パラレルワールドで愛を問う

松本ダリア

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第14章 Side 小泉

第25話 愛しい人 後編 *

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俺は彼女の秘部に硬くなった自身をゆっくりと挿入した。

「あぁん……っ!」

「痛いか……?」

「ううん、大丈夫……もっと深くまで……来て……」

彼女は俺の腰から背中にかけて腕を回すと、吐息混じりに囁いた。俺は早く押し込んでくれと言いたげな自分自身を彼女の奥深くまで一気に挿入した。

「すごい、おくまで……はいってる……あぁんっ」

俺の耳元で彼女は甘く上擦うわずった声で喘いだ。ゆっくりと腰を動かす。彼女の中は暖かく、まるで包み込まれているようで心地良かった。それでいて程良い締め付けに、俺自身がますます硬さを増していくのが分かった。長い間忘れていたその快感……いや、幸福感に俺は心と体が満たされていくのを感じた。

「あぁ、お前の中、気持ちいい……はぁっ」

「んんっ、アタシも……すごい気持ちイイ……っ」

珠喜は俺の体にしがみつき、快感に全身をゆだねていた。汗ばんだ体を重ね、腰を打ち付ける度に妖艶な水音が響き渡り、浴室の窓やドアがみるみる内に曇った。珠喜は俺にしがみついたまま背を仰け反らせ、息も絶え絶えに声を上げた。

「もっと……もっとはげしく……はぁっ」

「そんなにして……大丈夫か……?」

「うん、もっと感じたいの……けんやさんを……っ」

「……分かった」

腰を打ち付けるスピードを一気に早めた。彼女の中で俺自身が激しく擦れ、強い快感が押し寄せる。

「うぁっ!たまき……イッてもいいか?」

「ん、いいよ……アタシもイきそう……中にたくさん出して……?」

「たまき……うあぁぁっ!」

彼女の甘い声に導かれるように俺は思い切り果てた。ずっと我慢していた熱く深い想いを、彼女の奥底に力強く注ぎ込んだ。珠喜もまた熱い吐息を溢しながら俺の胸の中で激しく体を震わせた。

「はぁ、はぁ……けんやさん……好き……」

「たまき……俺もだ……愛してる……っ」

力なく開いた彼女の唇に俺は自身の唇を重ねた。愛してる、という言葉だけでは足りない。もっと彼女を愛したい。心も体も……。

――――――

キッチンで夕飯を作っていると、寝巻き姿の珠喜が入って来た。手を止めてそっと微笑みかける。すると突然、彼女が俺の胸の中へ飛び込んで来た。体が震えている。悪い夢でも見たのかもしれない。優しく抱き締めて頭を撫でる。

「どうした?」

「気分が悪くなっちゃって……色々思い出したからかも」

「大丈夫だ。俺がついてる」

珠喜は俺の腰に回した腕に力を込めた。しばらくの間そうしていると、ようやく体の震えが収まった。彼女がそっと顔を上げる。目が合う。そっと触れ合う唇。俺は背中に回していた手で彼女の背筋をそっとなぞった。

「んん……っ」

彼女は小さく吐息を漏らした。その反応が愛おしくて唇を彼女の首筋に滑らせた。途端に体がピクンと反応し、彼女は慌てて両手で俺を制した。

「ちょ、ちょっと待って……!」

「……嫌なのか?」

「い、嫌な訳ないじゃん。でも、賢弥さん別人みたいなんだもん。嬉しいけどめっちゃ照れるっていうか……」

珠喜は頬を染めて俯いた。俺は彼女の耳元に唇を寄せ、低く囁いた。

「言っただろ?俺はもう自分の気持ちに嘘は吐かない。あれだけじゃ足りない。もっとお前が欲しいんだ」

彼女は顔を真っ赤にした後、ハッとして思い切り首を横に振った。

「い、今はダメ!とりあえず夕飯食べよ!」

「……分かった」

事件の直後で無理強むりじいするつもりはないが、珠喜がその気なら俺はこの場で彼女を抱くつもりだった。それだけ今の俺にとって彼女は心から愛おしく恋しい存在だった。彼女が望むなら俺の手であのまわしい記憶を塗り潰してやりたい。そんな思いでもあった。

テーブルの上に敷いたランチョンマットの上に料理を置くと、珠喜が目を輝かせて声を上げた。

「これ何?すごいカラフル!」

「アクアパッツァだ。魚はタラ。あっさりしてて食べやすいからな」

「……もしかしてアタシの為に?」

「ああ。食欲があまりなくても食べやすいだろ?」

「あ、ありがと」

彼女ははにかんだ後、早速料理に口を入れ、満面の笑顔を俺に向けてくれる。心が幸福感に満たされていくのが分かった。しばらくの間、黙って食事を続けた後、俺は遠慮がちに言った。

「……嫌かもしれないが一応聞く」

「えっ?何を?」

「奴らがどうなったのか、知りたいか?」

珠喜は表情と体を強張こわばらせた。嫌なことを思い出してしまったのだろう。酷だとは思ったが、奴らがどうなったのかを彼女は知る権利がある。それは彼女自身も分かっている様子。一旦、深呼吸をすると真剣な顔で言った。

「……分かった。教えて」

「予想通り奴らは例の事件の犯人だった。最初は一般人を『元の世界に戻る方法を教えてやる』と騙してたが手口が有名になり、警察の捜査が入ったことで奴らは焦った。手口を変えるために整形してバンドを組んだらインディーズにも関わらず人気が出た。元々音楽関係の仕事をしていて売れる要素を把握はあくしてたんだと。自分達のファンに近付き、睡眠薬を混ぜた酒を飲ませて眠らせ、暴行し、写真を撮影した後『恋人に言う』と脅して口封じをしてたらしい。被害者にパートナーがいる人が多いのはその所為だろう」

「そ、そんな……」

「警察が奴らを捕まえるのに手こずったのはそれまでと手口が違うことと、脅された被害者が泣き寝入りするしかなかったからだろうな」

珠喜は唇を噛んで顔を歪ませた。

「……二人は本当に元の世界の人間なの?」

「いや。あっちの言葉は友人に教わっただけだと供述きょうじゅつしてる。最初から悪用することをたくらんでたんだと」

「他の2人はどうなったの?」

「何も知らなかったらしく愕然がくぜんとしていたそうだ。彼らは利用されたんだろうな。二人の欲望の為に」

「そっか……」

彼女は俯いた。よほどショックだったのだろう。優しい言葉を掛けてやりたかったが、上手い言葉が見つからなかった。その代わりに明るい話をすることにした。

「実はまだ話がある」

「えっ?何?」

「商談に失敗した後、もう一度チャンスをもらって大口の案件を任されたんだ。世界的に有名な監督の作品でな。公開すれば確実に安定した興行収入を見込めるということだった。元々違う配給会社が担当してたんだが、何か問題があって契約を打ち切ったらしい。俺は張り切ったよ。そうしたら先方が俺のこれまでの実績を評価してくれてな、無事に契約することが決まった」

「すごいじゃん!」

「しかも、失敗した商談よりも遥かに良い条件だ。『努力は無駄にならない』お前の言う通りだった」

嬉しさが込み上げ、自然と笑みが零れた。

「……もしかして、昨日の商談?」

「ああ。昨晩、伝えようと思ってたんだが……申し訳ない」

「ううん、大丈夫」

彼女は気まずそうに俯いた。俺は最後にとっておいた最も重要な話をすることにした。

「実はお前に救われたのは今回だけじゃない」

「……どういうこと?」

「お前とは一度会ったことがある。向こうの世界でな」

「えっ……?」

彼女は驚きのあまり目を丸くした。

――――――

34歳になった頃。アメリカへ出張に行った際にたまたま見かけたアニメ映画に俺は食いついた。主人公のうさぎが仲間と協力して敵を倒すという内容で、一見ありきたりな内容かと思いきやブラックジョークが入っていたりとなかなか面白かったからだ。調べてみると、日本ではまだ公開されていなかった。買い付けの許可を得ようと早速上司にプレゼンも兼ねて報告したが、微妙な反応だった。

「お前、本気でこれを買い付けるつもりか?」

「はい、俺は本気です」

「ありきたりで面白くない。どう考えても無謀むぼうだぞ」

「確かにそうですが、面白いと思う人は絶対にいるはずです。俺みたいに!だからこの映画、俺に任せてもらえませんか?!」

「……仕方ないな。ヒットを連発してきたお前がそこまで言うなら。ただし条件がある。必ずヒットさせること。いいな?」

「ありがとうございます!」

すぐにアメリカの担当者に連絡を取ると、交渉がスムーズに進んで日本での上映が決定した。だが、吹き替えに有名声優を起用したにも関わらず興行収入は奮わず大ゴケ。「ブラックジョークが寒過ぎる」「ターゲットが子供か大人か分からない」と観客の評判も最悪で、俺の評価は地に落ちた。上司には怒られ、社員達は落ち込む俺をまるでれ物に触るように扱った。

バイトをしていた映画館では俺が関わった作品を積極的に公開してくれていたが、毎日閑古鳥かんこどりが鳴いていたという。結局公開からたったの一週間で打ち切りが決まった。しかも上映は一日に一回。俺がバイトをしていた頃だってこんなに短い期間で打ち切られた映画はなかった。

酷く落胆らくたんした俺は仕事を辞めることにした。せめて最終回ぐらいは観ておこうと思い、バイトをしていた映画館に足を運んだ。

劇場に入った時、客は俺だけだった。だが、予告が終わった時に親子が駆け込んで来た。5歳ぐらいの女の子と若い母親だ。二人はかなり焦っていた。会話の内容から察するに母親が前日遅くまで仕事をしていたせいで寝坊して目当ての映画に間に合わず、今すぐに観られる映画がこれしかないという感じだった。

「本当にこれでいいの?もう少し待てばお目当ての映画観られるわよ?」

「いいの!うさぎさんみるの!」

母親は気が乗らないようだったが、娘は観ると言って聞かない。小さいくせに随分と頑固モンだと俺は思わず笑いそうになった。終わった後、母親は微妙な表情を浮かべながら娘に尋ねた。

「……どうだった?」

「おもしろかった!うさぎさんかわいかった!」

「そう、それなら良かったけど」

娘は終始、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。もちろんブラックジョークなんて分からない年頃だ。恐らくうさぎの大袈裟なリアクションとかがツボにハマったんだろう。娘の素直な反応にハッとした。

例え万人に受けなくても一人が喜んでくれたらそれでいいじゃないか。もちろん会社の利益の為にヒットさせることは重要だ。だが、一人一人の心に届けるという思いが何より大事じゃないか、と。

(あの子に礼を……一言だけでも……)

慌てて後を追いかけると、売店で娘が母親にポップコーンをねだっているところだった。

「キャラメルポップコーンたべたい!」

「ごめんね、チケット代を出すので精一杯なの。だから我慢して」

「なんでー?!かってよー!」

「お願いだから言うこと聞いて?また今度来た時、買ってあげるから」

「やだー!いまたべるのー!」

娘はとうとう癇癪かんしゃくを起し、床に寝そべってジタバタし始めた。他の客が驚いて二人のことを見つめている。

娘は白いブラウスにスカートを履き、髪の毛を頭のてっぺんで団子にしてめかし込んでいたが、よく見ると服にところどころほころびがあった。母親は黒いパーカーにデニムというシンプルな格好。綺麗な顔立ちをしていたが化粧は薄く、その表情には明らかに疲れが見えた。

(生活が大変な中、俺の買い付けた映画を観てくれたのか……)

思わず胸が締め付けられ、涙が出そうになった。すぐに一番大きいサイズのポップコーンを買い、床に寝そべっている娘に差し出した。

「……キャラメルポップコーンだ」

「えっ?!」

娘は驚いて飛び起きた。隣にいた母親も目を丸くして俺の顔を見つめている。

「食べたいんだろ?ほら、早く受け取れ」

「いいの?」

「ああ」

「おかあさん!やった!おにいちゃんがポップコーンくれた!」

娘は大きな目を輝かせ、小さな両手を必死に伸ばして大きなポップコーンを受け取った。母親は申し訳なさそうな表情を浮かべて言った。

「ほ、本当にいいんですか……?」

「はい」

「あ、ありがとうございます……ほら、きちんとお礼言いなさい!」

娘は既にポップコーンを口いっぱいに頬張ほおばっていた。

「おにいちゃん、どうもありがとう!すっごいおいしい!」

その表情は映画を観た直後よりも遥かに明るかった。まるで花が咲いたような笑顔に俺の心が和んだ。

「……そうか、良かったな」

「本当にありがとうございました。あの、後日お礼を……」

母親は遠慮がちに言った。俺は慌てて首を横に振った。

「いえ、全然気にしないでください。じゃ、俺はこれで」

きびすを返し、劇場を出ようとして俺はハッとした。

(おいおい、礼を言うのは俺の方だろ……)

慌ててもう一度振り返り、俺は口を開いた。

「……」

だが、上手く言葉が出てこない。そもそも初対面の得たいの知れない男が突然

「俺、実はこの映画を買い付けた者なんですが、評判がイマイチで上司との約束を守れなかったので仕事を辞めようと思っていたんです。でも、娘さんのおかげで思い留まりました。本当にありがとうございました」

などと話掛けて来たら、不審者だと思われるだろう。かといって「ありがとうございました」だけでは、意味が分からない。どうするべきか必死に考えを巡らせていると、娘がポップコーンを食べながら不思議そうな顔をして言った。

「おにいちゃん、どうしたの?」

「……お前、名前は何て言うんだ?」

咄嗟に出た思いがけない言葉に自分でも驚いてしまった。母親も眉をひそめている。だが、娘は満面の笑顔でこう言った。

「なつめたまき、だよ!」
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