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七章 間章 目を覚ませば、そこは見慣れた。
十三話 間章 魔女は森の賢者と出会う
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若い狼の背に揺られしばらく走ると、開けた平地が見えてきた。
「ここは……」
そこは、いつかの花畑。
伊都が焦げ熊に襲われ、青銀の大狼に助けられた、いわば因縁の地だ。
今は春の花に彩られ、パステルカラーの愛らしい色を広げている。それは燦々と輝く太陽に照らされ、とても美しい風景だ。
だが、どうしてもここには悪いイメージがつきまとう。
それゆえに、若い狼の背から降りる伊都は、暗い顔つきで花畑を眺める。
「ここなら暖かいし、それにジルバーの縄張りだからな、安全だろ」
若い狼は平然と言うが……。
「ええと、そう、ね……」
━━生臭い呼気。嗜虐的な笑い。肌を這う気持ち悪い舌の感触。
ぶるりと伊都は震えた。ここはやはり、焦げ熊とのいやな記憶が刺激されるから、素直に喜べなくて。
「何だ、喜ばないのか」
ムッとしたようにアルトボイスを低める若い狼だが、伊都はこわばった笑みを返すしかない。
「その……。気持ちは嬉しいのよ。でも、ここはちょっと、苦手で……」
「そうかよ」
……と、二人が、微妙な雰囲気になりかけた所で。
キャンッと、元気な鳴き声が響く。
「おっ、ここは初めて魔女と会った所じゃねぇか!」
元気にソプラノボイスが言う。
ギャンは伊都の側に寄ると誇らしげに胸を張り。
「おいらも、魔女をスコーチの野郎から逃がしてやったんだぜっ!」
などと、兄弟らに話して見せる。
伊都は、丁度よいとばかりにそこに乗った。
「そうね。ギャン君が声を掛けてくれたから、助かったんだと思うわ」
あの時はありがとうねと、屈みこんで笑顔で言えば、嬉しそうに尻尾をぶんぶん振ってぴすぴす鼻を鳴らして見せる。
「へへっ、おいらも頼りになるだろっ?」
その姿が余りに可愛らしくて、伊都はギャンの頭を撫でてしまうのだが。
「おい、甘やかすなって言ってんだろうが」
……当然、若い狼からそんな風に注意が飛ぶ。
再三の注意に、伊都はどうしようかと撫でていた手を浮かせるが、一枚上手な仔がここに居た。
「何だよ兄ちゃん、うらやましいからって意地悪すんなって! いっつも兄ちゃん魔女に撫でられるおいら達を羨ましそうに見てるもんなあっ!」
得意げに顎を反らして、伊都の手をぺろりと舐める仔狼の煽りに、若い狼は見事に引っかかり。
「な、何だとっ」
危うく、取っ組み合いの喧嘩になるかというところで、穏やかな男性の声が聞こえてきた。
「ほっほう、愉快な仔らだなあ」
愉快そうに笑う声には鳥の声が重なる。
「だ、誰ですか」
誰とも知れぬ声におびえる伊都。
「誰だ、出てこいっ! ここはジルバーの……群れの縄張りだと分かってて近寄ったのか?」
威嚇する若い狼。
仔狼らは、何だ何だと辺りをきょろきょろ窺う。
「ここは……」
そこは、いつかの花畑。
伊都が焦げ熊に襲われ、青銀の大狼に助けられた、いわば因縁の地だ。
今は春の花に彩られ、パステルカラーの愛らしい色を広げている。それは燦々と輝く太陽に照らされ、とても美しい風景だ。
だが、どうしてもここには悪いイメージがつきまとう。
それゆえに、若い狼の背から降りる伊都は、暗い顔つきで花畑を眺める。
「ここなら暖かいし、それにジルバーの縄張りだからな、安全だろ」
若い狼は平然と言うが……。
「ええと、そう、ね……」
━━生臭い呼気。嗜虐的な笑い。肌を這う気持ち悪い舌の感触。
ぶるりと伊都は震えた。ここはやはり、焦げ熊とのいやな記憶が刺激されるから、素直に喜べなくて。
「何だ、喜ばないのか」
ムッとしたようにアルトボイスを低める若い狼だが、伊都はこわばった笑みを返すしかない。
「その……。気持ちは嬉しいのよ。でも、ここはちょっと、苦手で……」
「そうかよ」
……と、二人が、微妙な雰囲気になりかけた所で。
キャンッと、元気な鳴き声が響く。
「おっ、ここは初めて魔女と会った所じゃねぇか!」
元気にソプラノボイスが言う。
ギャンは伊都の側に寄ると誇らしげに胸を張り。
「おいらも、魔女をスコーチの野郎から逃がしてやったんだぜっ!」
などと、兄弟らに話して見せる。
伊都は、丁度よいとばかりにそこに乗った。
「そうね。ギャン君が声を掛けてくれたから、助かったんだと思うわ」
あの時はありがとうねと、屈みこんで笑顔で言えば、嬉しそうに尻尾をぶんぶん振ってぴすぴす鼻を鳴らして見せる。
「へへっ、おいらも頼りになるだろっ?」
その姿が余りに可愛らしくて、伊都はギャンの頭を撫でてしまうのだが。
「おい、甘やかすなって言ってんだろうが」
……当然、若い狼からそんな風に注意が飛ぶ。
再三の注意に、伊都はどうしようかと撫でていた手を浮かせるが、一枚上手な仔がここに居た。
「何だよ兄ちゃん、うらやましいからって意地悪すんなって! いっつも兄ちゃん魔女に撫でられるおいら達を羨ましそうに見てるもんなあっ!」
得意げに顎を反らして、伊都の手をぺろりと舐める仔狼の煽りに、若い狼は見事に引っかかり。
「な、何だとっ」
危うく、取っ組み合いの喧嘩になるかというところで、穏やかな男性の声が聞こえてきた。
「ほっほう、愉快な仔らだなあ」
愉快そうに笑う声には鳥の声が重なる。
「だ、誰ですか」
誰とも知れぬ声におびえる伊都。
「誰だ、出てこいっ! ここはジルバーの……群れの縄張りだと分かってて近寄ったのか?」
威嚇する若い狼。
仔狼らは、何だ何だと辺りをきょろきょろ窺う。
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