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第10話 捨てられたアンドロイド 後編

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背後で勢いよくドアが閉まり、中から言葉にならない叫び声と暴れ回る音や物が割れる音が聞こえた。彗はふぅと大きく息を吐いた。

「危なかった……」

雄飛はハッとした表情を浮かべると、彗の腕を払い、床に倒れ込んでいるイオの元へ駆け寄った。

「イオ!!」

彼女は横たわったまま、静かに涙を流した。

「アタシは……価値のないアンドロイド……」

そして、力なく呟くと意識を失ってしまった。イオは体力の限界に加え、子供が産めないというショックで精神的にも大きなダメージを受けてしまったのだった。雄飛と彗はイオの異変に気づき、慌てた。

「イオ?!しっかりしろ!」

「イオ!起きてください!……雄飛くん、今すぐ彼女を医務室へ!すぐにメンテナンスをしないと……!」

「あ、ああ、そうだな!」

雄飛はイオを両腕に抱え、彗と共に医務室へ駆け込んだ。ベッドの上にイオを寝かせ、二人は手分けして様々な機器をイオに繋いでいった。

生殖機能以外の臓器を持たないイオは何かを食べることも飲むこともできない。その代わりに定期的な充電と「コア」に対する栄養剤の注入をすることでメンテナンスをしていた。

「くそ……ハレーの奴がイオを監禁してた所為せいだ。だから、思うようにメンテナンスができなくてこんなことに……」

機器を繋ぎ終わり、雄飛はイオの青白い頬をそっと撫でながら言った。

「雄飛くん、本当にごめん。僕がもう少ししっかりしていなきゃいけなかったんだ」

彗が深々と頭を下げた。雄飛は首を横に振って言った。

「君の所為じゃないよ。それに、俺だってイオを守るって誓ったのに結局守れなかった。イオをこんな目に遭わせたのは俺の責任だ」

「雄飛くん……」

雄飛はイオの手をそっと握った。普段、雄飛はイオのことを「自分と同じ人間」として接していた。だから、彼女の検査やメンテナンスをする時は酷く複雑な気持ちになった。

(イオはアンドロイドだ……人間である俺とは違う)

嫌でもそう認識させられることが、雄飛にとっては何よりも辛いことだった。彗がイオの顔を見つめながら静かに言った。

「イオはさっき、自分には価値がないって言いましたけど、それは違います」

「彗……」

「たとえ、子供が産めなくたって、イオは高い知能を持った素晴らしいアンドロイドです。アンドロイドとしてだけではありません。彼女はとても優しくて真面目な良い子なんです……」

彗はそう言うと、白衣の袖で涙を拭った。そして言葉を続けた。

「君も知っていると思いますが、彼女が初めてハレーに会った時、僕はハレーの怒りを買って胸ぐらを掴まれてしまいました。自分が作ったアンドロイドなのに底知れぬ恐怖を感じ、悲鳴を上げることしかできませんでした。でも、イオはハレーを止めようとしてくれたんです。見るからに彼女はハレーに怯えていました。でも僕のために勇気を振り絞ってくれたんです。それを見た時、僕は、ああ、なんて優しい子なんだろうと思いました。それと同時に自分の不甲斐なさに失望したんです」

彗は無意識に自身の髪の毛をくるくると弄りながら言った。

「雄飛くんが担当を外されている間、僕は父からイオの定期的なメンテナンスを依頼されました」

「彗が、イオのメンテナンスを……?」

「はい。宵月さんはメンテナンスの方法までは知らなかったから。しかし、何度ハレーに言ってもイオを部屋から出してもらうことはできませんでした……そこで、僕はハレーが戦闘訓練やトレーニングで留守にしている間を狙ったんです。急いでイオを医務室に連れて行って何とかメンテナンスを行いました」

彗はイオから目を離し、雄飛の目をじっと見つめて言った。

「僕はイオに頭を下げました。僕が担当なのにハレーを上手く扱えない所為で、こんなに苦しませてごめん、と。そうしたら、イオはにこりと笑ってこう言ったんです。

『彗の所為じゃない。これはアタシが選んだことだから。アタシは滅亡寸前の地球で、宇宙船に選ばれず命を落としていく多くの人間を見た。アタシはその人間達の代わりにこのメトロポリス星に来たって思うの。アタシは子供を産むために作られたアンドロイド。だったらそれを果たす使命がアタシにはある。犠牲になった多くの人間達のためにも。雄飛や彗に守ってもらってばかりじゃ何も進まない』と」

「イオが……そんなことを……?」

「はい。そして、最後にこう言いました。

『アタシは雄飛のことが大好き。だから会えないのは辛い。だけど、アタシは大好きな雄飛が作ったアンドロイド。だから、使命を果たして雄飛の期待に応えたいの』と」

「イオ……」

雄飛は切なさで胸が締め付けられそうになった。彗は優しく微笑むと言った。

「僕はイオのことが好きです。あっ!恋愛感情じゃないですよ?一言で表すならなんていうか……友達?でしょうか。人間だってここまで真面目な人はなかなかいませんよ。僕は彼女を尊敬しているんです。アンドロイドではなく、一人の人間として」

「彗……色々とありがとう」

雄飛の言葉に彗は何も言わずに首を横に振り、微笑んだ。彗の純粋な気持ちに、雄飛は思わず涙が出そうになったが、こらえた。そして言った。

「彗にひとつお願いがあるんだ」

「何でしょう?」

「イオを家に連れて帰っても構わないかな?一晩だけでいいんだ」

「もちろんですよ。ようやくイオを独り占めできるんですからね」

彗はそう言って意味深な笑顔を浮かべた。雄飛は少し驚いて言った。

「君、気づいてたのか?」

「あ、当たり前じゃないですか……!二人のあんな姿を見たら……さすがに僕だって気づきますよ」

彗はそう言って顔を真っ赤にしたのだった。
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