3 / 9
芽吹
3話:主婦の暴走カフェにて
しおりを挟む
工場の駐車場には番号が振られていて、各々決められた番号の枠に駐車しなければいけない決まりがある。ユウキが貰った番号は113番。工場の敷地内まで5分ほど歩かなければいけない位置にあった。せっかく車で通勤しに来てやってるのに駐車場から5分も歩かせるというのは随分ひどい話だ。頭の中で行われるひとり井戸端会議の内容はそれであった。
仕事とは、ユウキに言わせれば、ただの平社員に言わせれば、有意義さを探す繰り返しだ。人の脳みそっていうのは繰り返し作業を好んでいる。マラソンで走るのだって、簡単なルールのパズルゲームにハマるのだって、それが単純作業の繰り返しだからだ。
仕事っていうのはパズルゲームほど単純じゃない。仕事はむしろパズルゲームを作り上げる側になるわけだから、事は複雑になっていく。業務時間内で、人は怒られ、理不尽に耐え、おべっかを使い、少しずつ何かを成していく。
ストレスでおかしくなりそうになっても「仕事に有意義を見出すことを繰り返す」ことで多少だけでも慰めてやる。結局は単純作業の繰り返しなわけだ。
その日も、製品の不具合が頻発する切削加工のラインをひたすら調査した。なにかが原因で切削の具合が安定しない。削りすぎたり、削らなかったり。このラインで作った部品が客先の機械に組み込まれて、その客先の機械が信号機に組み込まれていた。ある日、赤信号が1秒だけになるという不可思議な交差点が誕生した。客先の機械が原因であるとわかって、その客先が調査をしたところウチの部品の寸法がおかしいことがわかった。それからウチ、というかまあ弊社は大騒ぎになったわけだ。
機械の下に潜りながら各箇所の水平の具合をチェックしていた。
ユウキは必死に探していた。不具合の原因ではない。
この作業の有意義さを。納得のいく意義を。
自分の仕事が如何にして社会と世界に貢献していくのかの妄想を止めなかった。
海賊ごっこの後、フェリー旅行を楽しんでいたはずの憐れな富裕層の方々と共にユウキは解放された人質として保護された。海賊行為を起こすまでの間に何かあった時の人質として港で攫われた。そういう設定がウメちゃんの紙に書かれていた。警察からの取り調べに対しても律儀にウメちゃんの設定で答える。全て真相を話すという選択肢を考えなかったわけではないが「酔っぱらっていて船に乗った経緯をよく覚えていない」と言った途端に余計な疑念を持たれそうでやめた。
定時。113番から国道へ。国道。市道。市道。国道。市道。私道。
アパートの階段を上ろうとしたところだった。
「3丁目ってここかな」
年季の入った革靴があった。ベージュのスーツはスリムなタイプのものではないが生地の艶が質の良さを物語っていた。
「ちがいますよ。そっちのカフェの角から向こうが3丁目です」
「なるほど。ありがとうございます。黒崎さんですね。わたくし、刑事の松井というものでして」
刑事手帳を取り出す仕草は手慣れたものだった。
「昨日の件で少しお伺いしたいことがありましてね、お時間ありますか」
家のすぐ傍にあっても入らないカフェもある。住宅街の中のカフェが夜の遅くまでやっているなんてことも知らなかった。松井という刑事の前にはアイスコーヒーが置かれた。淹れ方にこだわりがあるらしくホットコーヒーがくるのは少し遅れるらしい。
「すいません。家は散らかってるもんで」
金を払いに来るようなことをウメちゃんが言っていたのが気にかかった。無いとは思うが中年の刑事と海賊を鉢合わせさせるわけにはいかなかった。
「いや、こういうところは好きだよ。まさしく」
松井は店主が奥に入っていくのを窺ってから顔を近づけた。
「主婦の暴走って感じの喫茶店」
「主婦の暴走ですか」
ユウキも声を潜める。
「僕みたいな仕事だと色々な場所を訪れる。聞き込みってやつでね。こういう個人の喫茶店が住宅街には特に多いんだ。たいていは主婦だとか退職したご主人さんが始めた半分道楽の喫茶店なんだ」
「それが、主婦の暴走ですか」
「ああ、案外多いんだ。家庭内で揉めてるパターンが。店始めるのだって安くはない。数百万単位でかかってくる。家族だって止めたくなるんだ。その制止を振り切っての開業。主婦の暴走って感じだろ」
なるほど。言われてみれば付近には他にも似たような喫茶店もあった。普通の戸建てを少し改造したような喫茶店で、入りやすい雰囲気はない。
「それでいて店の中に『珈琲豆にはこだわってます』なんて書かれていたりするんだ。喫茶店がコーヒーにこだわるのなんて当たり前の話なんだが」
松井が急に話を止める。ホットコーヒーが運ばれてきたからだ。ユウキの前に金の装飾が施されたホットコーヒーのカップが置かれる。
「話を戻そうか。海賊騒ぎの人質なんて、なかなか災難だったね」
松井は小さいメモ帳とペンを取り出した。
「色々と聞かせてもらえるかな」
「色々と警察にはお話したんですが」
「色々と聞き漏らしもあって困るんだ。犯人グループには目隠しをされてたんだろ」
「ええ、船に連れて行かれるまでは目隠しを」
「目隠しはなんだった」
「え?」
「何で目隠しをされたんだ」
さすがに目隠しの詳細まではウメちゃんの指示には書かれていなかった。
「えっと、布です」
「どんな布だった」
「タオルみたいなものですかね。目隠しされてたんで詳しくはわからないんですけど」
「そうか。以前に立てこもり犯の人質から話を聞いたことがあってね、その人からタオルでの目隠しは案外見えるって聞いたんだ。俺も体験したことは無いからわからないんだが、どうだい、何か見えたりはしたかい」
眉間に皺を寄せて天井を見上げた。松井からしたら頑張って思い出しているように見えるだろうが、実際には想像力をフルに働かせている。例えば何か見えたりするだろうか。タオルを巻かれていたなら明かりの具合ぐらいは伝わってくるかもしれない。
「昼の間は、明るいことぐらいはわかりました」
「なるほど、なら外に居たんだね」
「外で、座らされていました」
「そうか、ありがとう」
松井はメモ帳に手早く書きつけた。ボールペンの先が走る勢いの良い音がした。
「他の人質が言ってたけど、君は最後に船に取り残されたらしいね」
「ここに残ってれば帰れると言われて残されちゃいました」
「最後に戻っていく犯人たちの姿は見えた?」
「顔は隠されてて」
「船からはロープを使って降りたのはわかってるんだけど、その時の降り方はわかるかい」
「降りる瞬間だけしかわからないですけど」
実際、ユウキがウメちゃんに蹴られた後に辛うじて見えたのは、ウメちゃんが船から去る間際の格好だけであった。
「どんな格好だった。ロープをどういう風に持ってたとか」
「なんか、斜め、なのかな、体にロープを巻く感じにはしてましたね」
「こんなのかい」
松井が差し出したメモ帳には荒いスケッチが描かれていた。
「ああ、そうです。こんなのでした。なんでわかるんですか」
「懸垂下降というやつだね。ありがとう。聞きたいことは聞けたよ」
その後ユウキがホットコーヒーを飲み干すまでの間、松井は他愛もない話だけをした。ここらの地域はゴミの収集が厳しくなくて羨ましいとか、息子にせがまれて買ったゲーム機に自分がハマってしまっただとか。
刑事の聞き込みとはこんなものなのかと拍子抜けさせられた。
そのままコーヒーも飲み終わり、主婦の暴走カフェを出た。松井はそのまま警察署に帰るらしくその場で別れることとなった。
「じゃあ、ありがとうございました」
言った後でお礼を言うのもオカシイことにユウキは気が付いた。
「こちらこそ時間を取らせて悪かったね」
その言葉を聞いて、頭を下げて振り返ったところだった。
「君はあまり海賊たちを悪くは言わないね」
思わず固まる。振り返ると松井は笑っていた。
「人質にされて引きずり回されてるのに、怖がったり怒ったりしないなんて君は結構優しいんだな。僕なら怒りたくもなるけどな」
「もう大人なもんで」
咄嗟の笑顔は引き攣ったものになった。
アパートの階段の3段目に足をかけたところだった。
「やあ、お仕事お疲れ様だったねえ」
階段を上がり切ったところでウメちゃんと2メートルが待ち構えていた。
仕事とは、ユウキに言わせれば、ただの平社員に言わせれば、有意義さを探す繰り返しだ。人の脳みそっていうのは繰り返し作業を好んでいる。マラソンで走るのだって、簡単なルールのパズルゲームにハマるのだって、それが単純作業の繰り返しだからだ。
仕事っていうのはパズルゲームほど単純じゃない。仕事はむしろパズルゲームを作り上げる側になるわけだから、事は複雑になっていく。業務時間内で、人は怒られ、理不尽に耐え、おべっかを使い、少しずつ何かを成していく。
ストレスでおかしくなりそうになっても「仕事に有意義を見出すことを繰り返す」ことで多少だけでも慰めてやる。結局は単純作業の繰り返しなわけだ。
その日も、製品の不具合が頻発する切削加工のラインをひたすら調査した。なにかが原因で切削の具合が安定しない。削りすぎたり、削らなかったり。このラインで作った部品が客先の機械に組み込まれて、その客先の機械が信号機に組み込まれていた。ある日、赤信号が1秒だけになるという不可思議な交差点が誕生した。客先の機械が原因であるとわかって、その客先が調査をしたところウチの部品の寸法がおかしいことがわかった。それからウチ、というかまあ弊社は大騒ぎになったわけだ。
機械の下に潜りながら各箇所の水平の具合をチェックしていた。
ユウキは必死に探していた。不具合の原因ではない。
この作業の有意義さを。納得のいく意義を。
自分の仕事が如何にして社会と世界に貢献していくのかの妄想を止めなかった。
海賊ごっこの後、フェリー旅行を楽しんでいたはずの憐れな富裕層の方々と共にユウキは解放された人質として保護された。海賊行為を起こすまでの間に何かあった時の人質として港で攫われた。そういう設定がウメちゃんの紙に書かれていた。警察からの取り調べに対しても律儀にウメちゃんの設定で答える。全て真相を話すという選択肢を考えなかったわけではないが「酔っぱらっていて船に乗った経緯をよく覚えていない」と言った途端に余計な疑念を持たれそうでやめた。
定時。113番から国道へ。国道。市道。市道。国道。市道。私道。
アパートの階段を上ろうとしたところだった。
「3丁目ってここかな」
年季の入った革靴があった。ベージュのスーツはスリムなタイプのものではないが生地の艶が質の良さを物語っていた。
「ちがいますよ。そっちのカフェの角から向こうが3丁目です」
「なるほど。ありがとうございます。黒崎さんですね。わたくし、刑事の松井というものでして」
刑事手帳を取り出す仕草は手慣れたものだった。
「昨日の件で少しお伺いしたいことがありましてね、お時間ありますか」
家のすぐ傍にあっても入らないカフェもある。住宅街の中のカフェが夜の遅くまでやっているなんてことも知らなかった。松井という刑事の前にはアイスコーヒーが置かれた。淹れ方にこだわりがあるらしくホットコーヒーがくるのは少し遅れるらしい。
「すいません。家は散らかってるもんで」
金を払いに来るようなことをウメちゃんが言っていたのが気にかかった。無いとは思うが中年の刑事と海賊を鉢合わせさせるわけにはいかなかった。
「いや、こういうところは好きだよ。まさしく」
松井は店主が奥に入っていくのを窺ってから顔を近づけた。
「主婦の暴走って感じの喫茶店」
「主婦の暴走ですか」
ユウキも声を潜める。
「僕みたいな仕事だと色々な場所を訪れる。聞き込みってやつでね。こういう個人の喫茶店が住宅街には特に多いんだ。たいていは主婦だとか退職したご主人さんが始めた半分道楽の喫茶店なんだ」
「それが、主婦の暴走ですか」
「ああ、案外多いんだ。家庭内で揉めてるパターンが。店始めるのだって安くはない。数百万単位でかかってくる。家族だって止めたくなるんだ。その制止を振り切っての開業。主婦の暴走って感じだろ」
なるほど。言われてみれば付近には他にも似たような喫茶店もあった。普通の戸建てを少し改造したような喫茶店で、入りやすい雰囲気はない。
「それでいて店の中に『珈琲豆にはこだわってます』なんて書かれていたりするんだ。喫茶店がコーヒーにこだわるのなんて当たり前の話なんだが」
松井が急に話を止める。ホットコーヒーが運ばれてきたからだ。ユウキの前に金の装飾が施されたホットコーヒーのカップが置かれる。
「話を戻そうか。海賊騒ぎの人質なんて、なかなか災難だったね」
松井は小さいメモ帳とペンを取り出した。
「色々と聞かせてもらえるかな」
「色々と警察にはお話したんですが」
「色々と聞き漏らしもあって困るんだ。犯人グループには目隠しをされてたんだろ」
「ええ、船に連れて行かれるまでは目隠しを」
「目隠しはなんだった」
「え?」
「何で目隠しをされたんだ」
さすがに目隠しの詳細まではウメちゃんの指示には書かれていなかった。
「えっと、布です」
「どんな布だった」
「タオルみたいなものですかね。目隠しされてたんで詳しくはわからないんですけど」
「そうか。以前に立てこもり犯の人質から話を聞いたことがあってね、その人からタオルでの目隠しは案外見えるって聞いたんだ。俺も体験したことは無いからわからないんだが、どうだい、何か見えたりはしたかい」
眉間に皺を寄せて天井を見上げた。松井からしたら頑張って思い出しているように見えるだろうが、実際には想像力をフルに働かせている。例えば何か見えたりするだろうか。タオルを巻かれていたなら明かりの具合ぐらいは伝わってくるかもしれない。
「昼の間は、明るいことぐらいはわかりました」
「なるほど、なら外に居たんだね」
「外で、座らされていました」
「そうか、ありがとう」
松井はメモ帳に手早く書きつけた。ボールペンの先が走る勢いの良い音がした。
「他の人質が言ってたけど、君は最後に船に取り残されたらしいね」
「ここに残ってれば帰れると言われて残されちゃいました」
「最後に戻っていく犯人たちの姿は見えた?」
「顔は隠されてて」
「船からはロープを使って降りたのはわかってるんだけど、その時の降り方はわかるかい」
「降りる瞬間だけしかわからないですけど」
実際、ユウキがウメちゃんに蹴られた後に辛うじて見えたのは、ウメちゃんが船から去る間際の格好だけであった。
「どんな格好だった。ロープをどういう風に持ってたとか」
「なんか、斜め、なのかな、体にロープを巻く感じにはしてましたね」
「こんなのかい」
松井が差し出したメモ帳には荒いスケッチが描かれていた。
「ああ、そうです。こんなのでした。なんでわかるんですか」
「懸垂下降というやつだね。ありがとう。聞きたいことは聞けたよ」
その後ユウキがホットコーヒーを飲み干すまでの間、松井は他愛もない話だけをした。ここらの地域はゴミの収集が厳しくなくて羨ましいとか、息子にせがまれて買ったゲーム機に自分がハマってしまっただとか。
刑事の聞き込みとはこんなものなのかと拍子抜けさせられた。
そのままコーヒーも飲み終わり、主婦の暴走カフェを出た。松井はそのまま警察署に帰るらしくその場で別れることとなった。
「じゃあ、ありがとうございました」
言った後でお礼を言うのもオカシイことにユウキは気が付いた。
「こちらこそ時間を取らせて悪かったね」
その言葉を聞いて、頭を下げて振り返ったところだった。
「君はあまり海賊たちを悪くは言わないね」
思わず固まる。振り返ると松井は笑っていた。
「人質にされて引きずり回されてるのに、怖がったり怒ったりしないなんて君は結構優しいんだな。僕なら怒りたくもなるけどな」
「もう大人なもんで」
咄嗟の笑顔は引き攣ったものになった。
アパートの階段の3段目に足をかけたところだった。
「やあ、お仕事お疲れ様だったねえ」
階段を上がり切ったところでウメちゃんと2メートルが待ち構えていた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる