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第11話 それぞれの正義
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ウォッチを切り、ハレーは自分の部屋を飛び出した。雄飛の研究室の扉を荒々しく叩く。
「雄飛!開けろ!小僧とベネラがやべえ!」
すると、扉が勢いよく開き、雄飛が顔を出した。驚きと不安が入り混じったような表情でハレーを見上げている。
「シリウスとベネラが何だって?!」
「あのクソ野郎、小僧を動物兵器にするつもりだぞ!体内に爆弾仕掛けやがった!」
「っ?!」
雄飛の後ろで不安そうに立っていたイオが小さく悲鳴を上げ、両手で顔を覆った。
「ば、爆弾だって?!」
「ああ、自爆テロでもさせるつもりだぜ!」
「じ、じばく……テロ……」
イオの体から力が抜けて倒れそうになり、雄飛が咄嗟に彼女の体を支えた。
「イオ!?」
ハレーは真っ青な顔で雄飛に抱かれているイオを見ると心配そうな表情を浮かべた。が、雄飛に向かって話を続けた。
「クソ野郎は、ベネラを鎖で縛って言いやがった。ベネラが大人しくしていれば小僧を助けてやってもいい、犬に変身する謎も教えてやってもいい、ってな」
「そ、それで……ベネラは……?」
真っ青な顔でそう尋ねる雄飛にハレーは道円に対する怒りと憎しみを露わにしながら低い声で言った。
「……ベネラは条件を飲んだ。あいつは小僧のことを気に入ってる。だから、自分を犠牲にしてでも小僧を守るつもりだ」
「ベネラ姉さん……」
イオは遂に泣き出してしまった。雄飛は少し考えた後に口を開いた。
「……実はベネラがここを出る前、俺も助けに行くって言ったんだ。でも怒られた。あなたに何ができるの?拳銃は使えるの?自分に立ち向かって来た敵を倒せるの?って。それに、こうも言ってた。あいつは絶対何か企んでる。あなたはそれに立ち向かう覚悟があるの?って……俺、何も言えなかった。ベネラは一人で立ち向かう気なんだ」
「マジかよ……まぁ、あいつらしいけどな」
ハレーが笑って言った。雄飛はまた少し考え、意を決したように言った。
「ハレー、やっぱり俺も連れて行ってくれないかな?」
「……お前、本気か?」
「うん。彼女を見て思ったんだ。やっぱり君達は凄いなって。俺にはないものを持ってる。でも、俺だってシリウスを想う気持ちは同じだ。いや、あの子は俺が作った大事な子だ。想いの強さは君達以上だって思ってる。だからこそ命を懸けて自分の手で助け出したいんだ」
雄飛の目は真剣で純粋だった。今までのようなハレーに対する敵対心、憎しみや嫉妬は全て消え去っていた。そんな雄飛の目を見てハレーは内心、驚いていた。
(小僧が生まれる前まで、こいつは俺に対して常に敵意を剥き出しにしてきた。だが、今のこいつは……子供ができるとこうも変わるのか?)
「お前の気持ちは分かった。だが、ベネラの言う通りだ。もし敵が向かって来たらどうする?どうやって倒す?オレは助けてる余裕なんてねぇぞ」
「それは十分に分かってる。だから、拳銃の使い方だけ教えてくれないか?自分でいうのもなんだけど俺は筋がいいと思ってる。すぐに覚えられるはずさ。いや、覚えてみせるよ。で、もし俺の身に何かあったら構わずに行ってくれ。それでシリウスとベネラを助けてくれ」
ハレーは驚きを隠せなかった。
「……分かった。支度して今すぐトレーニングルームに来い。いいか?一回しか教えねぇぞ?こうしてる間にも小僧とベネラは危険な目に遭ってるかもしれねぇんだ」
「分かってる。すぐに行くよ」
雄飛はハレーに向かって大きく頷くと、イオの両肩に手を置き、真っ直ぐに目を見つめながら言った。
「イオ、必ずシリウスとベネラを連れ戻す。待ってて」
「雄飛……シリウスとベネラ姉さんを……助けて。それで、必ず生きて帰って来て」
「ああ、もちろんさ」
雄飛はイオの体を優しく抱きしめた。イオは涙を拭くとハレーに向き直った。そして、真っ直ぐにハレーの目を見て言った。
「ハレー、お願い。みんなを守って。必ず全員連れて帰って来てね。ごめんね、アタシはここで祈ることしかできないけど……信じて待ってるから」
ハレーは不意に胸が高鳴るのを感じた。
(イオのこんな素直な目……初めて見るかもしれねえ)
そして、ぎゅっと拳を握ると、それを胸にドンと当て、強い口調で言った。
「あったり前だろ!オレは最強のアンドロイドだぜ?誰にも負けねぇよ!あんなクソ野郎叩きのめして全員連れて帰って来てやる!大丈夫だ。オレに任せておけ」
「ハレー……ありがとう」
イオのブルーの瞳から涙が再び溢れた。ハレーは雄飛の研究室を出た。そして、素早く身支度を整えてトレーニングルームで雄飛を待った。遂さっき見たイオと雄飛の姿が浮かぶ。
(オレには親も兄弟もいねぇ。だから親とか子供だとか家族だとかそういう人間関係は理解できねぇ。けど、最近のあの二人を見てるとこれが夫婦とか親とか家族ってもんなのかって……どうもそういう気がしてならねえ。雄飛にとってイオと小僧は守りたい存在だ。じゃあ、オレは?オレにとって守りたい存在ってのは……?)
ハレーは考え込んだ。そして、ハッとした。
(オレ、この間あいつに自分で言ったじゃねぇか。ベネラ、イオ、小僧に何かあったら守りたいと思うって……オレは『仲間』だと思ってた。でも、ある意味これは家族ってやつでもあるのかもしれない……)
と、その時だった。
「ハレー、待たせてすまない」
動きやすい服装に身を包んだ雄飛がやって来た。ハレーは雄飛の格好を上から下まで確認すると予備に持ってきた防弾チョッキを雄飛に放った。
「……そんなペラッペラな格好で死に行くつもりか?これ着とけ。それから小型の拳銃だ。初心者が扱いやすいやつだからすぐに慣れる」
「あ、ありがとう」
雄飛は手早く防弾チョッキを羽織り、備え付けの保護メガネと耳当てを装着した。準備が整ったのをみると、ハレーは自分の銃を構えながら言った。
「じゃあ、やるぞ。まずは俺が手本を見せる。いいか、あの的の真ん中を狙って引き金をひけ」
ハレーは引き金をひいた。弾は的のど真ん中に命中した。
「な?単純だろ?じゃあ、やってみろ」
「う、うん」
雄飛は緊張した面持ちで銃を構えた。そして、引き金を引いた。撃った弾は円の端っこをかすめ、木のかけらが床に散らばった。ハレーはイライラして舌打ちをしながら言った。
「おい!一回で覚えるっつったろ?!俺は筋がいいっつったのはどいつだ?!ああ?!」
「分かってるよ」
雄飛はムッとした顔をして再び銃を構えた。雄飛のいつになく真剣な表情を見て、ハレーはかつてベネラに教わった時のことを思い出した。彼女の強く凛々しい瞳がまるで昨日のことのように浮かぶ。ついでに、自分の体に押し付けられた膨らみの感触をも思い出して、ハレーは不意に自分の胸が熱くなるのを感じた。
(……いや、違げえ。今あいつの体を思い出してる場合じゃねえ)
そして、慌てて首を横に振ると雄飛に向かって声を上げた。
「おい、そこじゃねえ。重心がズレてる。いいか、雑念を払え。ごちゃごちゃ余計なことを考えるな。的に集中しろ。あの真ん中が、あのクソ野郎の額だと思え」
「わ、分かった」
雄飛は一旦目を閉じて集中すると再び目を開けた。そして、一気に引き金をひいた。鋭い音がして弾は的の中心より少しズレた場所に当たった。
(こいつ……)
雄飛が僅か2回でコツを掴んだことにハレーは内心驚いていた。が、腕を組むと口元を緩めながら言った。
「真ん中じゃないが、良い線いってるじゃねぇか。2回目でこれだけ撃てりゃあ大したもんだ。急所に当たるかどうかは怪しいが、敵の動きを封じることはできるだろ」
「そ、そうか。教えてくれてありがとう。ハレー」
雄飛はそう言うとニコリと笑った。純粋な微笑みだった。ハレーは目を逸らし、頭をかきながら言った。
「あ、ああ……それより、早く向かうぞ!」
「うん」
二人はトレーニングルームを出て、走ってエントランスへ向かった。
「どうやって行くんだ?まさかこのまま走って行くわけじゃないだろ?」
「当たり前だろ!走ってたら日が暮れちまう。オレの相棒で行くんだよ!」
「相棒……?」
「スーパーカーだよ!お前も持ってんだろ?!ホントはよ、ベネラを隣に乗せてドライブでもするつもりだったんだぜ?まさか、先にお前を乗せることになるとはな」
雄飛はその時、初めて自分の愛車にイオを乗せた時の気持ちを思い出した。
(あの時の俺と同じだな……まさかハレーの気持ちが分かる日が来るなんて)
雄飛は、何だか自分の胸の奥がじんわりと温まったような気がした。ハレーにバレないように微かに口元を緩めたのだった。
研究所に着いた二人はスーパーカーから降りた。
「警備員がいる。どうする?」
「んなもん決まってんだろ。ぶっ倒せばいい」
「ええ……侵入できるところがないか探した方が……」
雄飛が遠慮がちにそう言うと、ハレーは苛々しながら声を荒げた。
「んなことしてる暇ねえだろ!ごちゃごちゃ言ってねえで、行くぞ」
ハレーは雄飛の返事も待たずに駆け出した。雄飛は銃を取り出すと仕方なく彼の後について走って行った。
「なんだ貴様らは?!」
見張りの警備員が拳銃を構えた。が、ハレーは警備員が動くよりも先に銃を撃った。警備員が倒れ込む。ハレーの素早い動きに雄飛は唖然とした。
(早い……銃を撃つのに全く躊躇う様子がない)
「これは指紋認証か……チッ」
門はロック式になっており、指紋で解除できるようになっていた。ハレーはロック画面に瞳の焦点を合わせるとロック解除システムを起動した。
彼は苛々していた。ずっと戦闘訓練を続けて来たハレーにとって初めての実践だったが、緊張感も高揚感もなかった。ただひたすらベネラとシリウスのことが気がかりだった。
「こんな重そうな門どうやって開けるんだ?」
「解除してるから待ってろ」
「えっ?君、そんなこともできるのか?」
「オレはどんなロックでも解除できるんだよ。ってか、今集中してんだ。ちっと黙ってろ」
「分かった」
雄飛はその時、思った。
(ああ、ハレーはこの能力でイオの部屋のロックを解除したのか……)
忘れていたあの時の怒りが蘇りそうになり、雄飛は頭を振った。その時、ガチャっという音がした。固く閉ざされていた大きな門がゆっくりと開かれる。
その時、敷地内にいた数人の研究員が二人の存在に気付き、銃を向けて来た。雄飛の前にいたハレーはすぐに銃を撃ち、研究員全員を倒した。そして、雄飛に話しかけようと振り返ったその時。
「危ねえ!」
背後から雄飛を撃とうとしてきた研究員目掛けてハレーは銃を撃った。
「ぐわっ!」
研究員が倒れ込む。
「おい!隙見せんじゃねえ!」
「わ、分かってるよ!」
「こいつら銃持ってやがる。ぼさっとしてっと撃たれるぞ!」
すると、またしても雄飛に向かって研究員が銃を構えて来た。雄飛は一瞬、怖気づいた。が、素早く銃を構え、一気に引き金を引いた。鋭い音がして弾が研究員の右足に命中した。ハレーは感心したように口を開いた。
「初ヒットじゃねえか。やるな」
「まあ、本当は銃を持ってる右手を狙ったんだけどね」
ハレーはフッと笑うと倒れ込んだ研究員の胸倉を掴んで言った。
「おい、道円が連れてた女と小僧はどこだ?」
「ひ、ひいっ!」
ハレーのあまりの剣幕に足から血を流しながら研究員は怯え、震えた。
「早く言え!」
すると、研究員はおそるおそる方角を指を差した。
「い、犬は東棟の近くの犬小屋に……。女は西棟の地下室に……」
ハレーは雄飛の顔を見た。
「おい、聞いたか?」
「う、うん」
「方角が逆だ。どっちを優先する?ベネラか?小僧か?」
すると、雄飛は少し考えた後に言った。
「二手に分かれよう。その方が効率がいい。俺は東棟の方へ行く。ハレーは西棟の地下室に」
ハレーは内心驚いた。
「……おい。お前、一人で行く気か?」
「当たり前じゃないか」
「何かあってもオレは助けてやれねえぞ」
「それ、さっきから何回も聞いてるよ」
雄飛はため息を吐いてそう言うと、決意したように言葉を続けた。
「俺は大丈夫だ。一人で何とかする。さっきみたいに君に助けてもらわなくてもね」
その瞳に父親として、また男としての決意がみなぎっているのをハレーは感じた。
「……よし、分かった。じゃあ、ベネラと小僧を助けたら合流だ。いいな?」
「うん。ハレー、死ぬなよ」
雄飛の言葉にハレーはにやりと笑うと言った。
「それはこっちのセリフだっつうの」
「雄飛!開けろ!小僧とベネラがやべえ!」
すると、扉が勢いよく開き、雄飛が顔を出した。驚きと不安が入り混じったような表情でハレーを見上げている。
「シリウスとベネラが何だって?!」
「あのクソ野郎、小僧を動物兵器にするつもりだぞ!体内に爆弾仕掛けやがった!」
「っ?!」
雄飛の後ろで不安そうに立っていたイオが小さく悲鳴を上げ、両手で顔を覆った。
「ば、爆弾だって?!」
「ああ、自爆テロでもさせるつもりだぜ!」
「じ、じばく……テロ……」
イオの体から力が抜けて倒れそうになり、雄飛が咄嗟に彼女の体を支えた。
「イオ!?」
ハレーは真っ青な顔で雄飛に抱かれているイオを見ると心配そうな表情を浮かべた。が、雄飛に向かって話を続けた。
「クソ野郎は、ベネラを鎖で縛って言いやがった。ベネラが大人しくしていれば小僧を助けてやってもいい、犬に変身する謎も教えてやってもいい、ってな」
「そ、それで……ベネラは……?」
真っ青な顔でそう尋ねる雄飛にハレーは道円に対する怒りと憎しみを露わにしながら低い声で言った。
「……ベネラは条件を飲んだ。あいつは小僧のことを気に入ってる。だから、自分を犠牲にしてでも小僧を守るつもりだ」
「ベネラ姉さん……」
イオは遂に泣き出してしまった。雄飛は少し考えた後に口を開いた。
「……実はベネラがここを出る前、俺も助けに行くって言ったんだ。でも怒られた。あなたに何ができるの?拳銃は使えるの?自分に立ち向かって来た敵を倒せるの?って。それに、こうも言ってた。あいつは絶対何か企んでる。あなたはそれに立ち向かう覚悟があるの?って……俺、何も言えなかった。ベネラは一人で立ち向かう気なんだ」
「マジかよ……まぁ、あいつらしいけどな」
ハレーが笑って言った。雄飛はまた少し考え、意を決したように言った。
「ハレー、やっぱり俺も連れて行ってくれないかな?」
「……お前、本気か?」
「うん。彼女を見て思ったんだ。やっぱり君達は凄いなって。俺にはないものを持ってる。でも、俺だってシリウスを想う気持ちは同じだ。いや、あの子は俺が作った大事な子だ。想いの強さは君達以上だって思ってる。だからこそ命を懸けて自分の手で助け出したいんだ」
雄飛の目は真剣で純粋だった。今までのようなハレーに対する敵対心、憎しみや嫉妬は全て消え去っていた。そんな雄飛の目を見てハレーは内心、驚いていた。
(小僧が生まれる前まで、こいつは俺に対して常に敵意を剥き出しにしてきた。だが、今のこいつは……子供ができるとこうも変わるのか?)
「お前の気持ちは分かった。だが、ベネラの言う通りだ。もし敵が向かって来たらどうする?どうやって倒す?オレは助けてる余裕なんてねぇぞ」
「それは十分に分かってる。だから、拳銃の使い方だけ教えてくれないか?自分でいうのもなんだけど俺は筋がいいと思ってる。すぐに覚えられるはずさ。いや、覚えてみせるよ。で、もし俺の身に何かあったら構わずに行ってくれ。それでシリウスとベネラを助けてくれ」
ハレーは驚きを隠せなかった。
「……分かった。支度して今すぐトレーニングルームに来い。いいか?一回しか教えねぇぞ?こうしてる間にも小僧とベネラは危険な目に遭ってるかもしれねぇんだ」
「分かってる。すぐに行くよ」
雄飛はハレーに向かって大きく頷くと、イオの両肩に手を置き、真っ直ぐに目を見つめながら言った。
「イオ、必ずシリウスとベネラを連れ戻す。待ってて」
「雄飛……シリウスとベネラ姉さんを……助けて。それで、必ず生きて帰って来て」
「ああ、もちろんさ」
雄飛はイオの体を優しく抱きしめた。イオは涙を拭くとハレーに向き直った。そして、真っ直ぐにハレーの目を見て言った。
「ハレー、お願い。みんなを守って。必ず全員連れて帰って来てね。ごめんね、アタシはここで祈ることしかできないけど……信じて待ってるから」
ハレーは不意に胸が高鳴るのを感じた。
(イオのこんな素直な目……初めて見るかもしれねえ)
そして、ぎゅっと拳を握ると、それを胸にドンと当て、強い口調で言った。
「あったり前だろ!オレは最強のアンドロイドだぜ?誰にも負けねぇよ!あんなクソ野郎叩きのめして全員連れて帰って来てやる!大丈夫だ。オレに任せておけ」
「ハレー……ありがとう」
イオのブルーの瞳から涙が再び溢れた。ハレーは雄飛の研究室を出た。そして、素早く身支度を整えてトレーニングルームで雄飛を待った。遂さっき見たイオと雄飛の姿が浮かぶ。
(オレには親も兄弟もいねぇ。だから親とか子供だとか家族だとかそういう人間関係は理解できねぇ。けど、最近のあの二人を見てるとこれが夫婦とか親とか家族ってもんなのかって……どうもそういう気がしてならねえ。雄飛にとってイオと小僧は守りたい存在だ。じゃあ、オレは?オレにとって守りたい存在ってのは……?)
ハレーは考え込んだ。そして、ハッとした。
(オレ、この間あいつに自分で言ったじゃねぇか。ベネラ、イオ、小僧に何かあったら守りたいと思うって……オレは『仲間』だと思ってた。でも、ある意味これは家族ってやつでもあるのかもしれない……)
と、その時だった。
「ハレー、待たせてすまない」
動きやすい服装に身を包んだ雄飛がやって来た。ハレーは雄飛の格好を上から下まで確認すると予備に持ってきた防弾チョッキを雄飛に放った。
「……そんなペラッペラな格好で死に行くつもりか?これ着とけ。それから小型の拳銃だ。初心者が扱いやすいやつだからすぐに慣れる」
「あ、ありがとう」
雄飛は手早く防弾チョッキを羽織り、備え付けの保護メガネと耳当てを装着した。準備が整ったのをみると、ハレーは自分の銃を構えながら言った。
「じゃあ、やるぞ。まずは俺が手本を見せる。いいか、あの的の真ん中を狙って引き金をひけ」
ハレーは引き金をひいた。弾は的のど真ん中に命中した。
「な?単純だろ?じゃあ、やってみろ」
「う、うん」
雄飛は緊張した面持ちで銃を構えた。そして、引き金を引いた。撃った弾は円の端っこをかすめ、木のかけらが床に散らばった。ハレーはイライラして舌打ちをしながら言った。
「おい!一回で覚えるっつったろ?!俺は筋がいいっつったのはどいつだ?!ああ?!」
「分かってるよ」
雄飛はムッとした顔をして再び銃を構えた。雄飛のいつになく真剣な表情を見て、ハレーはかつてベネラに教わった時のことを思い出した。彼女の強く凛々しい瞳がまるで昨日のことのように浮かぶ。ついでに、自分の体に押し付けられた膨らみの感触をも思い出して、ハレーは不意に自分の胸が熱くなるのを感じた。
(……いや、違げえ。今あいつの体を思い出してる場合じゃねえ)
そして、慌てて首を横に振ると雄飛に向かって声を上げた。
「おい、そこじゃねえ。重心がズレてる。いいか、雑念を払え。ごちゃごちゃ余計なことを考えるな。的に集中しろ。あの真ん中が、あのクソ野郎の額だと思え」
「わ、分かった」
雄飛は一旦目を閉じて集中すると再び目を開けた。そして、一気に引き金をひいた。鋭い音がして弾は的の中心より少しズレた場所に当たった。
(こいつ……)
雄飛が僅か2回でコツを掴んだことにハレーは内心驚いていた。が、腕を組むと口元を緩めながら言った。
「真ん中じゃないが、良い線いってるじゃねぇか。2回目でこれだけ撃てりゃあ大したもんだ。急所に当たるかどうかは怪しいが、敵の動きを封じることはできるだろ」
「そ、そうか。教えてくれてありがとう。ハレー」
雄飛はそう言うとニコリと笑った。純粋な微笑みだった。ハレーは目を逸らし、頭をかきながら言った。
「あ、ああ……それより、早く向かうぞ!」
「うん」
二人はトレーニングルームを出て、走ってエントランスへ向かった。
「どうやって行くんだ?まさかこのまま走って行くわけじゃないだろ?」
「当たり前だろ!走ってたら日が暮れちまう。オレの相棒で行くんだよ!」
「相棒……?」
「スーパーカーだよ!お前も持ってんだろ?!ホントはよ、ベネラを隣に乗せてドライブでもするつもりだったんだぜ?まさか、先にお前を乗せることになるとはな」
雄飛はその時、初めて自分の愛車にイオを乗せた時の気持ちを思い出した。
(あの時の俺と同じだな……まさかハレーの気持ちが分かる日が来るなんて)
雄飛は、何だか自分の胸の奥がじんわりと温まったような気がした。ハレーにバレないように微かに口元を緩めたのだった。
研究所に着いた二人はスーパーカーから降りた。
「警備員がいる。どうする?」
「んなもん決まってんだろ。ぶっ倒せばいい」
「ええ……侵入できるところがないか探した方が……」
雄飛が遠慮がちにそう言うと、ハレーは苛々しながら声を荒げた。
「んなことしてる暇ねえだろ!ごちゃごちゃ言ってねえで、行くぞ」
ハレーは雄飛の返事も待たずに駆け出した。雄飛は銃を取り出すと仕方なく彼の後について走って行った。
「なんだ貴様らは?!」
見張りの警備員が拳銃を構えた。が、ハレーは警備員が動くよりも先に銃を撃った。警備員が倒れ込む。ハレーの素早い動きに雄飛は唖然とした。
(早い……銃を撃つのに全く躊躇う様子がない)
「これは指紋認証か……チッ」
門はロック式になっており、指紋で解除できるようになっていた。ハレーはロック画面に瞳の焦点を合わせるとロック解除システムを起動した。
彼は苛々していた。ずっと戦闘訓練を続けて来たハレーにとって初めての実践だったが、緊張感も高揚感もなかった。ただひたすらベネラとシリウスのことが気がかりだった。
「こんな重そうな門どうやって開けるんだ?」
「解除してるから待ってろ」
「えっ?君、そんなこともできるのか?」
「オレはどんなロックでも解除できるんだよ。ってか、今集中してんだ。ちっと黙ってろ」
「分かった」
雄飛はその時、思った。
(ああ、ハレーはこの能力でイオの部屋のロックを解除したのか……)
忘れていたあの時の怒りが蘇りそうになり、雄飛は頭を振った。その時、ガチャっという音がした。固く閉ざされていた大きな門がゆっくりと開かれる。
その時、敷地内にいた数人の研究員が二人の存在に気付き、銃を向けて来た。雄飛の前にいたハレーはすぐに銃を撃ち、研究員全員を倒した。そして、雄飛に話しかけようと振り返ったその時。
「危ねえ!」
背後から雄飛を撃とうとしてきた研究員目掛けてハレーは銃を撃った。
「ぐわっ!」
研究員が倒れ込む。
「おい!隙見せんじゃねえ!」
「わ、分かってるよ!」
「こいつら銃持ってやがる。ぼさっとしてっと撃たれるぞ!」
すると、またしても雄飛に向かって研究員が銃を構えて来た。雄飛は一瞬、怖気づいた。が、素早く銃を構え、一気に引き金を引いた。鋭い音がして弾が研究員の右足に命中した。ハレーは感心したように口を開いた。
「初ヒットじゃねえか。やるな」
「まあ、本当は銃を持ってる右手を狙ったんだけどね」
ハレーはフッと笑うと倒れ込んだ研究員の胸倉を掴んで言った。
「おい、道円が連れてた女と小僧はどこだ?」
「ひ、ひいっ!」
ハレーのあまりの剣幕に足から血を流しながら研究員は怯え、震えた。
「早く言え!」
すると、研究員はおそるおそる方角を指を差した。
「い、犬は東棟の近くの犬小屋に……。女は西棟の地下室に……」
ハレーは雄飛の顔を見た。
「おい、聞いたか?」
「う、うん」
「方角が逆だ。どっちを優先する?ベネラか?小僧か?」
すると、雄飛は少し考えた後に言った。
「二手に分かれよう。その方が効率がいい。俺は東棟の方へ行く。ハレーは西棟の地下室に」
ハレーは内心驚いた。
「……おい。お前、一人で行く気か?」
「当たり前じゃないか」
「何かあってもオレは助けてやれねえぞ」
「それ、さっきから何回も聞いてるよ」
雄飛はため息を吐いてそう言うと、決意したように言葉を続けた。
「俺は大丈夫だ。一人で何とかする。さっきみたいに君に助けてもらわなくてもね」
その瞳に父親として、また男としての決意がみなぎっているのをハレーは感じた。
「……よし、分かった。じゃあ、ベネラと小僧を助けたら合流だ。いいな?」
「うん。ハレー、死ぬなよ」
雄飛の言葉にハレーはにやりと笑うと言った。
「それはこっちのセリフだっつうの」
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