アンドロイドの歪な恋 ~PROJECT III~

松本ダリア

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第21話 記憶の欠片

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「彗、もう仕事終わった?」

彗が北翔のコアのデータを分析していると、ベッドに座っている北翔が尋ねて来た。彗はパソコンに向かったまま返事をした。

「まだだよ。今、大事な作業中なんだ。ちょっと待っててね」

彼が自分の方を見ないので北翔は少し苛立った。ベッドから降りると、座っている彗に後ろから思い切り抱き付いた。

「やだ、待てない」

彗は驚き、慌てて声を上げた。

「ほ、北翔……お願いだからちょっと待ってて。後で構ってあげるから!」

「やだ!今がいい!」

北翔のわがまま攻撃に困惑していると、彗のウォッチに突然、着信が入った。相手はハレーだった。

「よう、彗。北翔も一緒か」

「ハレー、どうしたんですか?」

「お前らに耳よりの情報だ。明日から展示会が開催される。最後の宇宙船のな」

「えっ?どういうことですか?」

「生存者と遺族の声が集まって、開催が決定したらしい。最後の宇宙船は色々な意味で有名だからな。今後の教訓きょうくんとして資料や遺品、船の残骸ざんがいを公開したいんだと」

すると、彗が返事をする前に後ろにいた北翔が即答した。

「行く」

「えっ、ちょ、ちょっと北翔」

「おおっ。張り切ってんじゃねえか。パスは事前にネット購入できるみてえだ。まあ、なんか分かるといいな」

北翔はハレーに尋ねた。

「ハレーとベネラと志希は?」

「オレ達は……ちょっと今、志希の子守りで忙しいからな。オレは明日休みだから一緒に行ってやりてえんだけど。悪いな」

ハレーはそう言って申し訳なさそうに両手を合わせた。

「ありがとう、ハレー。ベネラと志希にもよろしく」

「おうよ。んじゃ、何かあったらまた連絡するぜ」

結局、彗が言葉を挟む隙もなくハレーとの会話が終了した。北翔は後ろから彗の首に腕を回して言った。

「明日、行くでしょ?ね?」

「う、うん。そうだね。早い方がいいもんね」

彗がそう言うと、北翔は彼の頬にキスをして嬉しそうに言った。

「彗、好き。ありがとう」

彗は顔を真っ赤にして照れ笑いを浮かべたのだった。

その翌日、二人は早速、展示会に出かけた。会場は雄飛とイオとシリウスが住んでいる近未来エリアの一角にあった。大規模な展示会やイベント、ライブなどが開催できる大きなホールだ。センターからは電車1本で行ける。

電車といってもレールや車輪がある訳ではない。巨大で透明な筒が街中に張り巡らされており、その中を超高速で駆け抜けるスーパートレインである。駅を降りた二人は粉雪舞う中、ホールへ向かった。彗との初めての屋外デートに北翔は朝から浮足うきあし立っていた。

「北翔、気持ちは分かるけど遊びに行くんじゃないんだよ。君の記憶を取り戻しにいくんだから……」

「分かってる」

北翔は頷きながらも、彗の手を取り握った。彗はやれやれとため息を吐きながらも、女の子との久しぶりのデートを密かに楽しみにしていたのだった。北翔は街の風景を眺めながら懐かしそうに目を細めた。

「あの店も、あのホテルも行った……あのテーマパークも……」

「それは……富士山を降りてからの話?」

「そう。この街で色んな人とした。それで色々な情報を得た。自分の情報が欲しくて始めたけど、それはほとんどなかった。別に辛くはなかった。でも、孤独だった、ずっと」

「そっか……」

どれだけ多くの人と肌を重ねても彼女の孤独を癒してくれる人が一人もいなかったという事実がとても切なく、彗は胸が締め付けられるような思いだった。

展示会場に着くと、二人はウォッチに入れたパスを見せて中に入った。大勢の客でごった返しており、見るのにはかなり時間がかかった。しかし、二人はほぼ会話をすることなく真剣にじっくりと見て回った。

展示の内容は地球からメトロポリス星への移住計画、宇宙船の便数や内部写真の公開、そして、墜落事故を起こした最後の宇宙船についてだ。遺品や現場の写真、墜落した船の残骸が公開されていた。宇宙船は山肌に衝突した衝撃で大破たいはした。だから、原型を留めてはいなかった。展示されているのはわずかに残った客室の扉や外壁だった。

(墜落した主な原因は乗客の定員オーバーか。重さに耐えきれなくなって制御せいぎょできなくなったんだ。争いの中、どさくさに紛れて結構な人が乗り込んできたんだろうな……)

彗はちらりと隣にいる北翔の顔を見た。心なしか、僅かに眉をひそめているように見える。

「北翔、何か思い出した?」

すると、北翔は急に両手で頭を押さえた。

「……痛い」

「ほ、北翔、大丈夫?!」

彗は北翔の肩を抱いて、展示品の前からすぐに離れた。そして、近くにあるベンチに座らせた。北翔はニット帽を取って頭を抱えた。

「いきなり……色んな記憶の欠片かけらが……頭に流れ込んできて……ああっ」

まるで頭が割れるのではないかと思うほどの激痛に襲われ、北翔は首を大きく横に振って苦しんだ。

「北翔!しっかりして!」

彗は必死に北翔の体を抱き締め、背中を撫でた。二人に気づいた周りの客達がざわつき始める。心配そうに見つめる客、係員を呼びに走る客、介抱かいほうしようと声を掛けてくれる客もいた。彗はそれらの人々にぺこぺこと頭を下げながら、北翔の背中や頭を撫で、彼女が落ち着くのを待った。

(北翔はきっと思い出そうとしてるんだ。気持ちは分かるけど今、邪魔をしたらいけない)

「赤い、月と大気……もうすぐ消える……うわあああっ!」

北翔はそう叫ぶと気を失ってしまった。

「北翔……北翔……?!」

彗は驚いて咄嗟に北翔の口元に耳を寄せた。

「大丈夫、息してる……ああっ!す、すみません!何でもないんです!大丈夫です!この子、ちょっと持病じびょう持ちで……今から帰るんで気にしないでください!」

周りに出来た人だかりと飛んできた係員に彗は必死に頭を下げた。そして、彼女を背負うと展示会場を後にした。彗は迷った。彼女を背負ったまま雪の中を歩き、スーパートレインに乗り、センターへ向かうか。それとも誰かに連絡して迎えに来てもらうか。

(前の僕なら遠慮して自力で彼女を背負って帰っただろうな。でも今は……)

彗は思い切ってハレーに連絡を取った。

「あっハレー!」

「おう、彗、どうした?展示会には行けたのか?」

「それが……行ったんですけど、北翔が倒れちゃったんです!一気に何か思い出したみたいで頭を抱えて叫び出して……」

「うわっ、そりゃあ大変だ!お前ら、今どこにいる?」

「ホールの前です。あの……ハレー、迎えに来てもらえませんか?」

「おう、そのつもりだぜ。ちょっと待っとけ。いや、実は今ちょうど近くにいるんだ」

「えっ、そうなんですか?!」

「ああ、志希のおむつやら子守用品の買い出しにな。ネット注文すりゃあすぐ着くが、買いに行った方が早く手に入るからな。ああ、ベネラは家で留守番してる」

ハレーは大型ショッピングモールの中を走った。駐車場へ向かっているようだ。

「ハレー、すっかり主夫しゅふじゃないですか」

「ふん、まあな」

ハレーはスーパーカーに乗り込み、起動した。

「今から行く。そこ、動くんじゃねえぞ」

「分かりました」

彗はウォッチを切った。ほどなくして、全面ミリタリー柄の派手なスーパーカーが到着した。彗は先に後部座席に北翔を乗せ、その後に乗り込んだ。

「ハレー、ありがとうございます。助かりました」

「おうよ。北翔は大丈夫か?」

「ええ、たぶん。息はしてるからしばらくしたら目を覚ますかと思うんですが……」

彗はそう言って、目を閉じたままの北翔の頭をそっと撫でた。

「じゃあ、かっ飛ばすからしっかり掴まってろよ」

「は、はい……ってハレー!スピード出し過ぎじゃないですか?!」

突然、猛スピードで空中を飛び始めたので、彗は慌てふためいた。外の景色がビュンビュンと過ぎ去っていく。彗は必死に両足を踏ん張り、助手席の背もたれにしがみついた。

「これがオレの通常運転だ!」

「ええっ!」

こうして三人は超高速でセンターへ戻ったのだった。

***

北翔はベッドの上でゆっくりと目を開けた。胸が酷く痛く、切なくて涙が一筋頬を伝った。目の前には見慣れた二人の顔があった。心配そうな表情で北翔の顔を覗き込んでいる。

「彗、ハレー……」

「おい、倒れたって聞いたぞ、大丈夫か?」

「良かった……!って北翔……?もしかして泣いてるの……?」

彗が北翔の涙を見て驚いた表情を浮かべた。

「……何でもない。それより、なんでハレーがここにいるの?」

北翔の問い掛けにハレーは経緯を説明した。

「そっか……ありがとう」

北翔はゆっくりと体を起こした。彗が慌てて北翔の体を支える。

「起き上がって大丈夫?もう少し休んだ方が……」

「大丈夫。もう平気。記憶、全部戻ったし」

「……えっ?」

「マジかよ」

「うん。皆を呼んで欲しい。説明するから」

北翔の言葉に彗とハレーは手分けをして、急いで連絡をした。程なくして全員が会議室に集まった。暁子を除いては。

「宵月先生はどちらに……?」

彗の言葉にベネラが答えた。

「暁子は今、急いでこっちに向かってるわ。実は、墜落事故の生存者にご主人に繋がる重要な人がいたの。その人に会いに行ってる」

「そうなんですか?!」

すると、水端流が興味深そうな表情を浮かべて言った。

「ふむ。もしかしたら全てがこれで解決するかもしれんな」

「あの……」

そんな中、雄飛が遠慮がちに口を開いた。

「俺、皆がそんな大変なことになってるなんて全然知らなくて……何もできなくて申し訳ない」

「ア、アタシもよ。体調を崩してたから何も知らなくて……」

イオと雄飛は皆に深々と頭を下げた。すると、シリウスが北翔の顔を見ながら嬉しそうな声で言った。

「でも、ボク、新しい仲間が増えてうれしいよ!ホクト!よろしくね!」

北翔はシリウスの顔を見ると微笑み、犬耳を撫でながら言った。

「シリウス、会ってみたかった。とてもかわいい……よろしくね」

「うん!」

「それから、イオ、雄飛。わたしは二人を知ってる。謝らなくていい。これから仲良くして」

イオと雄飛は驚いて顔を見合わせた。二人は北翔がどんな能力を持っているのかをまだ知らないからだ。

「よろしく、北翔」

「よろしくね!」

と、その時。会議室の扉が開いて、コート姿の暁子が駆け込んで来た。いつも冷静沈着れいせいちんちゃくな彼女には珍しく慌てて来たらしい。肩で大きく息をしていた。

「悪いね、遅くなって」

「暁子、ご苦労様」

ベネラが微笑みながら労いの言葉を掛ける。

「宵月くん、何か分かったのかね」

「はい。決定的な証拠を見つけました。でも、それよりも……先に北翔の話を」

暁子はそう言うと会議室の隅っこにあるウォーターサーバーからマグカップに水を汲み、がぶ飲みした。

「ちょっと……暁子、大丈夫?オンラインで参加しても良かったのに」

ベネラがそう言うと暁子は首を横に振って言った。

「いや、私は直接聞きたいんだよ、北翔の話をね」

「暁子……」

水端流は咳払いをすると、北翔に言った。

「では、北翔。君が思い出したことを全て話してくれるかね」

「……分かった」
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