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第14話 その訳を

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物思いにふけっていたその時、研究室の扉を叩く音がした。暁子はハッとして体を起こした。

「入んな」

研究室に入って来たのはイオと雄飛だった。先日、水端流から聞いた「イオは子供を産めない」という問題について、詳しいことや原因解明の相談に訪れたのだ。

「暁子先生、単刀直入に聞きます。イオが子供を産めない原因、あなたは何だと思いますか?」

暁子は何も言わずにイオと雄飛の顔を交互に見た。そして、切羽詰まった顔をしている雄飛に向かって強い口調で言った。

「雄飛、あんた近くにいてまだ分からないのかい?ハレーの奴に決まってんだろ」

「やっぱりそうなのか……」

雄飛は大きなため息を吐いた。

「いいかい?イオ、人間はストレスに弱いんだよ。特に女はそれがもろに生殖器官に影響する。生理だって来なくなるんだ。あんたはアンドロイドだけど人間とほぼ同じさ。思い当たること、あるんじゃないのかい?」

「そういえば、最近生理が不規則だなって思ってた……ストレスって、アタシが嫌々ハレーに抱かれてたからってこと?」

「まぁ、そうだね。あんたは使命を持ってたつもりなんだろうけど、知らない内に自分を追い込んでたのさ。女の心理や身体について、一通り学んだ雄飛なら分かるだろうけど」

雄飛はうなだれたまま何も言わない。暁子はイオに言った。

「私が調べたところによると、排卵がうまくいってないみたいだね。卵子が正常に働いてくれなきゃ、いつまで経っても子供なんてできないさ」

「そうなんだ……人間の身体って複雑なのね」

すると、黙っていた雄飛が口を開いた。

「それは治りますよね?」

「そうだね、大体は薬で治る」

「えっ、じゃあ、まだ子供ができる可能性はあるってこと?」

イオの問いかけに暁子は腕を組み、しばらくうなった。

「その薬が果たしてイオに効くのかどうか、話はまずそこからだ。だから、今の段階じゃ何とも言えない。子供が出来るかどうかは断言することはできないよ。あんた達を変に期待させちゃ悪いしね」

雄飛とイオは顔見合わせてがっくりと肩を落とした。

「まぁ、まだはっきりと決まった訳じゃないからね。落ち込むのはまだ早いさ。イオの調子が戻ったらまた実験を再開してみるという手もある」

「暁子先生……!」

イオの顔がパァっと明るくなった。暁子は強い口調で言った。

「ただし、ハレーの相手は今後一切禁止だ。まったく……何だってあんたたちは水端教授とハレーなんかの言いなりになっちゃったんだい?雄飛、あんたがもっとビシッと言ってやらないから、こんなことになったんじゃないか。聞いたよ。あんた、イオは俺が守る!とか言ってたらしいじゃないのさ。よくそんなデカい口叩けたねぇ」

雄飛は下を向いたまま、遠慮がちに言った。

「返す言葉もございません」

「暁子先生、雄飛を責めないで?雄飛だって色々手を尽くしてくれたんだから。それに、これはアタシが選んだことなの。その結果がこうなら、アタシの責任なんだから」

イオは雄飛の肩を抱いて、暁子に訴えかけた。暁子はしばらく二人を見つめていたが、大きくため息を吐き、観念した様子で言った。

「分かったよ。まったく、若いお二人さんには敵わないねぇ。イオ、さっきも少し言ったけど、これから治療を始めるからね。その間、あんたはしっかり静養すること。久しぶりに二人の時間が出来て、盛り上がりたいのは分かるが、ほどほどにするんだ。特にあんただよ、雄飛。分かったわね?」

「暁子先生に言われなくても分かってますよ」

雄飛は苦笑いしながら言った。暁子は口元で軽く微笑むと、思い出したように言った。

「ああ、そうだ。ハレーの奴はもうじき大人しくなるよ」

「えっ?!」

「ど、どういうことですか?」

「水端教授からハレーを黙らせるアンドロイドを作れって言われたのさ」

イオと雄飛は顔を見合わせた。すると、イオが遠慮がちに言った。

「アタシ、思うんだけど……」

「なんだい?イオ」

「暁子先生がハレーの担当になればいいんじゃない?だって、先生。初めてハレーに会った時、暴走しかけたハレーを止めたじゃない」

雄飛が驚いて声を上げた。

「それ、本当か?!」

「うん。あんたは生まれたばかりの赤ん坊だ、その赤ん坊が、人生経験積んだ私に生意気な口聞いてんじゃないよ!って。ハレーびっくりして黙っちゃったの。もう本当に、暁子先生ったら、凄くかっこよかったんだから!アタシ、感動したのよ!」

イオが興奮気味にそう語ると、雄飛は目を丸くして嬉しそうな顔をした。

「そりゃあ、凄いな。確かに、それならアンドロイドを作る必要はないんじゃないか?暁子先生がハレーのストッパーになれば」

すると、暁子は顔を思い切り歪め、首を大きく横に振りながら言った。

「馬鹿なこと言ってんじゃないよ。年がら年中あいつの面倒見なきゃいけないなんて冗談じゃない。私は忙しいんだよ。だったら専用のアンドロイド作ってそいつに任せた方がマシさ。その前に、あいつの担当は彗だろ?本来なら彗が管理しなきゃなんないのさ。それなのにできないって……」

暁子は一旦言葉を切ると、ため息を吐いた。そして続けた。

「イオのメンテナンスだって、私はそこまでできないからあんたが自分でやるんだよって言ったんだ。そうしたら、そんなこと言わないでくださいよ~って涙目になっちゃってさ。私は頭に来て、イオを本気で助けたいなら自分で何とかしろ!って怒鳴ったんだよ。まったく……情けないったらないよ」

「そうだったのか……あいつ、そんなことひとことも言ってなかったぞ」

「暁子先生に怒鳴られた、なんて恥ずかしくて言えなかったのね」

イオと雄飛は顔を見合わせ、苦笑いをした。

「まぁ、楽しみにしてておくれよ」

暁子はそう言って意味深な笑みを浮かべたのだった。

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