入らないそうだ、似た味を再現しようと魔法薬局がいろいろ試した結果できたもので、医薬局でも使うことがあるそうだが、リモンの味ということで、厨房にもたらされたが、粉を舐めたらあまりの酸っぱさに、どう使ってよいのか考えたあげくに放置していたようだ。
「すみませんが、コップ一杯の水をもらえませんか?
後、砂糖とリモン粉使わせていただきます」
難しい顔をしていた厨房の女性にお願いすると、不思議そうにしながらも、水を一杯渡してくれる。
さらに、スプーンを二本借りて先日見せてもらた調味料の入った壺に近づいた。
先ず、砂糖を入れて甘い砂糖水を作り舐めてみる。休憩中に飲むのだからあまり甘過ぎないのがイイかなと思うが、冷やすと甘みを感じ難くなるから加減がむずかしい。
次に、リモン粉を少しづつ加えながら味を見ていく、余り酸っぱさが際立たない程度ほどに、押さえておく。
人によっては酸っぱいの、全くダメな人もいるしと思いながら、スポーツドリンクみたいにしてみるかと、塩をほんのちょっと入れてみる。大した味の変化は無かったが、何か微妙に物足らない。
首をひねりながら考える智美を、厨房にいた人たちが見つめていた。
「すみませんが、柑橘系の果物かリキュールはありませんでしょうか?」
『ライネのリキュールならありますが』
智美の言葉に返事をしたのは、副料理長のマットだった。
渡された瓶の蓋を開けて匂いを嗅ぐと、柚子の様な良い匂いのするお酒で嗅いだかぎりでは、アルコールが強そうには感じない。
スプーンに少し出して、数滴たらす。かき混ぜる用のスプーンでよく混ぜて、少し飲んでみる。
リキュールのお陰で、風味が増したので物足りなさが無くなったと思う。
だが、これは智美の感想なので、そばにいたマットと目があってにっこりと笑う。
「口つけたもので、申し訳ないのですが、味見してもらえますか」
『え、俺、いや私がですか』
「ええ、男性の意見を聞きたいので」
智美がそう言うと、味に興味があったのだろう、素直にひとくち口に含んだ。
「素直な意見をお聞かせください」
『…少し甘いでしょうか』
おずおずとそう答えるマットに、智美は言い訳の様に言葉をつなぐ。
「冷やすと甘さが感じ難くなるので、少し甘めにしたのですが」
その言葉にマットはコップの水面を人差し指で、ちょんとつついてから飲んだ。
『ああ、冷やすとくどくなくなりますね。』
どうやら、マットは冷却の魔法が使える様だ。
「これなら五十人分は、果物を絞るより楽だと思うのですが」
『リモン粉なら、どうしていいのか分からなかったので、山ほど有りますし、砂糖は常においてありますから』
智美の言葉に、マットがほっとしたように言った。
ちなみに砂糖はそれほど高価なものではないようで、塩などと同じ価格帯ということは、この前聞いている。
「クエン酸は、疲労回復にいいと言われるから、訓練生にはもってこいだと思いますよ。」
『ク、クエン?』
「あ、リモン粉です」
ついうっかり、クエン酸と言ってしまい、慌てて訂正する。
(さて、これで飲み物の問題は解決したけど…、ペットボトル、プラコップなんてないしなあ。)
目線を巡らせた智美の目にリキュールの瓶が目に入る。円筒形の型吹きガラスのようで、注ぎ口だけがすぼまっている一升瓶程の大きさだろうか。
「副料理長、この瓶のような空き瓶10本ぐらいありませんか?って樽?」
智美が考え事をしているあだに、マットは、木樽に先ほどの砂糖とクエン酸水をさっそく作っていた。
その作っていた樽が、どう見ても200リッターは入る代物で、それ専用の車輪の付いた台車にのせられて、樽の下の方にフックがあり、そこから注いだりするもののようだった。
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