海を盗む女とアルゴリズムの太陽

まさかのまさかり

文字の大きさ
2 / 9
芽吹

2話:お手軽海賊術

しおりを挟む
 ウメちゃんは海賊ごっこだ! 海賊ごっこだ! とハシャギながら人を動かし始めた。ユウキはエメマンを飲みながらボケっと眺めているしかなかった。
 コンテナのひとつが開けられるとゲームや映画で見たことがあるような銃が出てきて船員たちに次々と配られる。船員だと思っていた人間たちは各々作業服のようなものに着替えていた。

「コンテナ船で海賊をする奴がいるかって? いるんだな。意識の外にある船だからこそ海賊のし甲斐があるってもんなんだ。ところで君は英語はできるかい。英語ができる人間の方が便利なんだ。タイにベトナム、アフリカの人もいるからね、英語を使ってくれると有難い。彼らが辛うじて覚えてる日本語は『ありがとう』と『お控えなすって』ぐらいのものだから君が日本語を教えてくれてもいいんだよ。しっかし今日の海は静かだなあ」
 ウメちゃんはユウキのそばで双眼鏡を覗きながら延々と話し続けた。

「英語は、まあ、できなくはない」

「エクセレントだね」

「いつ帰れるかな」
 こりゃあエラいことになったとはわかっていながら、どこか達観している部分もあった。騒いでも昨日の深酒を取り返せるわけではない。海賊ごっことやらはよくわからないが、とりあえずパリッとしたシャツに着替えたかった。

「帰りたくば歩むべし少年。おじさん達について行って」

 コンテナ船の下には小さな漁船がつけていた。
 漁船とは、因果なものだなあ、など悠長な独り言が出たところで後ろから押された。身長が2メートル近いのであろう大男が銃で小突いてきている。礼儀の無い野郎だとも思ったが、武装した大男が礼儀正しいのはそれはそれで不気味か。なんにせよはやく乗り込まなければいけないらしい。

「全員乗ったね~、いくよ~」

 漁船は3隻に別れてコンテナ船を離れていく。3隻は一定の距離をとりながら同じ方角を目指していく。遠くに月があるので東を目指しているのだろうか。そういえば星を観察すれば自分の緯度と経度がわかるということを聞いたことがある。
「兄さん。ここの緯度と経度は知ってるか」
 先ほどの2メートルはゆっくりこちらを向いた。足のつま先から頭の先まで静かに観察されて、そのまま向き直ってしまった。元々居心地が悪かったのに2メートルに無視されては余計にやりようがなかった。

「緯度と経度がわかったからって何も出来ないだろうに」
 船室から顔を覗かせたのは小鼠のように汚らしい男だった。チビた煙草を忙しく吸っている。吸っては離して吐いて、灰が落ちる間もなくまた吸う。

「昔から地図を読むのが好きだったんだ。だから、なんとなくわかると思うんだ。なんとなくの緯度と経度があればどれくらい沖合に来たのか」

「どれくらい沖合だったらどうなるんだ」
 いよいよフィルムが燃え出して指を焦がしそうになった煙草を小鼠は海へ放り投げた。火が消える時の絞るような音はエンジン音と波に消えた。確かに何をどうしたいがために場所を知りたいということはなかった。なにもわかっていない状態は不安ではあったが、なにかを知っていくことは多少の面倒さを伴う。

 船はしばらく進んでから停止した。着いた。と小鼠が言ったのを合図に2メートルがビニールのシートを船の上に敷いた。他の人間たちはシートの下に潜っていく。何をしているのだろうかと見守っていると2メートルはユウキを強引にシートの下に引きずりこんだ。
 船の床とシートの隙間は湿っぽさもあるし不衛生な匂いがした。できるだけ船の床から顔を離す。連れてこられたと思ったら汚いシートの下に隠れさせられる。まだ酔っぱらっているのだろうか。少なくとも船酔いはある。船が止まってからのハッキリとしない重力半分の揺れ、横になった体、船酔いまでのタイムアタックにはうってつけだった。
 
 小学生の頃は帰省となると喜んでついていった。久しぶりにお婆ちゃんに会えるのも嬉しかったが、それよりも父が自慢げにハンドルを握る姿が格好良かった。最寄りのスーパーかユウキが通っていた塾の前までが精々だった日常のドライブとは違う。非日常の中でのドライブ。父は前日から車の様子をチェックしてタイヤがどうのうこうのと言っていた。ユウキは父の運転の時には助手席に座りたがった。不思議なのは駐車場のゲートの精算機にあれだけ間近に寄せられることであったり、細い道でトラックが向こうから来ても躊躇なくアクセルを踏んでいけることだったり、とにかく父はプロだった。車のプロだ。
「プロだよね」一度だけ言ったことがある。
「うまい素人だよ」
「プロでいいのに」
「車のとびっきりのプロは碌な目に遭わない。素人にさせておいてくれ」
 父の運転での帰省の道のりでは、大抵半分ぐらいのところで車酔いでフラフラになった。そうなってでも助手席に座っていたかったのだ。

 船のエンジンが始動する音で目が覚める。汚いシートの下で眠ることができていたらしい。船酔いや車酔いは寝て誤魔化すのが最適だ。実際、この時には目の回る感じは多少マシになっていた。

「アル中よ」
 ユウキはそれが自分を呼びかけるものであるとは思いもよらなかった。

「お前だよ。ゲロのアル中。これ持っとけ」
 手になにか重たい物が押し付けられる。暗いので何かハッキリと見えたわけではないが確認するまでもなかった。

「どう扱えばいい」
「撃たなくていい。持って立っておくってだけでも様にはなる」

 数分後、そこには船が何十隻も集まっていた。2隻が集まりの中心でくっついている。他の船は円状に取り囲むようにして停泊する。ユウキたちの船も取り囲むうちの一隻だった。ユウキは船室に入って小鼠に尋ねる。
「なにをしているんだ」
 小鼠はニヤっと笑った時に口の中のネバつきが音を立てて不愉快だった。
「ウメちゃんが相手の大将と取引してるのさ」

「相手の大将ってのは」

「話を聞いてたのか。海賊に決まってるだろ」

「こっちも海賊なんじゃないのか」

「海賊同士仲良くしましょうってことよ」

 取引が終わって、それぞれの船には無線が入った。ノイズの中からウメちゃんの「いっくよ~」という声だけが響いてきたのを合図に船は進みだす。今度は北の方角へ向かうようだった。

 事前に打ち合わせが周到になされていたのか、それとも経験から来るものなのか。
 漁船は次々に観光用のフェリーへと取りついて、あっという間に海賊たちは乗客用デッキへなだれ込んでいく。ユウキは2メートルに担ぎ上げられる格好で船へと上げられた。次々に乗客が部屋から出されて並ばされる。現金をいただいた後は海賊各々が船に戻って逃げていく。ユウキも戻ろうとして垂らされたロープに手をかけたところだった。

「こらこら、君の仕事はここからじゃないか」
 ウメちゃんが拳銃をユウキの腹に押し当ててくる。
「待ってくれ。撃たないでくれ」
 情けない声が出てくる。腹筋に力も入れられなくて漏れ出るように嘆願する。お命頂戴しないでください。
 ウメちゃんはユウキの耳元に顔を寄せて小声で囁いた。

「ちがうちがう。君は帰らないかんのだろう。こっちの船で帰ろうじゃないか。仕事もしてもらうがね。簡単だよ。これを覚えて」
 ユウキは小さく折り畳まれた紙を渡された。

じきに海上警察やらが来ると思う。君は人質としてここに残っておいてくれ。その時に原稿通りに喋ってくれれば仕事は終わり。お金はまた後日渡しに行くからね」

 ユウキは紙を拳の中に握った。それを確認してウメちゃんはにっこり笑ってユウキを蹴り倒した。肘と背中が打ち付けられて呻き声が出る。

「では皆さん、良い船旅を。アスタ・ラ・ヴィスタ!」
 ウメちゃんは船上から消えてユウキは人質としてフェリーに残された。海賊たちの消えていく手際の良さも、また見事であった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...