清色恋慕 〜溺れた先は異世界でした〜

月峰

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第二章

30 〜話を聞くかどうかは分からないけどね

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「そんなに作るのですか?」

 あまりの大きさに、智美が驚いていると、マットは砂糖の壺を抱えて、豪快に手で砂糖を入れながら言った。

『量はこの樽の半分もいらないのですが、大きくて移動できるのがこの野営用の給水樽しかありませんので。
 それで、空き瓶ですか?酒屋が取りに来てなければ、倉庫にあるとは思いますが…』

「そちらを十本ほどで五十人分足りると思うのですが、冷やしたまま運ぶことは可能ですか?」

『ええ、それくらいの量で足りるでしょうね。冷やしておくのは私の魔法で出来ますし、別の台車もありますから、それで運べば大丈夫でしょう』

 マットの言葉に智美はメリルに笑顔で話しかける。

「メリルさん、瓶に分ければ手分けして配れるでしょう。そうすれば手際もよくなるし」

 メリルは智美の言葉にほんの少しホッとするも、再び怪訝な顔をする。

『アイコ様には、私が手伝おうとすると怒られるのです。
 でも、気が利かないって、手伝わないことにも怒られるので、どうしていいのか私には分からなくて』

 うなだれるメリルを、智美はじっと観察する。
 こちらの女性の例に漏れず、メリルは百七十はゆうに超えているかと思う、長身なスレンダー美人で、ちょっと儚い感じの女性だ。
 年は愛子と同じ17歳。年が近い方が気心が知れるだろうという周りの思惑を外して、愛子の様子はメリルを疎まし気な態度だ。
 まあ、智美はなんとなくだが、愛子はメリルにコンプレックスを抱いているのだろうと思う。
 愛子は見た目小柄で可愛い感じの子だ、そう可愛いだ、美人ではない。

「今回は私も行って、一緒に給仕しながら手塚さんに話すから、一応同じ立ち位置だから、口を出しても大丈夫だとは思うけど、話を聞くかどうかは分からないけどね」

 そう智美はメリルに苦笑して見せた。






 冷えた瓶を荷台に乗せて、調理場の下働きをしている人たちに運んでもらう。
 休憩が終わるまでいてもらうわけにもいかないので、訓練場に運んでもらった後は、元の調理場に戻ってもらって、後で手が空いた時に取りに来てもらう事になっている。
 訓練場へ智美らが赴くと、訓練生達が動きを止めて、休憩を取ろうとしているところだった。

「遅いじゃない、もう休憩始まってるのに」

 苛立ったように、メリルに言う愛子は智美の姿を見て怪訝な顔をする。
 智美は、少し遅くなったので、愛子に事前に話す暇が無くなってしまった事を、ちょっとまずかったかなと思いながら、何気なさを装いながら軽く話す。

「大変そうだから、手伝いに来たの」

 智美がそう言うと、愛子は声には出しはしなかったが、余計な御世話だという、不満な顔を隠そうともしなかった。
 その様子に仕方が無いなあと智美は思いながら、飲み物の入った瓶を一つ手に取り、栓を外して愛子に声をかけながら渡した。
「重いから気をつけて」
 愛子は憮然としながらも、無言で受け取る。
 そこへ休憩しようと候補生達が集まりだしたが、その場にザッジ団長もいて、智美が気付くと話しかけてきた。

『こんにちは、サトミ様も今日はいらしたのですね』

「こんにちは、ザッジ団長。
 今日はいつもと違う飲み物を用意しましたので、どうぞ試してください」

 そう言って、智美は愛子を見た。

 愛子に説明する暇は無かったが、一応飲み物を配るというねぎらいの行動は、愛子が主体で行うべきだとは思っていたので、勝手に智美が取り仕切ってしまうのは、まずいだろうと思ったからだ。
 愛子は愛子で、団長と智美の挨拶など気にせず、渡された瓶を持ちながら、何か探しているようだ。

「メリル、コップは何処」

 愛子のその言葉に、智美がすかさず口を出した。

「手塚さんごめんなさい、コップの用意が大変だから、今回は紙コップを用意したの、メリルさん」

「え、紙コップ?」

 愛子の疑問に答えずに、メリルを呼んで籠に入れていた紙コップを取り出す。

 それは、よく折り紙で作る紙コップだけれど、この紙は内側にロウ引きしてあって、水がしみないようになっている。
 厨房に置いてある、サランラップのように使われている紙で、本来もっと大きい紙なのだが、使いやすいサイズに切って折ってきたので時間がかかったのだ。
 コップを用意して、洗ったりするのとどっちが手間なのかは、どっこいどっこいかもしれない。
 強度があまり無いので、その都度作らねばならないが、コップを折る作業は、本来の仕事が一段落し、手が空いた時にいつでもできるのと、折り紙なので場所を取らないことが利点だろうか。

 智美は、折り紙の紙コップを広げてそこに、注ぐように愛子に促した。
 瓶が大きいので、さすがに片手で注ぐことができない、不満そうにしながらも愛子は一応注いでくれた。

「ありがとう。ザッジ団長、冷たいうちにどうぞ」

 智美は愛子に礼をいうと、たぶんこの場で一番偉いであろうと思われる人物に差し出した。

『ありがとうございます』

 ザッジは受け取ると、持った器がヒンヤリして気持ちがいいと思いながら、無色透明の液体に口を付ける。

『…ライネ?ですかでもそれにしては違うような』

 飲み口の甘酸っぱさに、おいしく思うも、何か分からない飲み物に首をひねる。

「砂糖水にリモン粉とライネのリキュールが風味づけに入ってるのですが、お口に合いませんか」

 智美の言葉に、ザッジはにっこり笑って答える。

『リモン粉ですか、あんなすっぱい物がこんな飲み物になるんですね。甘酸っぱくてとてもおいしいですよ』

「それは良かった。
 メリルさん、皆さんに紙コップを配って下さい」

 そう言って、メリルに紙コップを配ってもらうが、一応メリルは年かさの団員から配って行っているのだが、その場から愛子は注ごうとせずに、メリルから紙コップを数枚奪って、目当ての団員に近付いて行ってるのを見て、愛子に仕切らせることはできないのを見取った。
 何の説明も無しに、いきなり心配りを期待する方が酷なのかとも思うが、そのままにしておくのも、相手が大変だと言う事を、全体の様子で感じ取り、智美は口出しすることにした。

「温くなってしまわないうちに、皆さんに飲んでいただきたいので、何人か注ぐのを手伝っていただけませんか」

 その言葉を、ザッジに向かって智美は言った。
 その視線で何を求められたのか察したザッジは、ざっと見渡して新入りで年若い団員の名を呼んだ。

『テッド、カノッサ、注いでまわれ』

『『はい!』』

 その言葉を聞きながら智美は瓶を手に取り、紙コップを配り終わったメリルにも促して、メリルが紙コップを配り始めたあたりから智美は注ぎだした。







──────────
後書き

OL歴10年、お局様は伊達じゃないようです。
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