アンドロイドの歪な恋 ~PROJECT III~

松本ダリア

文字の大きさ
18 / 26

第18話 和解 *

しおりを挟む
※無理矢理、拘束表現あり。苦手な方はご注意ください。



彗は目を覚ました。そこは深い闇の中。暗くて冷たくて、何も見えない。

(今、誰かに呼ばれたような……)

声は絶え間なく続いている。彗はその声に導かれるように当てもなく暗闇の中を突き進んだ。

(なんだここ……凄く寒い。ああ、そうだ。僕、自分からこの中に飛び込んだんだ)

彗の脳裏に徐々に記憶が蘇る。しばらく進んで行くと一筋の光が見えて来た。

(声、あっちから聞こえる)

彗は走った。ようやく暗闇を抜けた彼は眩しさに目がくらみ、両手で顔を覆った。その時、はっきりと聞こえた。それは自分を呼ぶ彼女の声だった。

(助けて!彗!)

ハッとして目を開けると、彼の目の前に信じられない光景が目に飛び込んできた。ベッドの上で必死に抵抗する北翔の両手をしばって、自分の体で抑え込んでいるもう一人の自分があった。

(北翔?!)

彗は驚愕きょうがくのあまり声を上げた。すると、彗の声に気づいた黒が舌打ちをして言った。

(なんだ……もう戻ってきたんですか)

(北翔を離せ!)

(……どいつもこいつも、うるさいですね)

黒は苛々しながらそう言うと、再び彼女の体を抑え込んだ。彗は驚いて咄嗟に黒の頭を殴りつけた。

「ぐはっ!」

いきなり頭を抑えてうずくまった黒を見て、北翔は驚いた。

「……黒?」

(何するんですか……)

(彼女を傷つけたら許さない)

そう口にした彗の瞳には強い怒りの色が浮かんでいた。黒は少し驚いて言った。

(おや……いつの間にそんな目を……。ああ、そういえばこの間、彼女もそんな目をしていました)

(彼女を怒らせたのか?)

(さぁ、どうでしょうね)

人を馬鹿にしたような黒の態度に、彗は自身の頭の中で何かが切れる音を聞いた。黒を後ろから羽交い締めにすると思い切り引っ張った。

(な、なにするんですか?!)

彗は何も言わずに黒の体を引きずると、自分が今までいた暗闇の入り口の前に連れて行った。そして、勢いよくその中に彼の体を放った。

(この中に戻って)

その時、彗の表情を見た黒は恐怖のあまり息を飲んだ。自分に対しての怒りを全面に押し出したその表情はあまりにも恐ろしいものだった。

(こいつが、こんな顔するなんて……)

額に冷や汗がにじんだ。彗は低い声で言った。

(聞こえなかった?じゃあ、もう一度言う。この中に戻って)

黒は体を震わせると、一目散に暗闇の中に消えて行った。彗はハッと我に返ると目を開けた。目の前には両手をしばられながらも、不思議そうな顔で自分を見つめる北翔がいた。

「……もしかして、彗?」

「北翔……!」

彗は北翔の体を思い切り抱きしめると、泣きながら彼女の両手を解いて言った。

「ごめん、ごめんね……君にこんな酷いことを……」

「ううん、彗のせいじゃない。そんなことより、良かった、戻ってきてくれて」

両手が自由になった北翔は彗の首筋に腕を回した。彗は再び彼女の体を強く抱き締めると言った。

「声が聞こえたんだ。君が僕を呼ぶ声が……呼んでくれてありがとう」

「届いて良かった」

北翔は体を離すと、彗の目をじっと見つめて言った。

「ずっと会いたかった。好きだよ、彗」

そして、彼の唇にキスをした。

「寂しい思いさせてごめんね……」

「ううん、戻ってきてくれた。それだけでいい」

北翔は再び彼の目を見つめると甘えるように言った。

「ねえ、しようよ。セックス」

「えっええ……で、でも、僕、君に怖い思いをさせたばかりだよ?」

「だから、それは彗じゃないってば。わたしは彗としたいの」

北翔は強い口調で言った。

(ああ、押し切られて断れないこの感じ……懐かしい)

我がままを言われているにも関わらず、彗の心はじんわりと温かくなった。

「分かったよ。ただいま、北翔」

「おかえり、彗」

彗は優しく微笑むと、彼女の唇に自身の唇を優しく重ねたのだった。

その後、二人は久しぶりに愛を確かめ合い、これまで以上にお互いを高め合った。が、彗は依然として北翔の中へ入ることは出来なかった。黒を撃退したことで輪を乱す者がいなくなり、センターには再び平和が訪れた。が、暗闇に追いやったはずの黒の存在を彗は日常生活を送る中で微かに感じていた。彗自身の問題は何も解決していないのである。

ある日。北翔が暁子の元へ検診に行っている間、彗はデスクに座って頬杖ほおづえをつき、考え込んでいた。

(戻って来たのはいいけど、一体どうしたら解決できるんだろう……。それに、イオが体調崩して寝込んでるって……。心配だ……)

すると、研究室の扉を誰かがノックする音がした。

「はい、どうぞ」

入ってきた人物を見て、彗は思わず椅子から立ち上がった。

「イオ……!」

今まさに彼女の心配していたところだったので、彗は驚きを隠せなかった。また、彼女とまともに顔を合わせるのはあの事件の日以来で、あの時の記憶が一気に蘇ってしまった。二人は顔を真っ赤にして下を向いた。彗は慌てて言った。

「え、えーっと、体調いかがですか?寝込んでるって聞いてちょっと気になってたんです」

「ありがとう、もう大丈夫。ごめんね、心配かけて……」

イオはそう言いながら微笑んだが疲労の色が濃く表れており、彼女がどれほど憔悴しょうすいしているのかが分かり、彗は胸が締め付けられそうになった。

「そ、そうですか。それなら良かったです。で、どうしたんですか?何か用事があって来たんですよね?」

「う、うん。その……さっき、雄飛が帰って来たの」

「え!そうなんですか?!(出張に行ったのも気づかなかったけど、帰って来たのも気づかなかった……)」

「アタシ、どうしても自分から雄飛に聞くのが怖くて……それで、ベネラ姉さんに聞いてもらったの。そうしたら浮気なんてしてないって。それは誤解だって凄く怒って……」

「じゃ、じゃあ、部屋に入ってきた女の子っていうのは一体誰なんですか?」

彗の言葉にイオは困惑しながら答えた。

「雄飛と一緒にシリウスや子供アンドロイドについて研究をしている一人だって。入って来たのは忘れ物を届けてくれたからなんだって。雄飛のチームメンバーには一度だけ会ったことがあるけど、自分の担当じゃないし、頻繁に会う訳じゃないから顔をよく覚えてないの。だから全然気付かなくて……それに、彼女には婚約者がいてもうすぐ結婚するんだって。結婚式の準備と講演会が重なってて凄く忙しいみたい。そんな時に俺と浮気する余裕があると思うか?そんなに俺のことが信じられないのか?って凄い剣幕けんまくで言われたわ」

「そうなんですか……」

「でも、ベネラ姉さんは引き下がらなかった。『何で彼女は部屋のロックを解除できたの?それに忘れ物って?ノックもせずにそんなに慌てて渡さなきゃいけないような物なのかしら?』って。さすがよね。アタシにはそこまで細かく問い詰める度胸はないわ」

イオはそう言うと苦笑いをした。

「ベ、ベネラさんらしい……。で、雄飛くんはなんて?」

「雄飛はすぐに出られるようにドアの下に重りを挟んで部屋のロックを解除してたんだって。アタシとの会話が終わったらすぐに講演会の準備に出掛ける予定だったって。それで思い出したんだけど……あの時アタシから雄飛を呼び出したの。雄飛は急いでたけど、嫌な顔ひとつせずアタシの話を聞いてくれた。で、彼女が慌てて持って来たのは講演会の担当者に事前に確認してもらう書類で、メールで送りそびれたから手渡しする必要があったんだって。自分がまさか浮気を疑われるなんて思ってなかったみたいで、雄飛の怒りっぷりがもうとにかく凄くて……ベネラ姉さんが何とか納めてくれたから良かったけど……」

「そ、そっか……。って、え?まさかそれで喧嘩したりとかしてないですよね?!」

彗の言葉にイオは慌てて首を横に振った。

「アタシ、すぐに謝ったの。勝手に誤解して勝手に疑ってごめんって。最初は不服そうな顔をしてたけど、きちんと分かってくれたわ。俺の方こそ疑われるようなことしてごめんって謝ってくれた。だから、もう平気なの」

「そ、そうですか!良かったじゃないですか!」

彗は心から安堵あんどした。すると、イオが突然、頭を下げて声を上げた。

「あの時は本当にごめんなさい!」

「え、イオ……?」

「アタシ、彗の気持ちを知って利用しようとした。本当に酷いことした。アタシは最低な女だわ。もう本当に……彗に申し訳なくて……」

イオはそう言うと目を潤ませ、言葉を詰まらせてしまった。彗は慌てて言った。

「イオ、謝らないでください!」

「彗、でも……」

何か言いかけたイオの言葉を遮って彗は優しく落ち着いた声で言った。

「いいんですよ。僕たちは生きてるんですから。心が揺れることなんて沢山あります。誰も傷つけずに正しく生きられる人なんていません」

「彗……」

目を潤ませ、自分を見つめるイオに彗は何も言わずに優しく微笑みかけた。

「彗、あなたは本当に……優しい人ね。アタシを作ったのが雄飛じゃなくてあなただったら、アタシはもしかしたら……」

イオはそこまで言ってハッとした。彗はイオが何を言おうとしたのかを察して慌てて声を上げた。

「イ、イオ!そ、それ以上は……!」

彗が首を横に振ると、イオは再び申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「ご、ごめん!アタシったら何か変なことを……。あっ!あの時のことは雄飛には内緒に……」

「当たり前じゃないですか!口が裂けても言えませんよ。墓場まで持っていきます」

彗はそう言って人差し指を立てた。イオは微笑むと言った。

「ありがとう、彗。これからもよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

イオは安堵の表情を浮かべると、部屋を出て行った。

(君を作ったのが雄飛くんじゃなくて、僕だったら、僕を好きになってかもしれない……そう言いたいんだね?でも、それは違う。君は雄飛くんだからこそ作ることができたんだ。だから、君には雄飛くんが必要だし、雄飛くんじゃないといけない。何より……僕に対するその気持ちは恋じゃない)

彗の胸の奥にまだ微かに切なさが残っていた。しかし、それよりもようやく肩の荷が下りた、そんな気持ちの方が大きかった。

(誰も傷つけずに正しく生きられる人なんていない、か……。咄嗟に出て来た言葉だったけど、僕は心のどこかで既に分かっていたのかもしれない……)

彼は顔を上げた。

(さよなら、イオ。雄飛くんとシリウスと幸せにね……)

彼女が出て行った扉を見つめ、彗はイオに別れを告げたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...