31 / 65
第二章
30 〜話を聞くかどうかは分からないけどね
しおりを挟む「そんなに作るのですか?」
あまりの大きさに、智美が驚いていると、マットは砂糖の壺を抱えて、豪快に手で砂糖を入れながら言った。
『量はこの樽の半分もいらないのですが、大きくて移動できるのがこの野営用の給水樽しかありませんので。
それで、空き瓶ですか?酒屋が取りに来てなければ、倉庫にあるとは思いますが…』
「そちらを十本ほどで五十人分足りると思うのですが、冷やしたまま運ぶことは可能ですか?」
『ええ、それくらいの量で足りるでしょうね。冷やしておくのは私の魔法で出来ますし、別の台車もありますから、それで運べば大丈夫でしょう』
マットの言葉に智美はメリルに笑顔で話しかける。
「メリルさん、瓶に分ければ手分けして配れるでしょう。そうすれば手際もよくなるし」
メリルは智美の言葉にほんの少しホッとするも、再び怪訝な顔をする。
『アイコ様には、私が手伝おうとすると怒られるのです。
でも、気が利かないって、手伝わないことにも怒られるので、どうしていいのか私には分からなくて』
うなだれるメリルを、智美はじっと観察する。
こちらの女性の例に漏れず、メリルは百七十はゆうに超えているかと思う、長身なスレンダー美人で、ちょっと儚い感じの女性だ。
年は愛子と同じ17歳。年が近い方が気心が知れるだろうという周りの思惑を外して、愛子の様子はメリルを疎まし気な態度だ。
まあ、智美はなんとなくだが、愛子はメリルにコンプレックスを抱いているのだろうと思う。
愛子は見た目小柄で可愛い感じの子だ、そう可愛いだ、美人ではない。
「今回は私も行って、一緒に給仕しながら手塚さんに話すから、一応同じ立ち位置だから、口を出しても大丈夫だとは思うけど、話を聞くかどうかは分からないけどね」
そう智美はメリルに苦笑して見せた。
冷えた瓶を荷台に乗せて、調理場の下働きをしている人たちに運んでもらう。
休憩が終わるまでいてもらうわけにもいかないので、訓練場に運んでもらった後は、元の調理場に戻ってもらって、後で手が空いた時に取りに来てもらう事になっている。
訓練場へ智美らが赴くと、訓練生達が動きを止めて、休憩を取ろうとしているところだった。
「遅いじゃない、もう休憩始まってるのに」
苛立ったように、メリルに言う愛子は智美の姿を見て怪訝な顔をする。
智美は、少し遅くなったので、愛子に事前に話す暇が無くなってしまった事を、ちょっとまずかったかなと思いながら、何気なさを装いながら軽く話す。
「大変そうだから、手伝いに来たの」
智美がそう言うと、愛子は声には出しはしなかったが、余計な御世話だという、不満な顔を隠そうともしなかった。
その様子に仕方が無いなあと智美は思いながら、飲み物の入った瓶を一つ手に取り、栓を外して愛子に声をかけながら渡した。
「重いから気をつけて」
愛子は憮然としながらも、無言で受け取る。
そこへ休憩しようと候補生達が集まりだしたが、その場にザッジ団長もいて、智美が気付くと話しかけてきた。
『こんにちは、サトミ様も今日はいらしたのですね』
「こんにちは、ザッジ団長。
今日はいつもと違う飲み物を用意しましたので、どうぞ試してください」
そう言って、智美は愛子を見た。
愛子に説明する暇は無かったが、一応飲み物を配るというねぎらいの行動は、愛子が主体で行うべきだとは思っていたので、勝手に智美が取り仕切ってしまうのは、まずいだろうと思ったからだ。
愛子は愛子で、団長と智美の挨拶など気にせず、渡された瓶を持ちながら、何か探しているようだ。
「メリル、コップは何処」
愛子のその言葉に、智美がすかさず口を出した。
「手塚さんごめんなさい、コップの用意が大変だから、今回は紙コップを用意したの、メリルさん」
「え、紙コップ?」
愛子の疑問に答えずに、メリルを呼んで籠に入れていた紙コップを取り出す。
それは、よく折り紙で作る紙コップだけれど、この紙は内側にロウ引きしてあって、水がしみないようになっている。
厨房に置いてある、サランラップのように使われている紙で、本来もっと大きい紙なのだが、使いやすいサイズに切って折ってきたので時間がかかったのだ。
コップを用意して、洗ったりするのとどっちが手間なのかは、どっこいどっこいかもしれない。
強度があまり無いので、その都度作らねばならないが、コップを折る作業は、本来の仕事が一段落し、手が空いた時にいつでもできるのと、折り紙なので場所を取らないことが利点だろうか。
智美は、折り紙の紙コップを広げてそこに、注ぐように愛子に促した。
瓶が大きいので、さすがに片手で注ぐことができない、不満そうにしながらも愛子は一応注いでくれた。
「ありがとう。ザッジ団長、冷たいうちにどうぞ」
智美は愛子に礼をいうと、たぶんこの場で一番偉いであろうと思われる人物に差し出した。
『ありがとうございます』
ザッジは受け取ると、持った器がヒンヤリして気持ちがいいと思いながら、無色透明の液体に口を付ける。
『…ライネ?ですかでもそれにしては違うような』
飲み口の甘酸っぱさに、おいしく思うも、何か分からない飲み物に首をひねる。
「砂糖水にリモン粉とライネのリキュールが風味づけに入ってるのですが、お口に合いませんか」
智美の言葉に、ザッジはにっこり笑って答える。
『リモン粉ですか、あんなすっぱい物がこんな飲み物になるんですね。甘酸っぱくてとてもおいしいですよ』
「それは良かった。
メリルさん、皆さんに紙コップを配って下さい」
そう言って、メリルに紙コップを配ってもらうが、一応メリルは年かさの団員から配って行っているのだが、その場から愛子は注ごうとせずに、メリルから紙コップを数枚奪って、目当ての団員に近付いて行ってるのを見て、愛子に仕切らせることはできないのを見取った。
何の説明も無しに、いきなり心配りを期待する方が酷なのかとも思うが、そのままにしておくのも、相手が大変だと言う事を、全体の様子で感じ取り、智美は口出しすることにした。
「温くなってしまわないうちに、皆さんに飲んでいただきたいので、何人か注ぐのを手伝っていただけませんか」
その言葉を、ザッジに向かって智美は言った。
その視線で何を求められたのか察したザッジは、ざっと見渡して新入りで年若い団員の名を呼んだ。
『テッド、カノッサ、注いでまわれ』
『『はい!』』
その言葉を聞きながら智美は瓶を手に取り、紙コップを配り終わったメリルにも促して、メリルが紙コップを配り始めたあたりから智美は注ぎだした。
──────────
後書き
OL歴10年、お局様は伊達じゃないようです。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる