海を盗む女とアルゴリズムの太陽

まさかのまさかり

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芽吹

1話:日本男児たるもの女などフッてなんぼではないか諸君

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 女にフラれたんだって? まあ飲めばいいや。大したもんじゃないが地元から酒を送ってくれたばかりだったんだ。酒蔵やってるのが親戚に居てさ、親戚中に配るのが礼儀だと思ってるんだなどうも。そうだよ、アタシもアタシの親も飲めないってのに。困った親が最後は私に送りつけるんだ。だからアンタが飲んでくれるのはちょうど良かったんだ。

 ほとんど千鳥足のままユウキは外へ出た。酒を買い足すと言って出たのだが、そろそろ外の空気も吸っておかないと帰れなくなるんじゃないかと不安になったいた。
 よく冷えている夜気だった。こんな時にはガードレールだとか手摺てすりに肌を当てると気持ちいい。知らぬ間に袖口に白い汚れが付くのはこの癖のためだろう。

 コンビニの店員はしばらく目の前に立っていたらしい。コンビニ店員はその能力を増すごとに存在を消すというか、透明になるというか、なんにせよ生きてる感じがしなくなってくる。
「あ、袋も」
 カゴはずいぶん重たくなっていた。
「えらい飲んだくれてるね」
 透明であったはずの店員に肉がついていく。誰だっただろう。なんとなく記憶の引き出しの中に顔のパーツがある。会ったことがあるのだろうか。
「私のことがわからなくなってるようじゃ相当だね」
 ピッ、ピッ、とチューハイの缶がレジに通されていく。
「誰だっけ」
 情けない声が出てしまった。
「あんたの彼女の、ああ、元カノか、その姉ちゃんの働いてるコンビニぐらい死ぬ気で覚えときなさいよ」
 呆れられていた。なるほど、以前に聞いていた。ここらへんのコンビニで働いていると。その元カノから。

 逃げるようにコンビニから出て、缶を開けた。火照りがきていた。喉を通るレモン味はアルコール臭と共に体を急速に冷やす。
 花壇の縁に腰を下ろしてしばらく飲む。酒に酔って火照る体のその熱は偽物である。酒は幻影だけでなく幻の熱を体の中に抱かせる。その仮初めの熱を信じて服なんかを脱いだりしてしまうと風邪をひく。最悪死ぬ。つまりは早いところ奴の家へ戻らないといけなかった。

 立ち上がって左右を見渡すがいまいち歩き出せない。来た方角はなんとなくアッチだっただろうか。しかし、あんな道は通っただろうか。
 ド派手な看板の安売りスーパーを横目に見てきていた。なんだか嘘みたいにピカピカだった。あれだけピカピカであれば酔っ払いの記憶にも克明に残るということか。それが近くに見当たらない。

 ユウキは自分の悪癖を思い出しつつあった。

 酒が回ってくると方向感覚が消えてくるのだ。北が南になって、右手が左手になる。
 実際、この時も重いレジ袋を片手にぶら下げたままぐるぐる辺りを彷徨くザマになった。救いを求めて取り出した携帯は充電が切れかけている。なにをしようか。とりあえずInstagramを開く。なにをやってるんだ。そんなものを見ている場合じゃない。地図アプリを開く。現在地が天から見下ろされる形で表示される。

 さて、結局どこに行きたいんだ。なんだかよくわからなくなってきた。腹の奥のほうが重い。とにかく歩こう。歩きながら探そう。
 焼き鳥屋を通り過ぎたところだった。不意な匂いが幻想の熱を奪った。体の芯は冷え切っていたようで明確な不調を訴えかけてきている。吐き気を堪えながら路地へと入る。とりあえず寝よう。小一時間でも寝れば良くなるかもしれない。そうだ。回復のためにしばしお休みさせていただこう。アスファルトもよく冷えている。素晴らしい。では、おやすみ。


 \→$


 血の気が引いていって脂汗が噴き出る。最悪の朝の到来。強い風が体を押した。急いで体を起こして目を開ける。

 海の上にいた。茫然としながら吐いた。

 コンテナ船というやつになるのだろう。甲板の上に隙間なくコンテナが敷き詰められていた。10段以上積まれたコンテナの集まりには不気味さもあった。集まりはロープに強く縛られているようで唸る風にも崩れる気配はない。
 ひどく痛む頭をどうにかしたくてユウキは歩き出した。艦橋と言うのだろうか、城のようにそびえる場所まで向かおうとしていた。潮の匂いで満ちていた。磯っぽい臭さもある。先ほど吐いたお陰で吐き気は多少収まっていたが二度と酒もツマミも見たくなかった。

「歩けるようになったかね」
 若い女の声だった。振り返ると船上には不釣り合いなスーツ姿があった。
「あまり船の上で吐き散らさないでくれよ。無駄な仕事が増えるのは嫌いだ」
「ならトイレはどこ」
「海に吐け。魚の餌ぐらいにはなる」
 甲板の端に設置されている手摺を掴んで頭だけを出す。船の揺れは二日酔いの体には最高に効いた。下を向けばいつでも吐けそうだった。だが、はるか下方から覗いてくる海面の冷酷さに吐き気やら気持ちの悪さも引っ込んだ。

「なんで船に乗ってるんだろう」
 連休中ではあったが、そろそろ帰らないとマズい頃じゃないだろうか。酔っぱらった挙句に船に乗り込んでしまったのだとすれば早めに降りなければいけない。時間の感覚もイマイチつかないが、工場へ向かう前に一旦は家に帰りたい。冷や汗と脂汗で汚れたシャツを脱ぎ捨てたかった。

「酔っぱらうと記憶を無くすタイプか君は」
 女は缶コーヒーを飲んでいた。エメマン。座り込むユウキの傍にも置いてくれてはいたが飲む気にはなれなかった。
「寝るまでは西日暮里にいたはずなのに」

「君はその後で私ことウメちゃんに泣きついてきたわけだ。女にフラれたぐらいであの体たらく。日本男児たるもの女などフッて捨ててやるという気概を持って付き合うべきだが。まあ、なんにせよ君を見かねて船へ連れて来てあげたわけだ。出航は横浜から、現在は太平洋沖を航行中だ。思い出したかね」

「いや、思い出せない。船には嫌な思い出があるから乗らないはずだ。というか目的地はどこなんだ」

「沖合だよ」

「コンテナを積んでるならどこかの港が目的地なんじゃないのか」

「違うよ。本当に覚えてないみたいだね」

「沖合でなにをする」

 ウメちゃんはラジオ体操第一の、いちばん合わせるのが難しい動きを始めた。

「海賊ごっこ」

 
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