アンドロイドの歪な恋 ~PROJECT III~

松本ダリア

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第20話 痕跡

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水端流の衝撃的な告白から数日が経った。あれから暁子は何度も水端流から転送されてきた明彦の報告メールを読み返していた。気になる箇所は特に注意深く読み、メモを入力した。

「頻度は一週間に一度、量は地球にいた頃の約一年分。最後のメールは最後の宇宙船が出発する前日……」

***

「7月×日 ご報告

北海道・○○町に到着致しました。関東は蒸し暑いですが、こちらはカラッとしています。帰って来たなぁと感じます。北海道からプロジェクトに参加することを承諾して頂き、ありがとうございました。家とアトリエを整理したら、アンドロイド開発の準備に入ります。またご報告致します」

メモ:わざわざ北海道に渡って開発を行うところに強いこだわり、思いを感じる。


「8月×日 ご報告

アンドロイドの外見がほぼ完成しました。理想の出来だと自負しています。メトロポリス星で教授に見てもらうのが楽しみです。申し訳ありませんが、それまで具体的なことは明かせません。これは私のポリシーだからです。コアや生殖器官の提供者が決まりましたので、これから内部の開発に進みます。またご報告させて頂きます」

メモ:もったいぶる癖は昔から変わらないし、誰に対しても同じらしい。それが例え上司でも。


「8月×日 ご報告

先日、教授にご紹介頂いた北海道在住の植野外科医の協力の元、アンドロイドの内部に生殖器官の移植を行い、最後にコアと接続しました。が、正常に機能せず。植野医師曰く、生殖器官とコアの相性が合わない可能性があるとのこと。調査を進めますが、生殖器官もしくはコアを差し替えるかもしれません。またご報告致します」

メモ:植野医師とは?今、メトロポリス星にいるのか?コアと生殖器官にはやはり相性があるようだ。


「9月×日 ご報告

連日ニュースで東京を始め大都市での争いが報道されておりますね。教授やプロジェクトの皆さんは大丈夫でしょうか?北海道は今のところ争いとは無縁でのんびりしております。しかし、いつ争いが起きてもおかしくはない、常にそう思いながら仕事をしております。さて、コアを別の物に差し替えたところ、正常に機能しました。これからアンドロイド本体を初めて起動します。またご報告致します」

メモ:差し替えたのが黒が言ってた「遭難した経験のある男のコア」なのだろうか?


「9月×日 ご報告

北海道はカラッとしていて気持ちの良い季節です。秋の訪れを何となく感じます。アンドロイドが正常に起動しました。そちらにはイオという個体が既に稼働しているのですね。刻印の数字を迷いましたが、『002』と入れることにします。またご報告致します」

メモ:北翔の刻印も002。


「10月×日 ご報告

先日、アンドロイドと共にとある山に登りました。教授には私の理想の個体をお話しましたが、覚えていますか?山で遭難しても自分の力で生き延びることができるような丈夫な個体にするには訓練が欠かせません。少し心配していましたが、難なく登山を終えました。登山が気に入ったようです。この個体は私にとって生徒であり、我が子です。またご報告致します」

メモ:昔、私に語っていた理想と一致。北翔が一人で未開拓の富士山を下山できたことを考えると合点がってんがいく。


「11月×日 ご報告

遠くの山が色鮮やかに染まりました。と、思ったらすぐに初雪が降りました。まだ根雪にはなりませんが、寒いです。我がアンドロイドは順調に成長しており、大抵の山には一人で登ることができるようになりました。これから雪山にも挑戦するつもりです。

先日、無性にハンバーグが食べたくなり、レシピを見ながら初めて作りました。しかし、ただの肉のかたまりが出来ただけで失敗に終わりました。ハンバーグは、私の好物だと知った妻がよく作ってくれた思い出の料理です。こんなに手間がかかる面倒な料理をよく作ってくれたなぁと今更、妻の苦労が身に染みます。肉の塊と化したハンバーグを我がアンドロイドが食べようとしたので全力で止めました。私の代わりに食べてあげようと思ったらしく、いつの間にか優しい子に成長してくれたなと感慨かんがい深い思いです。またご報告致します」

メモ:昔、何でハンバーグが好きなのかを聞いたら、子供の頃に初めて食べたハンバーグが美味しかったから、と嬉しそうに答えていたことを思い出す。


「12月×日 ご報告

すっかり根雪になりました。またこの季節がやって来たなという感じです。先日、我がアンドロイドと共にクリスマスを祝いました。プレゼントを贈ったところ、とても喜んでいました。もし、私に子供がいたらこんな気持ちだったのかもしれないなぁと思います。またご報告致します」

メモ:北翔が持っている雪の結晶のネックレス、誰かに貰ったと言っていた。これかもしれない。


「1月×日 ご報告

無事に正月を迎えました。我がアンドロイドは今のところ異常なし。毎日元気に過ごしています。おまけに他の個体に比べ、頻繁に充電をする必要がない、というのが良いです。丈夫な個体を、という理想通りで嬉しい限りです。正月が明けたらもう雪山登山を再開する予定です。またご報告致します」

メモ:コアが長持ちしている?


「5月×日 ご報告

北海道にもようやく春が訪れました。近くの桜が満開です。が、温暖化の影響なのか今年の桜はあまり美しくありません。さて、北海道にも少しづつ不穏な雰囲気が漂って来ており、最後の宇宙船に乗り込むために上京する人が続出しております。訪れた時はそれなりに活気があったこの町も住んでるのは今や殆どが老人です。私達も早いところ上京しなくてはならないと植野医師と話をしています。またご報告致します」

メモ:北海道民は少し遅れて危機感を覚えた様子。関東から遠いから?


「6月×日 ご報告

梅雨に入りました。最近は北海道も雨が多いです。温暖化の影響が及んでいるのかもしれません。私も早いところ地球を脱出しなければならない、そう思います。植野医師は奥さんと娘さんの三人で既に上京し、最後の宇宙船のパスも入手したとのことです。私も上京する準備が整いましたので近々具体的な日にちをご連絡できるかと思います。またご報告致します」

メモ:植野医師の方が一足早く上京?


「7月×日 ご報告

いよいよ明日上京し、最後の宇宙船に乗り込みます。パスは私とアンドロイドの二人分、何とか入手致しました。思えば一年前、我が故郷であるここ北海道の地に移り住み、実に伸び伸びとまた、じっくりとアンドロイドの開発と研究を進めることができました。北海道の地でなければ私の理想とするアンドロイドは作れないとの思いを教授が聞き入れてくださったおかげです。本当にありがとうございました。必ずや最後の宇宙船に乗り込み、我がアンドロイドを教授に会わせたい、そう強く思います。では、メトロポリス星でお会い致しましょう」

メモ:二人は揃って宇宙船に乗ったのか?墜落事故で明彦だけが死んだ?または、何かがあって明彦だけが乗れなかったのか?


暁子の胸中には色々な思いや感情が溢れ、混ざり合っていた。アンドロイド本体に関する記述きじゅつは限りなく少ないが、その文章には故郷とアンドロイド開発に対する強い思いが込められていることが痛い程伝わって来た。まだ知り合って間もない頃、明彦が故郷やアンドロイドについて語っていた姿を暁子は思い出し、思わず笑みを浮かべた。

「あの時からちっとも変わってないじゃないか」

暁子は植野静という外科医の存在が気に掛かっていた。もしも彼が生きていて、今もメトロポリス星にいるなら大きな手掛かりになる。

「宇宙船の乗客・乗務員リストでもあれば……」

と、その時。暁子のウォッチに着信が入った。相手はベネラだった。

「暁子?今、大丈夫かしら?」

「ああ、平気だよ。どうしたんだい?」

「あれから私とハレーで最後の宇宙船について調べてみたの。それで、宇宙船の運行会社から乗客・乗務員、墜落事故の犠牲者・生存者リストを入手したわ」

暁子は驚いた。今まさに自分が欲しがっていたものだったからだ。

「ベネラ!あんた、お手柄だよ!ちょうど今、リストがあればって思ってたところだったんだよ」

「あら、そうなの?それは良かった。ってことは何か手掛かりを見つけたのね?」

「まあ、そんなところさ。もっと詳しいことが分かったら教えるよ」

「分かったわ。ああ、そうだ。これ、手に入れるのに結構苦労したのよ。個人情報だからってなかなかOKしてくれなくて。仕方ないから教授にお願いして、代わりにリストを入手してもらったの。教授が北翔の件を説明したら、理解してくれたみたい」

「そうだったのかい。志希の子守りで忙しいのに、ありがとうね」

「ううん、平気よ。この子は思ったより手がかからないから。それと、この乗務員・乗客リストは正確じゃないって先方から言われたわ。ほら、最後の宇宙船は最も争いが激化げきかしたって有名でしょう?だから、きちんとパスを確認したり読み込んでいる余裕がなかったみたい。中にはパスを持っていないのにどさくさに紛れて乗り込んだ人もいたらしいわ。

だから、乗り込んだ後に突貫とっかんで作成されたものでかなり適当らしいの。墜落事故のリストの方も正確じゃないって。特に死亡者のリストは……悲惨な事故だったから遺体の本人確認にかなり手間取ったみたい」

「そうかい。最後の宇宙船については色々と悲惨だったと聞いたけど、実際は予想を遥かに上回っていたんだろうねえ」

「そうね……じゃあ、今から暁子のパソコンにリストを送るわね」

「分かったよ、ありがとうね」

「何か分かったらまた連絡するわね」

暁子はウォッチを切った。程なくして、ベネラから各リストが送られてきた。ファイルを開き、まず乗客・乗務員リストの上から順番に名前を確認していくと驚くべきことが分かった。

「北翔と植野医師の家族の名前はある。でも、明彦の名前がない……」

急いで墜落事故のリストと照らし合わせてみる。

「生存者に植野医師の奥さん、死亡者に本人と娘さんの名前……。北翔と明彦の名前はない……か」

暁子は考え込んだ。正確なリストではない、とベネラは言った。しかし、北翔と明彦が一緒に宇宙船に乗り込んだなら、名前も二人揃っていないと不自然なのである。

「だとすると、乗り込む前に明彦の身に何かがあった。そうとしか思えない。これは……奥さんに会いに行くしかないね」

暁子はそう決意して立ち上がったのだった。
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