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一章:とらわれ姫様、塔を脱出す

七話:塔の姫と隣町(上)

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「はい到着ー。意外と何て事なく着いちゃったね」

明るい声で先頭を行くハビエルが言う。
山を越え辿り着いた隣領の町を囲む市壁。そこには簡易な検問があるが、お尋ね者の確認や積み荷の検査などがあるだけで、基本的には簡単な質問で終わるものだ。
そして、三人の番がやってきた。

「おや、その制服は隣領の騎士殿か。何か御用で?」

門衛の制服を着た中年男性ヘルムの下からフリッツに笑顔を向ける。
慣れない状況に思わず硬直しそうになるアレハンドラの肩を、落ち着けとばかりにハビエルが叩く。どこか面差しの似ている二人がそうしていれば、もの慣れない妹と旅慣れた兄のさりげないやりとりにも見え。

「お勤めご苦労様です。これから商人の家に勤めに行くこれら兄妹を送って来たのです。ほら、二人ともちゃんと門衛の方に顔を見せるんだ」
「はい」
「は、はい……」
「ほう……これはまた随分と見目よい兄妹だ。きっと勤め先にも可愛がられる事でしょう。それでは、通っていいですよ。騎士殿、お勤めご苦労様です」

道中決めてきた簡単な打ち合わせ通りの素性を言えば、門衛は何の疑問も持たず、羊皮紙にメモを書き留めると三人を通してしまう。

門を離れ人の流れに乗って町中へと足を進めたアレハンドラは、胸元を押さえながら小声で呟いた。

「……本当に簡単に通れてしまいましたね」

朝から賑わう町の大通りに、頼りない娘の声は儚く消える。
この町は王都へ続く大街道からは数日程離れた距離にあるが、隣領の所有する洞窟型ダンジョンに近接する場所とあって、冒険者や商人らが足繁く通う人気の町であった。

「そりゃーね。極悪犯の人相書きと特徴が合致でもしてない限り、それなりに人通りも多いんだからいちいち確認してらんないよ。あー、それにしても狩った獲物はこの町で処分しなきゃだなー。折角の肉も、腐らしちゃったら勿体ないし。久しぶりに冒険者ギルド行くか」

緊張の解けない従姉妹と比べて幼い頃はあちこちに使い走りとして回っていたハビエルは、けろりとした顔で言う。

「冒険者ギルド?」
「ん? ああ、うちの領には冒険者も居ないしアレハンドラには冒険者は珍しいか。ダンジョンに専業で通う狩人みたいな奴らの事さ」

そう言ってハビエルが顎先で示した人物は、町中だというのにこれから戦いにでも行きます、というような物々しい格好をしている。

「うちの領だとそもそもが枯れかけだからそんなに魔物も沸かないし、兵士達の訓練で間引いちゃうけど、他の領は幾つもダンジョン持ってたりするから、手が足りないんだよ。ほら、そこの革鎧着て剣差してる奴とかがそうさ。で、今奴が入っていったのが冒険者ギルド。ああいった魔物専門の戦士なんかを纏めてる互助組合さ」

スイングドアを開け、二階建ての大きな建物へと吸い込まれて行く戦士の背中を見送りつつ、アレハンドラは興味深げに言った。

「世の中には、まだまだ知らない事が一杯あるのですね……」
「ま、旅の間に覚えられるさ!」

そんな二人を微笑ましげに見ていたフリッツは、アレハンドラにそっと耳打ちする。

「姫、お疲れではないですか? 山で一晩過ごしてお体を痛めていないかフリッツめは不安です。早めにお体を休める為に宿を取りましょう」
「ええ、そうね。荷物の整理や今後の話もありますし……あと、ここでは誰が聞いているか分からないのだからその言い方はなしです」
「わ、分かりましたアレハンドラ様」
「……様も禁止ね。騎士様が使用人にへりくだっているなんておかしいもの」
「そんな、無体な」

主人の言葉に衝撃を受けたように足を止めた騎士を置いて、アレハンドラはすたすたと歩いていく。
その様子に、あははと他人事のように笑っているハビエルに文句を付けるフリッツだが、この時アレハンドラは一つの結論を出していた。

「……やっぱり、彼には帰って貰うしかないわ」


まだ明るい内とあって、宿は簡単に取れた。
追手の事を考えて、大通りから少し外れた場所にある、内鍵が掛かるほどほどの宿を取る。
木賃宿に毛が生えたようなその宿は男女も関係なく雑魚寝が基本の素泊まり宿だ。
商人など貴重品を持つ旅人の為に内鍵付きの部屋も用意しているものの、ライティングデスクや食卓なども省いているので、それぞれベッドの上に座って話す事になる。
今においては、下手に男女を分けられると襲撃があった時に困ることになるのだから、この選択は正解であった。

「さて、ではまずこの町で売っちゃうものと、補充するものを確認だねー」
「魔法袋から出してしまうと邪魔になるでしょうから、各自持っているものを羊皮紙に書き出してしまいますか」
「それは良いわね。ええと……二人はこれを台代わりにして頂戴。インクと羽根ペンは何処に置こうかしら」

そう言ってアレハンドラが魔法袋から出したのは、彼女の研究レポートの綴りと何度も削って再利用しただろう、薄っぺらな羊皮紙数枚、筆記用具だった。

「えっ、これアレハンドラの研究のやつだろ。そんな雑に扱っていいの」
「研究内容なら頭に入ってるから多少汚れても問題なくてよ? 問題があれば書き直すもの」
「いやいや、そうじゃなくって。一応、君の研究って国家規模でしょうよ……」

それから軽く四半刻ほど掛けてお互いの所持品を確認し、徹底的に処分品を洗い出し、ついでに不足分の買い出しの内容も決める。

「これでよしっと。まだ夕飯まで時間あるし、冒険者ギルドで処分してきちゃおうか?」

そう言ってベッドから腰を浮かしたハビエルにフリッツも立ち上がりながら同意する。

「そうだな。俺も普段着に着替えたらギルド方で処分出来ない物を古物商に持ち込むついでに買い出しをしてくる。姫は外での仕事の為に着替えを持っていらしたし、夜営道具や保存食などならすぐに集まるだろう」

男性達がてきぱきと話を進めるところに、アレハンドラが声を掛ける。

「あ、あの……それにわたくしも付いていっていいかしら?」

二人は困惑した顔でアレハンドラを見下ろした。

「え? アレハンドラはこれからもあるし、少しでも休んでいた方がいいと思うよ」
「そうです。慣れない山歩きをされたのですから、姫は少しでも……」
「フリッツ、姫は禁止」
「無体な‼︎」

それからしばらく二人はアレハンドラを説き伏せようとしたが、全く折れる様子が無い為、仕方なく三人で買い出しに出る事になった。
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