編み物魔女は、狼に恋する。〜編み物好きＯＬがスパダリ狼さんに夢と現実で食べられる話。

八章 彼女が彼と、住む理由。

三十三話 安らげるのは、その隣。（2）

　新しい生活が始まった。
　すっきりと目覚めた翌朝、伊都は薬の切れはじめで鈍く痛みを感じる身体を起こして、朝の支度を始めた。

　この時、伊都は自分を恥じていた。
（そうよね、怪我人にあれこれするような人ではないって知っていたのに）
　本当に母の言う通りで、伊都が考えすぎていただけ。
　今は、先への不安よりも、彼の側に居る事への安心感の方が勝っていた。

　伊都は冷凍室を確認する。
　男性の部屋らしく、酒用だろうロックアイスと、冷凍パスタやチャーハンなどの皿盛りしてレンジアップしたら食べられる冷凍食品、牛乳や缶ビール、ミネラルウォーターなどしかない。
　そこにちょこんと、伊都がストックしていた食べ物が入っていた。
　「うーん……と」
　
（痛みが酷くなる前に、何かお腹に入れないとね……後、薬が効いているうちに、彼が解凍して食べられるよう煮物のストックを作ろうかしら。煮物用の野菜ミックスは冷凍庫から持ってきたし）

　ご飯をレンジで解凍し、白銀の朝食の支度を、持ってきた食材を使って始めようかと考えていた時、彼が起きてくる。

　振り向いた伊都は、彼へ向けて笑顔を浮かべた。
「おはようございます」
　やはり、朝から愛する人に挨拶が出来るのは嬉しい事だ。
　当然に挨拶が返ってくるものと伊都は思っていたが、しかし、彼の整った唇から紡ぎ出されたのは。

「……何をしている」
　という、とても不機嫌そうなものだった。

「何って、食事を作ろうかと」
　伊都が困惑してそう返すと、彼は更に整った顔の眉間にしわを寄せ、低い声で言った。
「あんた、安静にって言われてるだろう」
「え、このぐらい平気ですよ。本当に痛くなったら休みますから」
「敬語」
「……無理はしないから、せめて貴方のご飯くらい作らせて欲しいの」

　伊都は基本的に働き者だ。というよりも、動いていないと心配になるタイプ。所謂、貧乏性の性格である。
　彼もそれを知っているからか、ため息を吐いたものの「無理はするなよ、それとよく休め」　と、その場は言及せずに終わった。

　ふたを開ければ、その暮らしは伊都にとって快適なものだった。
　そもそも、伊都としては広いワンルームで彼と一緒に過ごす時間は、巣穴の延長でしかない。それに気づけば、当初抱えていた不安も考え過ぎでしかなったと分かる。

（本当、お母さんの言った通りね）
　下手な考え休むに似たり。

　踏み出してみれば、霧の中に怪物はいなかった事に気づくのだ。
　婚約者となってからは流石に、いわゆる「お家デート」　を何度か経験している為、彼の部屋のキッチンには慣れていた。
（それにしても、昨日の私は酷かったわ……）
　伊都は今度こそ食事の支度をしながら、昨日の事を思い返した。