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森を行く馬車
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暗い森の中を馬車が走っている。
深いブラウンの装甲に家紋は施されていないが、上品に艶消しされた金色の車輪や御者台に座る男のキッチリとした服装からして、相当裕福な者の所有であることが窺い知れる。
「はぁ。」
時折り、馬車に気付かずに側を通る森の生き物のために速度を落としたり、停止したりしながらゆっくりと進むその内部で、青年はウットリと溜息を漏らした。
「ご覧よミリ、この美しさーー。ほのかに香る優美な香り。正しく僕の運命だ。」
窓の外を見ていたミリと呼ばれた女中は、惚れ惚れとした顔の主に目を移した。
淡雪のような白い肌にアッシュブラウンの髪、エメラルドのような翠の瞳を持つ彼女の主は、男性とは信じ難い程に麗しい。
この主に恍惚とした表情を向けられたら、誰もが彼に恋してしまうだろうとミリは思った。
ただし、彼がその美貌を駆使しまくって誉め称えているのは女性ではない。男性でもないし…なんなら人間ですらないのだ。
「この光沢なんてそこらの宝石より綺麗だと思わないかい?僕はこれを首飾りにして舞踏会に参加したいくらいだよ。」
ブラックダイヤなんて霞んでしまうよね、と主が自分の手持ちの超高額な宝石よりもその価値を見出している物ーー。
爪まで美しい、細い指先で摘んでいるその物体はーー。
ヒヒーン
ふいに、遠くから馬の嘶きが聞こえた。
その後に、女性の悲鳴のような音も。
馬車が警戒したようにゆっくりと停車する。
「なんだろう。ミリ?」
「はい。少々お待ち下さい。」
ミリは主に一声掛けると目を瞑った。
その身体の周りが仄かに輝き出す。
「賊がいるようですね。数は6人。それと、人が2人追われています。若い女性と、初老の男性です。」
まるで見ているかのように説明すると、ミリは目を開けた。
身体を包んでいた光が霧散する。
「この森にたった2人で?それは襲ってくれと言ってるようなものだな…。」
主は眉間に皺を寄せると、御者台へと繋がる内窓を開けて言った。
「ルド、賊が悪さをしてるみたいだから急いでくれるかい?トップスピードを出して構わないよ。」
ルドと呼ばれた御者は頷くと、馬車を引く二頭の馬に鞭を入れた。
馬車は徐々にスピードを上げ、森の木々が霞んで見える程の速さになる。
間もなく、前方が騒がしくなってきた。
「へへへっ!俺たちから逃げられると思ってんのかよぉ!!」
「身包み剥がせ!女は俺のだ!」
「馬鹿野郎、早いもん勝ちだ!あれは上玉だぜぇ!」
下卑た会話をしながら馬を駆る3人の賊から必死に逃げるのは、ミリの言った通り若い女と初老の男だった。
男が女の手を引き誘導しているが、その先から3人の賊が現れる。
囲まれてしまったーーー。
賊は下馬し、ニタニタと笑いながら獲物に近付いて行く。
初老の男は懐から短剣を取り出し、周りを威嚇する。
「オイオイ!じーさん!そんなモン振り回したらポックリ逝っちまうぞぉ!!」
賊の1人がゲラゲラ笑いながら近付いた瞬間、血飛沫が舞った。
男の短剣が賊の腕を切り裂いたのだ。
痛みに呻いて跪く賊の鳩尾に蹴りを入れて失神させた男の動きは、ただの初老の男の動きでは無かった。
「やりやがったな!殺せ!」
逆上した賊が襲いかかる。
男は奮闘していたが、人数が違いすぎる。
顔を斬りつけられてよろめいた拍子に、賊が女を捉えた。
「お嬢様!!」
男が叫ぶと賊は嬉しそうに笑った。
「テメェの目の前でその大切なお嬢様をいたぶってやるよ。全員の相手したら、気が狂うかもなぁ!」
そう言って、真っ青になる女の髪をグイッと乱暴に引いた瞬間ーーー。
「それはいただけないな。女性には優しく接したまえ。」
この場にまるでふさわしくない、ゆったりとした声が聞こえた。
深いブラウンの装甲に家紋は施されていないが、上品に艶消しされた金色の車輪や御者台に座る男のキッチリとした服装からして、相当裕福な者の所有であることが窺い知れる。
「はぁ。」
時折り、馬車に気付かずに側を通る森の生き物のために速度を落としたり、停止したりしながらゆっくりと進むその内部で、青年はウットリと溜息を漏らした。
「ご覧よミリ、この美しさーー。ほのかに香る優美な香り。正しく僕の運命だ。」
窓の外を見ていたミリと呼ばれた女中は、惚れ惚れとした顔の主に目を移した。
淡雪のような白い肌にアッシュブラウンの髪、エメラルドのような翠の瞳を持つ彼女の主は、男性とは信じ難い程に麗しい。
この主に恍惚とした表情を向けられたら、誰もが彼に恋してしまうだろうとミリは思った。
ただし、彼がその美貌を駆使しまくって誉め称えているのは女性ではない。男性でもないし…なんなら人間ですらないのだ。
「この光沢なんてそこらの宝石より綺麗だと思わないかい?僕はこれを首飾りにして舞踏会に参加したいくらいだよ。」
ブラックダイヤなんて霞んでしまうよね、と主が自分の手持ちの超高額な宝石よりもその価値を見出している物ーー。
爪まで美しい、細い指先で摘んでいるその物体はーー。
ヒヒーン
ふいに、遠くから馬の嘶きが聞こえた。
その後に、女性の悲鳴のような音も。
馬車が警戒したようにゆっくりと停車する。
「なんだろう。ミリ?」
「はい。少々お待ち下さい。」
ミリは主に一声掛けると目を瞑った。
その身体の周りが仄かに輝き出す。
「賊がいるようですね。数は6人。それと、人が2人追われています。若い女性と、初老の男性です。」
まるで見ているかのように説明すると、ミリは目を開けた。
身体を包んでいた光が霧散する。
「この森にたった2人で?それは襲ってくれと言ってるようなものだな…。」
主は眉間に皺を寄せると、御者台へと繋がる内窓を開けて言った。
「ルド、賊が悪さをしてるみたいだから急いでくれるかい?トップスピードを出して構わないよ。」
ルドと呼ばれた御者は頷くと、馬車を引く二頭の馬に鞭を入れた。
馬車は徐々にスピードを上げ、森の木々が霞んで見える程の速さになる。
間もなく、前方が騒がしくなってきた。
「へへへっ!俺たちから逃げられると思ってんのかよぉ!!」
「身包み剥がせ!女は俺のだ!」
「馬鹿野郎、早いもん勝ちだ!あれは上玉だぜぇ!」
下卑た会話をしながら馬を駆る3人の賊から必死に逃げるのは、ミリの言った通り若い女と初老の男だった。
男が女の手を引き誘導しているが、その先から3人の賊が現れる。
囲まれてしまったーーー。
賊は下馬し、ニタニタと笑いながら獲物に近付いて行く。
初老の男は懐から短剣を取り出し、周りを威嚇する。
「オイオイ!じーさん!そんなモン振り回したらポックリ逝っちまうぞぉ!!」
賊の1人がゲラゲラ笑いながら近付いた瞬間、血飛沫が舞った。
男の短剣が賊の腕を切り裂いたのだ。
痛みに呻いて跪く賊の鳩尾に蹴りを入れて失神させた男の動きは、ただの初老の男の動きでは無かった。
「やりやがったな!殺せ!」
逆上した賊が襲いかかる。
男は奮闘していたが、人数が違いすぎる。
顔を斬りつけられてよろめいた拍子に、賊が女を捉えた。
「お嬢様!!」
男が叫ぶと賊は嬉しそうに笑った。
「テメェの目の前でその大切なお嬢様をいたぶってやるよ。全員の相手したら、気が狂うかもなぁ!」
そう言って、真っ青になる女の髪をグイッと乱暴に引いた瞬間ーーー。
「それはいただけないな。女性には優しく接したまえ。」
この場にまるでふさわしくない、ゆったりとした声が聞こえた。
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