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四章 冷たい部屋からの救出
六話 夢を語る前に、現実を語れ(2)
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松永は身体を仰け反らせ、ガタッと椅子を鳴らすと立ち上がった。
「うっわー。お兄さんとーっても楽しい話がしたいなぁ‼︎ うん、そうすべき!」
乾杯! などとふざけて見せる男に、奈々は猫が威嚇するように前のめりで睨みつけて言った。
「ていうか、いい加減部外者の人帰れっ」
葉山に至ってはクールに切り捨てる。
「そうですね。白銀さんの上司の方もお食事が済まれたようですし、事件に関しても、閉じこめの件の証言者になって頂ければそれで結構です。この後は身内の席となりますので、代車サービスをお呼びしますわ、お気をつけてお帰り下さい」
何を白銀に言われたか、嗜虐性をあっという間に引っ込めた男は、そんな女性達に、拗ねたような表情を浮かべた。
「えー、君達今日の功労者に酷くない?」
そこには、サディストな松永の影も形もなく。
伊都は彼の言葉に、怯えつつも納得せざる得ない。
(私、だけじゃない。サキさんだって苦しいのに、前を向いてるのに、それが出来ないのは私が弱いから)
背をさする奈々の優しい手。皆の労りの目。興味深げにこちらを見るサディスト男の顔は怖いけれど。
(五年前と違う。誰もがあの人の言うことだけを信じて暴行に怯えて逃げる私をあの人に捧げようとしたあの時とは)
恋人と思っていた男に手ひどく痛めつけられ、傷付き倒れた後に、遣り手婆の如く暴力男の下へ伊都を送り込み強姦を共謀した、偽物の友人など、ここには居ない。
裏切りなんてここには無い。
「そう、ですね」
伊都は泣きそうな顔で無理矢理に笑った。
(私自身が、信じなきゃ。皆の手をきちんと握り返さなきゃいけないのよ)
「楽しい話、したいです、私も」
伊都は、無理矢理、微笑んだ。それは泣き笑いのような儚い笑みではあったけれど。
「お酒は飲めないけど……でも、皆と、楽しく笑って過ごしたいです」
とはいえ、田舎のよくある話で、各自車で来ている。代車を頼む予定の松永以外は、サングリア風グレープジュースのソーダ割で乾杯する。
果実の旨味が滲み出たそれは身体に染みるように美味い。
後は各自ナッツや小皿料理など、おつまみを頼んで口に入れながらちびちびとやる。
「今ねぇ、少し考えている事があるの」
一行の盛り上げ役は決まってサキだ。
「何ですか? 気になる!」
それをより盛り上げようと高い声ではしゃいで見せるのは奈々。
二人は伊都を挟み、息の合ったコンビの風格で場を華やがせる。
「それはねぇ……」
そこで出てきたのは、ピンクの表紙も鮮やかなモレスキン手帳だ。
モレスキンと言えば、ピカソやゴッホといった世界的画家らも愛用したと言われるハードカバーのノートブックだ。バリバリのキャリアウーマンでありながら、物語や美しいものを愛するロマンティストでもあるサキには、とても似合いの手帳と言えるだろう。
サキが手帳を開くと、女性らしい丸い文字と、手書きイラストや写真などが、カラフルに紙面を埋めている。
「……故郷改造計画」
伊都はぽつりと、左ページ上部に大きく描かれたそのタイトルを読み上げた。
「この店の、改造計画ですか」
白銀も興味深そうに、そのピンクの手帳を眺めていた。
「うっわー。お兄さんとーっても楽しい話がしたいなぁ‼︎ うん、そうすべき!」
乾杯! などとふざけて見せる男に、奈々は猫が威嚇するように前のめりで睨みつけて言った。
「ていうか、いい加減部外者の人帰れっ」
葉山に至ってはクールに切り捨てる。
「そうですね。白銀さんの上司の方もお食事が済まれたようですし、事件に関しても、閉じこめの件の証言者になって頂ければそれで結構です。この後は身内の席となりますので、代車サービスをお呼びしますわ、お気をつけてお帰り下さい」
何を白銀に言われたか、嗜虐性をあっという間に引っ込めた男は、そんな女性達に、拗ねたような表情を浮かべた。
「えー、君達今日の功労者に酷くない?」
そこには、サディストな松永の影も形もなく。
伊都は彼の言葉に、怯えつつも納得せざる得ない。
(私、だけじゃない。サキさんだって苦しいのに、前を向いてるのに、それが出来ないのは私が弱いから)
背をさする奈々の優しい手。皆の労りの目。興味深げにこちらを見るサディスト男の顔は怖いけれど。
(五年前と違う。誰もがあの人の言うことだけを信じて暴行に怯えて逃げる私をあの人に捧げようとしたあの時とは)
恋人と思っていた男に手ひどく痛めつけられ、傷付き倒れた後に、遣り手婆の如く暴力男の下へ伊都を送り込み強姦を共謀した、偽物の友人など、ここには居ない。
裏切りなんてここには無い。
「そう、ですね」
伊都は泣きそうな顔で無理矢理に笑った。
(私自身が、信じなきゃ。皆の手をきちんと握り返さなきゃいけないのよ)
「楽しい話、したいです、私も」
伊都は、無理矢理、微笑んだ。それは泣き笑いのような儚い笑みではあったけれど。
「お酒は飲めないけど……でも、皆と、楽しく笑って過ごしたいです」
とはいえ、田舎のよくある話で、各自車で来ている。代車を頼む予定の松永以外は、サングリア風グレープジュースのソーダ割で乾杯する。
果実の旨味が滲み出たそれは身体に染みるように美味い。
後は各自ナッツや小皿料理など、おつまみを頼んで口に入れながらちびちびとやる。
「今ねぇ、少し考えている事があるの」
一行の盛り上げ役は決まってサキだ。
「何ですか? 気になる!」
それをより盛り上げようと高い声ではしゃいで見せるのは奈々。
二人は伊都を挟み、息の合ったコンビの風格で場を華やがせる。
「それはねぇ……」
そこで出てきたのは、ピンクの表紙も鮮やかなモレスキン手帳だ。
モレスキンと言えば、ピカソやゴッホといった世界的画家らも愛用したと言われるハードカバーのノートブックだ。バリバリのキャリアウーマンでありながら、物語や美しいものを愛するロマンティストでもあるサキには、とても似合いの手帳と言えるだろう。
サキが手帳を開くと、女性らしい丸い文字と、手書きイラストや写真などが、カラフルに紙面を埋めている。
「……故郷改造計画」
伊都はぽつりと、左ページ上部に大きく描かれたそのタイトルを読み上げた。
「この店の、改造計画ですか」
白銀も興味深そうに、そのピンクの手帳を眺めていた。
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