アンドロイドの歪な恋 ~PROJECT II~

松本ダリア

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第10話 潜入捜査

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ベネラは身支度を整え、武器を持って自分のスーパーカーに乗り込んだ。全面ブラックのシックなデザインを彼女は気に入っていた。数時間後、ようやく現地に到着すると少し先にある森の中にスーパーカーを停めた。見つからないようにする為だ。

物陰から様子を伺う。研究所は高い塀に囲まれており、正面には大きな門があった。鉄の重い扉でその前には警備員が立っている。

(正面から行くのは危険ね)

警備員に気づかれないよう茂みに隠れながら移動し、様子を伺う。

(高い塀のせいで外からは中の様子は全く見えない……登るしかないようね)

建物のちょうど裏側の塀を見上げ、彼女は決意した。腰に付けたポーチの中からクライミング道具を取り出し、塀の上側に引っ掛けた。そして、ロープを伝って塀を登った。すぐには降りず、上から敷地内の様子を伺い、人がいないのを確認すると塀の上から飛び降りた。と、その時だった。

「誰だっ?!」

彼女が飛び降りたと同時に建物の陰から男性研究員が現れ、銃を構えた。

(銃を持ってる?!研究員が武装してるなんてやっぱり普通じゃない。何かあるわ)

ベネラはすぐにサイレンサー付きの拳銃を取り出すと研究員に向かって撃った。彼は気を失って倒れ込んだ。彼女は辺りを見回すと、研究員が現れた場所とは反対方向に向かった。

(敷地内は芝生しばふ。建物は西と東に分かれている……)

地形を細かくインプットしながら慎重に歩く。時折、研究員に遭遇したが、その度に拳銃で動きを封じた。急所は外しているため死ぬことはない。しばらく歩くと東棟の裏側に焼却炉しょうきゃくろとゴミ捨て場があることに気づいた。焼却炉には煙突は付いておらず、煙が出ない仕組みになっていた。そこで、異様な光景を目にした。

(これは……動物の骨?!)

小さいものから大きいものまで、無数の骨が積み重なっていた。その中の小さな頭蓋骨をそっと手に取った。

(これは小型犬の……)

胸騒ぎがして頭蓋骨をそっと置いたベネラはその奥にある物を発見してハッとした。

(このブルーのスーツケースはシリウスの?!)

それはシリウスが道円に預けられた日に持っていた物だった。彼女はシリウスのことを思い浮かべた。不安と怒りで胸が締め付けられそうになり、思わず握った拳にぎゅっと力を入れた。

(思った通り……あの男、シリウスを利用して何か良からぬことをたくらんでいるんだわ。一刻も早くシリウスを探し出さないと)

ベネラはその場を離れた。そして、より一層辺りに気を配りながら進んだ。しばらくすると広大な広場に出た。地面には白線が引かれ、いくつも的が並んでいた。その中に見覚えのある人物が二人いた。

(あれは……道円とシリウス?!)

咄嗟に近くの物陰に身を隠すと二人の様子を伺った。

「坊ちゃんは皆と違って犬にも人間にもなれる。せやから、犬の格好で敵地に忍び込み、その後で人間になる。ほな、迷子のふりして敵をまどわせ、爆弾でどっかーんや。これが爆弾や。ピンを抜けばすぐに爆発する。やってみ」

道円は葉巻をふかしながら笑みを浮かべ、小型の爆弾をシリウスに手渡した。シリウスは犬耳を下げ、怯えて震えていた。いつもの無邪気な姿からは想像もできないあまりに悲痛な表情にベネラは柄にもなく動揺した。

(シリウス……!ダメ、今行っては……落ち着くのよベネラ)

彼女はすぐに助け出したい気持ちをグッと堪え、何とか冷静さを保った。

「い、いやだ。だって、ばくだんって人をころす道具なんでしょ?だから、ボクはぜったいにさわっちゃダメだってハレーが言ってた。こわいよ」

道円は小さく舌打ちをすると話題を変えた。

「坊ちゃん、野球やったことあるか?キャッチボールする時に球投げるやろ?あの感じを意識するんや」

「キ、キャッチボール、この間ハレーとベネラとやった……でも、あれはボールだよ?こんなこわいばくだんじゃない。いやだ、やらない」

道円は眉間に深いしわを寄せながら声を荒げた。

「なにいうてんねん。お前に拒否権なんてないんや。ごちゃごちゃ抜かしとらんと、はようやれや」

ベネラは集中力を高め、道円に意識を向けた。

(……お前は自爆テロ要員、我が動物兵器の一番の目玉や。せやからはよう爆弾に慣れてもらわんと困るんや)

ベネラは唇を噛み締めた。

(動物兵器ですって……?!思った通りだわ。あの男、思った以上にとんでもないことを考えてる。一刻も早くシリウスを助け出さないと……自爆テロだなんて冗談じゃないわ)

ベネラがどうやってシリウスを救出するか思案している間にも道円は、早く爆弾を投げるようシリウスを急かした。

「おい!はよ、投げや!」

「ひゃっ!」

道円の怒鳴り声にシリウスは驚き怯え、体を震わせた。そして、震える手で小型爆弾のピンを抜くと、先日ハレーとベネラとやったキャッチボールを必死に思い出して慌てた様子で爆弾を放った。その途端、物凄い爆発音がして的が粉々に砕け散った。

「ひゃあ!」

聴力が人一倍優れているシリウスは強烈な爆発音に驚き、咄嗟に犬耳を塞いだ。そして木っ端微塵こっぱみじんに吹き飛び、原型を留めていない的を見て爆弾のあまりの威力いりょくに怯えて泣き出してしまった。

「何泣いてんねん!ほな、次の爆弾や!はよ投げや!」

「いやだ!こんなこわいのさわりたくない!」

道円は苛々した様子で葉巻を投げ捨てると二個目の爆弾を嫌がるシリウスの両手に無理矢理握らせた。ベネラはすぐにウォッチを起動してハレーを呼び出した。

「ハレー。あなたの勘、大当たりよ」

「なんだ?何があった?」

「動物研究なんて表向き。裏では動物兵器の開発をしてるわ、あの男」

すると、ハレーは目を丸くして声を上げた。

「動物兵器だと?!で、小僧は?!」

「爆弾を投げさせられてるわ。とにかく早く助け出さないと……ハレー、すぐに出て来られる?」

「当たり前だろ。こっちはさっきから準備してんだっての」

「そう。なら、すぐに来て……」

と、その時だった。

「おい、何しとるん?」

ハッとして振り返り、ベネラは驚いた。真後ろに道円がいたのだ。半べそをかいているシリウスを小脇に抱え、眉間にシワを寄せていた。

「お前……センターにおったエロい姉ちゃんやないか。何でここに……」

道円はしばらく考えていたが、やがてベネラの目的にハッと気づくと不敵な笑みを浮かべた。

「ああ、ワイの計画バレてしもたか。ほんならこのまま帰す訳にはいかへんなぁ」

道円はベネラのあごをくいと持ち上げた。

すると、ウォッチから投影されたハレーが声を荒げた。

「このクソ野郎!ベネラから手離せ!」

「あなた、私が何者か知っているの?」

「当たり前やろ。水端の奴が全部教えてくれたわ。姉ちゃんはあれやろ?戦闘に特化したアンドロイドでワイの研究所の潜入捜査をしてた。せやろ?」

得意気な顔でそう言う道円にベネラは冷静な顔で返した。

「そうね。その通りよ」

「ほんで、そのウォッチの向こうにいるんはお騒がせアンドロイドのハレー。最強やけど、この姉ちゃんにはいまだ振り向いてもらえへん……」

道円はニヤニヤしながらハレーの顔見て何かをひらめいたような顔をすると騒ぎを聞きつけて集まってきた数人の男性研究員達に向かって言った。

「……よっしゃ。おい!お前ら!この姉ちゃん、地下室にぶち込んどき!」

二人の男性研究員がベネラを拘束こうそくしようと一斉に手を伸ばしたが、彼女は拳を構え、彼らに一撃を食らわせた。

「ぐはっ!」

「ぐえっ!」

二人は勢いで地面に倒れ込んだ。ベネラは一人の背中に足を乗せると道円に向かって強い口調で言った。

「その手には乗らないわよ」

しかし、道円は動じない。更に不敵な笑みを浮かべ、小脇に抱えているシリウスの顔をチラチラと見ながら言った。

「ふん、ほんなら、坊ちゃんがどうなってもええんか?」

「……どういうこと?」

道円は葉巻を口にくわえると白衣の右ポケットに手を突っ込んで小型スイッチを取り出した。

「ワイはな、こいつの体内に爆弾を仕掛けた。このボタンを……ぽちっと押すだけで一瞬で吹っ飛ぶ」

「ひゃっ?!」

驚いたシリウスの目から大粒の涙が吹き出す。

「なっ……なんですって?!」

「き、貴様……!」

道円はスイッチを再びポケットにしまい、葉巻をふかした。

「こいつは他の動物と違って犬にも人間にもなれる。使い勝手がいい。水端のやつ、よう材料を提供してくれたもんや」

そして、嬉しそうに微笑み、怯えて号泣するシリウスの頭を撫でた。

「教授はあなたの本当の狙いを知ってるの?」

「知るわけないやろ。知っとったら絶対反対するに決まっとる。ワイはな、この国は近い将来、必ず他国に侵略される。移住する時のえらい騒ぎ、お前らもよう覚えとるやろ?あんな騒ぎが近い内にまた起こる。そない思うとる。せやから、そん時に使える動物兵器を今から開発しとこう思うとるんや」

「……教授を騙したのね?」

「騙しとらん。水端のやつから依頼してきたんやで。そうそう、犬に変身するメカニズムも解明したしな」

「なんですって……?」

道円はベネラの全身を舐め回すように見つめると考えながら言った。

「せやなぁ……坊ちゃんをどうするか、解明した情報を渡すかどうかは……この姉ちゃんが最後まで手出さへんかったら、考えてやってもええかなぁ」

「っ?!」

「お、お前、何考えてやがるっ?!」

ベネラが息を飲み、ハレーが焦って声を上げた。道円はベネラに歩み寄ると彼女の耳元で低く囁いた。

「……ええか?さっきみたいにちっとでも妙な真似してみい。その瞬間に坊ちゃんの体が吹っ飛ぶで」

「なっ……!」

すると、シリウスが泣きながら言った。

「は、はかせ、おねがい。ベネラをいじめないで!」

道円は鬱陶うっとおしそうに顔を歪めるとシリウスの頭を叩きながら言った。

「やかましいわ。犬は黙って尻尾ふってりゃええんや!」

「いたいっ!」

頭を叩かれて再び泣くシリウスを見て、ベネラは慌てて言った。

「やめて!分かったわ、私があんたの言うことを聞く。それでいいんでしょう?」

「……ふん、よう分かっとるやないか」

道円はニヤリと笑って頷いた。その表情を見てハレーが悪態あくたいをつき、声を荒げた。

「クソッ……!ベネラ、待ってろ!今すぐ行く!」

ベネラのウオッチが切れたと同時に道円は、ベネラに倒されていまだ地面に転がっている二人の研究員を思い切り蹴った。

「お前ら!いつまで寝とる!はよう姉ちゃんを地下室にぶち込まんかい!」

「ハッ!す、すみません!」

「い、今やります!」

二人の研究員はベネラを後ろ手に鎖で縛った。

「さあ……地下室に案内しますからね」

「ほら、早く歩いてくださいよ」

二人はベネラの肩や腰を必要以上に触りながら歩くよううながした。道円はベネラに近寄ると不敵な笑みを浮かべながら言った。

「ワイは坊ちゃんをぶち込んだらすぐに向かう。おとなしゅうしとくんやで、姉ちゃん」

「……っ」

ベネラは何もできない、言い返せないもどかしさに悔しそうに歯を食いしばったのだった。
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